第13話

 隠密行動、それは僕にとって重要な技術だった。

 生まれながらに知識欲に支配されていた僕は、気になるものがあれば調べずにはいられなかった。

 しかし、当たり前と言ってしまえばそれまでだが、その中には秘匿された物もあった。

 そう言った情報を得るためには、正攻法では意味がない。

 それ故に隠密行動をとるのだが……基礎を齧った程度の技量ではすぐに取り押さえられてしまう。

 そう言った事が理解できないうちは捕獲されては苦痛を伴う実験を懲罰代わりに受ける日が続いていた。

 今でも隠密技術は上昇していないと思う、しかし当時とは比べ物にならないほど成長した技術があった。


 魔法だ。


 僕個人の魔法では周囲に甚大な被害を与えかねないが、その辺りは優秀なコントローラーであるグリムがいる。


「だから資料室に忍び込みたい」


「ふざけんな、連帯責任なんか絶対にごめんだぞ」


 僕の計画を伝えた瞬間、グリムは吐き捨てるようにそう言った。

 資料室に忍び込んで魔石や外の世界についての情報を集める、それが僕の考えた計画。

 そのために魔法をグリムに制御してもらって、こっそり忍び込もうと考えたのだけれど一蹴されてしまった。


「よく考えてグリム、僕が知識を得たら君の知識も増えるよ」


「よく考えろローリー、お前が知識を得た方法は俺を通してばれるぞ」


 ついでに今こうして計画を練っていること自体限りなく黒に近い行為だ、とまでくぎを刺されてしまう。


「どのみち懲罰を受けるのは同じ」


「ふざけんな、司法取引してやる。お前の犠牲の上で生き残ってやる! 」


「グリムと僕は一蓮托生、君だけを生かせはしない」


「巻き込むな、俺が生きてればお前も生き返るんだからサパッと死ね! 」


「死なばもろとも、そして拒否権は与えない……今からグリムを連れて資料室に乗り込む」


 そう言ってグリムを抱えた僕の腕の中でグリムが叫び声をあげる。

 口が付いていたらそれをふさげばいいだけだから楽なのに……。


「グリム、あきらめは肝心」


「諦めない事で未来は切り開けるんだバカ野郎! 」


 無駄にいいセリフを吐いてくれたグリムだけど、それに答えるつもりはない。

 天井裏に上るためにいろいろと作業が忙しいから。

 こういう時は子供体系なこの体が疎ましい。


「おい待て、そんな雑な方法だとすぐにばれる! もっと作戦を考えろ! 」


「よく考えた結果天井裏が一番安全」


「見つかるのは一番早いだろうが! あぁもう、手を貸してやるからその椅子を床におろせ! 机に積み上げるのをやめろ! 」


 グリムの言葉に作業をやめて、床に置きなおしたいすに腰掛ける。


「くっそ、無駄に物わかりのいい……」


「そんなことより作戦会議」


「……はぁ。いいか、お前はこの部屋の出入りは自由だ。だから外に出て資料室を目指す」


「途中で進入禁止区域に入る」


「その手前にトイレがあっただろ、あの個室に入って内側から鍵をかけろ。そしたら姿隠しの魔法を使って、鍵をかけたまま個室のドアを乗り越えて禁止区域に侵入しろ。そうすればトイレにこもっているようにしか見られない……時間制限はあるが資料は流し読みしろ」


 グリムの作戦を聞いて、一つの疑問を覚える。


「姿隠しの魔法なんて初耳」


「そりゃそうだ、お前がこういう事やらかさないように秘匿された魔法だからな……こうなったらヤケクソだ、このクソガキ」


 吐き捨てるような口調だったけれど、どこか嬉しそうに感じたのは僕の気のせいなのだろうか。

 もしこれが気のせいでなければ、やはり彼も僕だということなのだろう。

 ともかくグリムから姿隠しの魔法を教わってからいつもと変わらぬ調子で部屋から出てて禁止区域に歩を向けた。


 「おい、適当なところで時間をつぶしてからにしろ。いきなりトイレに向かうと怪しまれる」


 グリムは本当に悪知恵が働く、僕にない長所だ。


「今の時間なら食堂に行け、休憩中の職員があほ面下げてアフタヌーンティーと洒落込んでいるだろうからな」


「ここの紅茶は美味しい」


 特にミルクティーは甘くておいしい、ドクターはコーヒーばかり飲んでいる。

 どころか紅茶は泥水、あんなものを飲んでいては人類に進歩無しとまで言っている。

 好き嫌いがあるのは分かるけれど、あそこまで拒否されると何か嫌なことでもあったのかと考えてしまう。


「食堂では話を合わせろよ、そして余計なことは言うなよ」


「僕は元々余計なことは言わない性分」


「よし分かった黙ってろ」


 グリムの対応が日に日に冷たくなっていく。

 前言を撤回して僕ではないナニカではないかと勘ぐってしまう。


「お、ローリーちゃんだ」


 いわれるがままに黙って食堂に入ると職員の一人がこちらを見た。

 その際に発した言葉につられて数名が僕に視線を向ける。


「午後の休憩かな? ここ空いてるよ」


「ここ以外にも席は空いている」


 職員に促された席の他にも空席はある、というよりこの時間に休憩をとれる職員は多くないので八割がた空席だ。


「まぁまぁ、そう言わずに」


 しかし僕の言葉は無視されて抱き上げられてしまう。

 そのまま座らされ、じっとしていると他の職員が紅茶を持ってきた。

 ティーカップに注がれたそれは、真っ白に染まっており柔らかい香りがする。


「さぁ、砂糖とミルクたっぷりだ」


 差し出されたそれを受け取り、口を付ける。

 少し暑くて唇をやけどしてしまいそうなのでカップをおいて、覚めるのをじっと待つことにした。


「甘いのは苦手だったかな? それともドクターみたいにコーヒー派だった? 」


「甘い紅茶は好き、苦いコーヒーは苦手」


「それならよかった、ということは熱かったのかな。息を吹きかけて冷ますといい」


「息を……」


 カップに顔を近づけて何度か息を吹きかける。

 テーブルの位置が高いので少し苦労しながら息を吹きかけていると今までこちらを静観していた職員たちが肩を震わせていることに気付いた。


「……なぜ笑う? 」


「いや、なに。新兵器なんて言いわたされていたけれど随分とかわいらしいものだなと思ってさ……俺にも娘がいるんだけれどローリーちゃんみたいにかわいらしい頃があったなと思いだしてね」


「娘……男と女が交配してつくる雌の子供の意味、つまりあなたには妻がいる? 」


 僕の言葉に職員たちが一斉に動きを止めた。

 ほかの席からこちらをちらちらと伺っていた職員たちも、一斉に動きを止めたのが分かる。


「ローリーちゃん、ちょっと……その話誰が話したのか詳しく聞かせて」


「妻の有無についてはドクターが教えてくれた、交配に関しては金髪で眼鏡の研究者、いつもここでスープカレーのセットを食べている」


「金髪で眼鏡でスープカレー、お前ら心当たりは」


「……わからんな」


「一人心当たりがあるぞ、ジャックスのやつだ」


「錬金術部門の下っ端だったな、たしか生物研究を……」


「手掛かりにはなるだろう、締め上げるぞ」


 何か僕にはわからない話をしてガタガタと席を立った彼らは、軽く会釈をして食堂を出て行った。

 ……なにか惨劇の予感がするけれど、人がいなくなったのはあまり喜ばしくない。

 グリムの作戦なら人目があったほうがいいから。


「……そういえばローリー、この前ドクターが話していたんだがな」


 グリムもそれを考えているらしく、雑談を持ち掛けてきた。

 食堂ではこうして語り合うことが多いから、普段の光景だ。


「煙草の煙は本を傷めるからやめてほしいものだ」


「煙草の匂いは落ち着くけど煙いのは嫌」


「それはドクターの匂いであって煙草の臭いじゃねえよ……っと、少し混んできたな。そろそろ戻るとするか」


「うん」


 グリムの言う通り、先ほど席を外した人たちはそのままに他の職員たちが休憩に来たらしく食堂にも人影が見え隠れし始めた。

 ちょうどいいのでティーカップを返して禁止区域に近づく。


「グリム、ちょっとトイレ」


「あぁ? 仕方ねえな……っとに人間の体ってのは不便だ」


 慣れない演技だったけど怪しまれないだろうか、なんて心配はない。

 元々周辺に人の気配はない。

 しかし、博士から借りた本ではいかなる状況でもこういった演技は行っていたので真似をしてみた。


「……トイレ内に人はいない、外からだれか来る様子もなし」


 個室に入って周辺の気配を探る、それから姿隠しの魔法を行使して個室のドアを乗り越えようとしたが……小柄な体躯のせいもあり、またグリムを抱えていたので手間取ってしまった。

 ドアの下からグリムだけを出そうとしたらふざけるなと怒られた。

 幸い人は来なかったがもとより今は透明になっているので人に見つかる心配はない。


「作戦の第一段階完了、目標に向けて進行する」


「……ローリー、隠密なら黙ってろ」


 グリムの注意を受けて口を閉ざす、せっかくいい雰囲気だったのに邪魔をされて不貞腐れているわけではない。

 断じて否である。

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