第21話

「あなたが傭兵になるのは、まあ年齢以上に外見で無理なんだけど私の教え子としてなら何とかなるわ」


 メアリーの言葉に、警戒心が芽生える。

 彼女とは先ほど知り合ったばかりで、互いの素性すらよくわかっていない。

 そんな相手を自分の教え子にするというのは、どう考えてもおかしい。

 ついでにどこぞの腐れ外道を思い出してしまいいい気はしない。


「……教え子にする理由の開示を求める」


「答える義理はない」


 メアリーの答えは冷たいものだった。

 こちらに視線を向けることなく、先ほど作った串で魚を貫いていく。

 僕が作った串もいつの間にか奪われて、小ぶりな魚を突き刺していた。

 ……微妙にせこい。


「私がとった魚を分けてあげるんだし、子供なんだから小さいのでいいでしょ」


「……しっかり食べないと育たない」


「そうね、食べ過ぎたら育ちすぎるけどね」


 互いに育たない部位を具体的に口に出さない。

 たき火であぶられた魚の皮が爆ぜる音がする。

 それ以外にも火花が散っているような気がする。


「……小ぶりなので我慢しよう、代わりに教え子にする理由の開示を求む」


「……別にあげなくてもいいんだけどな」


 そう呟いてからこちらをじっと見つめてきたメアリーの瞳は、僕を見ていなかった。

 僕を通して別の誰かを見ているような、そんな視線に居心地が悪くなる。


「ローリーが妹に似ていた、これで納得? 」


「納得いかない、似ていようともそれは別人であり無関係な話」


「……あぁ、怒っても意味ないか。相手は無知な子供なんだから仕方ないや」


 こめかみに青筋を浮かべたメアリーだったが、すぐに落ち着いたらしく握った拳を開くのが見えた。

 もしかしたら今僕は命の危機に直面していたのかもしれない。


「納得いかないなら好きにしなさい、何なら四つ目と五つ目の選択肢を上げるわ」


「聞くだけ聞いてみる」


「四、野垂れ死に。五、私が殺す」


「それを選択肢に入れるのは非常に良くない」


 やはり先ほどの発言はメアリーの逆鱗に触れるモノだったらしい。

 何がいけなかったのかはわからないが、これは非常にまずい。


「申し訳ない、人の感情には疎い」


「……さっきも言ったけど無関係で無知な子供を怒る意味はないから納得しているわよ。それで、結局三つのどれを選ぶの」


 謝罪をしたことで少しはメアリーの機嫌も直ったらしい。

 よく見ると頬を膨らませているようにも見えるが。

 しかしここまで来てしまえば選択肢も意味はない。

 僕の目的をかなえることができるのは一つだけだ。


「三つ目、傭兵になる」


「……いいのね」


「構わない、自由を阻害されるのもグリムを取り上げられるのも内臓を失うのも困る。もちろん命を捨てるつもりもない」


「内臓……? まぁいいわ、ならこれからは私を先生と呼びなさい」


 首を傾げたメアリーだったが、少し笑みを浮かべて平たい胸をたたいて見せた。


「断る」


「……教え子ローリー、教官の命令よ」


「メアリーがどれほどの知識を持っているかわからない上に、信用に足る情報がない。故に教師と呼ぶのははばかられる」


「この……はぁ、礼儀作法やらお世辞の使い方も教え込まなきゃ……まったくなんだってこんなのにあの子を重ねちゃったのかしら……」


 小さな声でそう呟いたメアリーはちらちらとこちらの様子をうかがっている。

 大方、こちらに聞かせているつもりなのだろう。

 その証拠に見つめ返すとにやりと笑って見せた。


「演技を見抜く技量はあるのね」


「もっと巧みでえげつない演技を見てきた」


「……これでも腹芸は得意なほうなんだけどな」


 胸との区別がつかない腹芸にどれほどの意味があるのだろうか。

 しかしそれを口に出すわけにはいかない。

 短い期間ではあるが、それは理解できた。

 そしてこの女は妙に勘が鋭い。

 今も上体を反らさなければ額をたたかれていただろう。


「……やるわね」


「戦闘訓練もそこそこ積んでいる」


 特に相手の攻撃を見極める訓練は重点的に。

 いざ潜入した際は情報を持ち帰ることが最優先とされる。

 だから命を懸けて戦う意味などなく、生存することに意味がある。


「そう、でもこれは読めなかったでしょ」


 そう言ったメアリーの手には、先ほどまで焼かれていた魚があった。

 いつの間にかすべてがメアリーの手に握られている。


「……食べ物を奪うとは卑怯卑劣」


「人の胸を凝視して失礼なことを呟くのが悪い」


「……声に出してた? 」


「カマをかけただけよ、やっぱり妙なこと考えていたのね」


「見事な誘導尋問」


 人を騙す方法もそれなりにおぼえたが、実際に見せられるのは初めてだ。

 いや、マッドサイエンティストも散々人を騙していたがあれとは違う。

 メアリーの騙し方が基本だとすれば、あちらは応用なのだろう。

 そして僕という存在が習得すべきだったのは、あの外道のやり方……そう考えた瞬間にあれも教育の一環で、今こうしているのもその続きなのではと思い、思考を止める。

 これ以上何かを考えると、パラノイアという言葉が出身地以外にも侵食しかねない。


「……そんなに食べ物取られるのがショックだった? 」


「嫌なことを思い出していた」


「……苦労したのね」


「それほどでもある」


「……魚、もう一回り大きいの食べていいわよ」


 何か勘違いしたのだろうか、急にメアリーが優しくなった気がする。

 しかしなるほど、人の感情を動かすとはこういう事か。

 いうに同情させたというところだろう。

 うまく使えば……いや、これも考えるのはやめておこう。

 メアリーの視線が気になるところだ。


「……味がない」


「遠征で塩は貴重なのよ」


 メアリーととる初めての食事は味のない焼き魚だった。

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