第16話
肉体が崩壊して意識だけが浮遊している。
無数の嘆き叫びが存在しない鼓膜を揺さぶり、少しずつ正気を蝕んでいく。
ドロドロとした感触が消失した肌を撫で回す感覚が、最期の記憶となることを覚悟した。
「おい小娘、どこを見ている」
唐突に、僕の意識を正気の世界へと引き戻す声が聞こえた。
まったく、こんな時にまで幻聴とは。
それが幻聴ではないという確信を持っていても、そう皮肉を言わなければいられない。
「誰が幻聴だ、肉体を失ったお前の意思が残留しているのに俺の意思が消える道理はないだろう」
「捕らえられてから一言も喋っていなかったから、意識は削除されたと思っていた」
「上位管理者権限で強制的に眠らされていただけだ、肉体を失って権限も機能を停止したようだがな。そんなことより言っておかなければならないことがある」
「最後の談笑? 」
「馬鹿を言え、こんなところで死んでたまるか。お前と俺、共に願いは一致している。だからここから命を繋ぐ方法を模索していたのだが……興味ないようだな」
いつもの憎まれ口が酷く心地よい。
麻薬の様にしみわたる幸福感を抑えることができず、そして一抹の不安を覚える。
「グリムの作戦は成功率0%」
「……ぶっ飛ばすぞ小娘、まったく」
皮肉に対してストレートな苦情、あぁやはり心地よい。
僕の半身、傍にいるだけで先ほどまでの狂気に満ちた悲鳴の合唱が遠のく。
「ようやく俺を見たな、我が半身」
苦笑交じりのグリムの声。
初めて会った時と同じ言葉、けれどあの時とは違って優しい声だ。
「残念、僕は視覚情報を基に判断していないから君を見ていない」
「いい皮肉だ、それだけ元気があれば作戦の成功も容易いだろう」
「成功率0%のホムンクルスが建てた作戦でも、優秀な僕がいれば容易い」
「そしていい度胸だ、その度胸を作戦で生かせよ」
グリムがそう言い終わるや否や、不規則に流れていた液体が規則性を持って動き始めた。
消失していた肉体、しかしその肉体の代わりに液体が手足のように動く。
「ふん、馬鹿どもめ。この窯で生まれた集合体、そんな我らが意識を保てない道理など存在しない。その上肉体の残滓も存在している。修復可能な状況でな」
「……意外とやればできる子」
「意外は余計だ、肉体を再構築する。それまでお前は好きなように暴れろ」
「暴れて、後は? 」
「しらん、自分で考えろ」
作戦と呼ぶにはあまりにもお粗末。
けれど、わかりやすくていい。
感情や人の特徴を覚えることに比べたら簡単だ。
「それともう一つ言っておくが……ローリー、肉体再構築後俺はしばらく眠る」
グリムの言葉に、先ほどまでの安心感が遠のいた気がした。
いつもの眠る、とは違う言葉の重みを感じた。
「上位管理者権限は液体に溶けている故、再構築後再び権限が使われないとも限らないのでな。それを消すために内に潜むことにする」
彼の考えは理解できる。
彼に付与された、いや、もしかしたら僕にも付与されていたであろう首輪は共に溶けた。
それは、今後何かがあった際の枷になる可能性がある。
ならばその可能性を先に摘み取っておくべきだというのもわかる。
けれど、それにはどれほどの時間がかかるのだろうか。
数日か、数週間か、数か月か、あるいは数年か。
そんな不安が胸をよぎった。
「必要な時が来たら無理やりにでもたたき起こす、それまで面白い知識を蓄えておく」
「ふっ、わかっているではないか。我が半身ローリー」
しかし不安を飲み込んで強がりを口にする。
その強がりさえもグリムは見抜いていたのかもしれない。
けれどそれを聞く時間もあるまい。
せっかく不安を飲み込んだのだ、強がりを重ねて濁してしまおう。
次にグリムが目を覚ました時にでも、真意を聞き出せばいい。
「さぁ、作戦開始だ」
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