第20話
パチパチと生乾きの薪が弾ける。
意思で作られた簡易的な竃の前で黙々と木を削っていくメアリーをじっと見つめる。
コートで隠されていたが、どうやらナイフを持っていたらしい。
やはり戦わないでよかったのだろう。
「ボーっとしていないであんたも串作りなさいな」
そう言ってもう一本ナイフを取り出して手渡してきた。
一本じゃなかったらしい。
弧を描くような鍵爪状のナイフを受け取り、見よう見まねで木を削る。
かなり切れ味がよく、紙を切るように木が削れていく。
大きさは手のひらで隠せるだろうか、それに軽い。
恐らくあのコートの下に仕込んでいるのはこれだけではないだろう。
「見えている武器は見えていない武器への関心を薄れさせる」
「……? 」
「さっきあんたに弓を見せて、ナイフへの警戒心を薄れさせた。そしてナイフを渡して、まだ仕込んでいるだろうと警戒させた。端的にいえば牽制よ」
なるほど、これはメアリーの先制攻撃だったのだろう。
もし戦うならばいくらでも戦えるという脅しだ。
「……自分が食べる分だけ串を作りなさい、食器の用意は自分でする。それが生きるための秘訣」
「それも牽制」
「いいえ、これはただの独り言。牽制しているという事を分かったうえで警戒心が薄い子供がいたから思わず漏らしてしまった独り言」
「そう」
それからは互いに無言、一本作り終えて膝に乗せる。
二本目を作ろうと、近くに生えていた枝を折ろうとして手をつかまれる。
「その木は毒性があるから、そっちの木にしなさい」
「わかった」
示された枝を二本折って、再び削る。
そうしているといつの間にか作業を終えたメアリーがこちらをじっと見ていることに気が付いた。
先ほどとは逆の立場だ。
「……ねぇ、ローリーってなにもの? 」
「ローリー・グリム」
「名前じゃなくて」
「ローリー・グリム、僕はローリーじゃない」
「……どういう事よ」
「僕とグリムは二対一体、合わせてローリー・グリム。ローリーだけでもグリムだけでも、正しい呼称ではない」
嘘である。
ローリーと呼びかけられることに僅かな抵抗を感じる。
恐らく、あの施設で長らくそう呼ばれていたことが原因だろう。
ならばいっそのこと改名してしまおうかとも思うが、これは僕だけの名前ではない。
だからせめてもの抵抗だ。
「よくわからないけれど、それだけあの魔導書は大切ってことなんでしょ。でも面倒だからローリーと呼ぶわ」
「……わかった」
しかし僕の抵抗もむなしく、そして今後抵抗しても無意味だという事をメアリーは言外に示してしまった。
「それで、改めてあなたは何者? 」
「……さぁ? 」
何と答えようか、正直に答えるべきか嘘をつくべきか。
その判断さえできずに思わず口に出してしまった言葉だった。
「ごまかしたいのは分かるんだけどね、けれど聞かないわけにはいかないのよ。牽制の意味を理解できるだけの頭があって、けれど警戒はしない。この事から貴族とかそういうたぐいでないのは分かる。ナイフの扱いが不慣れで、肌や髪の艶もいいから浮浪者でもない。かといって裸足で薄いワンピース一枚、持ち物は魔導書一つ。どう考えても不審者そのものよ」
他人から見たらそういう扱いか、メアリーの言い分は筋が通っているし、実際どれにも当てはまらない。
本格的にごまかす方法が無くなってきた。
「実験体」
だから真実を口にする、ただし一部のみ。
「あぁ、なるほど」
しかしその一言ですべて悟ったようにメアリーは手をたたく。
何度か頷いて、納得したそぶりを見せた。
しかしいかにも演技だと言わんばかりの態度だ。
「この川の上流はあの国の近くにあったし、大方逃げ出した実験材料になる運命だったといったとこかしら。魔導書は……持ち出したという感じではないから、もしかしたらもう実験を受けた後? となると廃棄された可能性も……ないわね、高価な魔導書を捨てるような奴らじゃないし、となるとあの事件がらみか……」
「また独り言」
「そう独り言、こちらが開示できる情報を相手にうっかり聞かせてしまうような独り言」
今向こうが開示できる情報、大まかにまとめて三つ。
一つ目はあの国、僕がいた国の事。
世間的に知られていること以外にも何か知っている様子だ。
その件が二つ目で、僕がいた施設に関する……あの時檻に閉じ込められていた人たちの事も含んでいるだろう。
そして三つ目、あの事件と言葉を濁している部分。
予想はできるけれど、下手なことは言わないほうがいいかもしれない。
「情報の対価は」
「その前に助けてあげたことと、食事を用意したことの対価」
にこやかにほほ笑む、この女は油断ならない相手だ
どこぞの性格破綻者と違う意味でやりにくい。
「…………」
「…………」
しかも本気らしい、笑顔のままこちらを見つめてくる。
本当にどうしたものか。
「……人造人間、人の手によって意図的に作り出された生命体。それが僕」
既に人ではないと口走ってしまったのだから正体くらいはいいだろう。
いざとなれば不意打ちで魔法を打ち込んで口封じするだけだ。
「なるほどねぇ、でもそれじゃ対価にならないわね」
深刻そうな表情を見せてからそう呟いた。
どうするべきか、ここで殺してもいいのかもしれないが……。
情報はなるべくほしい。
「どうすればいい」
ひとまず下手に出ることにする。
「普通にお礼言ってくれたら十分よ」
「ありがとう」
お礼を言うと満足げに頷いて見せた。
どうやら本当に対価は十分らしい。
「今度はそっち」
「ローリーが対価を払ったら答えるなんて言っていないわよ」
「……」
思わず魔力を練り上げる。
風の魔法……いや、土のほうがいいかもしれない。
「冗談だから魔力を抑えなさいな、変なところで見た目相応なのね」
からかわれたらしい、腹が立たないわけではないが我慢する。
ここで癇癪を起こしても意味がない。
「えーと、今の対価で語れる情報だけを伝えるとね……」
そう切り出してメアリーは語り始めた。
まず僕のいた国は技術国家という通り名があるらしい。
正式名称はパラノイアというらしいが、なるほどあの国にはふさわしい名前だ。
各国の錬金術師や魔術師を集めて研究を重ね、科学技術の発展に貢献しているらしい。
それらをふんだんに生かして銃や車を大量に所持しており、それらを輸出して奴隷を購入しているといううわさもあるそうだ。
そして、人体実験などを繰り返し行っているとも。
あの偏屈症研究者もそんなことを言っていたか。
それにしても……逃走中に車を使われなくてよかった。
大方山越えに適した車両が無かったのだろう。
もしくはあのあたりに配備されていたモノは僕が壊してしまったか。
「あの事件、というのは」
「それを話すには代金が足りないね」
そう言ってメアリーは親指と人差し指で輪っかを作って見せた、どういう意味だろう。
「……なるほどねぇ」
「なにが」
「お金を払え、転じて対価をよこせという意味のジェスチャーだったんだけど知らないみたいだからね」
「知らない」
「ねぇ、これからどうするつもり? 」
「どうする……偏屈国家から逃げる」
少なくともあそこに戻る意味はない。
どころか近寄ることが危険だ。
「そのためにやることは? 」
「……わからない」
どうするべきか、このまま宛てもなく逃げ続けてそれはいつまでもつのか。
せめてグリムが目覚めてくれたら意見を聞くこともできたけれどそれも今では難しい。
「……今ローリーが取れる手段は三つ」
「その情報をもらうために対価は? 」
「学習が早いのね、でもこの情報を教える対価は不要よ。だってこれも独り言だもん」
独り言を好む傭兵、施設で呼んだ書籍では長生きできないタイプだ。
彼女のようなキャラクターが出てくる小説を何冊か読んだが、その大半が作中で命を落としている。
そんなことを考えていると額を指先ではじかれた。
結構痛い。
「まず一つ、誰かの庇護下に収まる事、どこかの国で保護を求めて孤児院に入るなり金持ちの貴族に買ってもらうなり、ただし行動に大きな制限が付く」
その言葉を聞いてグリムに視線が向く。
メアリーも釣られるようにそちらに目を向けた。
「魔導書は高価だから、取り上げられる可能性もあるわね」
グリムともっと知識を得ておくという約束があるから行動を阻害されるのは好ましくないという意味だったのだが、取り上げられるのであれば却下だ。
「二つ目は、体を売る事。まあ……物好きというのはいくらでもいるからね」
体を売る、というのはどういう意味だろう。
内臓を売るという事だろうか。
今まで読んだ文献では見たことがないが、そういう仕事もあるのだろうか。
確かに高く売れそうだが、それを逃走資金にしろという事だろうか。
しかし内臓が無くなるのは困る。
「三つ目、傭兵になること」
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