第12話

「おはよう、ドクター」


「おはよう、ローリー」


 目を覚ますと就寝前と同じ格好でドクターが椅子に腰かけていた。

 その手にはいまだ休眠中のグリムがあり、その中を読んでいる様子だった。


「ローリーは随分と……いろいろなことを学んだみたいだね」


 グリムが魔導書の形をしているのは伊達や酔狂ではない

 いや、製作者たちの酔狂かもしれないし、そもそも彼らはくるっていると思うけれども。

 彼は僕の記録装置としての役割を持っており、僕の記憶や経験は全て彼に記されていく。

 いわば自動で記入される日記のような存在だ。

 それ故に、彼を読むということは僕のすべてを知られるということで……妙に気恥しい。


「ふむ……ほう……」


 ドクターは興味深そうにグリムを読み続け、そして時折メモを取っている。

 本来僕は単身敵地で情報を集め、グリムを通してその情報を伝えるという目的で作り出された。

 元々は使い捨てにする予定だったが、どちらかの核が残っていればもう一方も再生されるという予期せぬ結果が出たためここで実験の手伝いをすることになった。


「やはり、興味の有無というものもあるようだね」


 知識を得ることができる、それは僕にとってこの上ない幸せである。そういう風にデザインされた存在だが、えり好みはする。

 人間だって食べることが好きでも好き嫌いがあるように、僕にも集める情報に好き嫌いはある。

 最近のお気に入りは魔法に関する知識だが、ここのところはまともに練習もさせてもらえない。


「おっと、この職員は厳重注意しなければな……こんな子供に手を出そうとするなど……」


 それは依然僕の服を脱がそうとしてきた職員の話だろうか、読書中に邪魔をされたので本の角で殴りつけたのを覚えている。

 魔法を使って危害を加えることを禁じられていたのだが、その直後グリムに本を粗末に扱うなと言われ大喧嘩になったものだ。

 その後グリムは女性職員から怒られていたみたいだし、件の職員も妙な噂を流されたみたいだけれどドクターが知らないとは……現場管理がなっていないのではないだろうか。


「ふむ、知識だけでなく語彙も増えてきたみたいで何より。これなら……」


 そう言ったドクターは渋い顔をしていた。

 喜ぶべきか悲しむべきか、そんな複雑な表情。

 苦々しげな表情をしたドクターを見ることは何度かあったが、それは決まって良い結果を出した時だった。


「ローリー、学び続けなさい。その方が人生は面白い」


 何時もと変わらない抑揚でそう言ってドクターはグリムを僕に手渡して、部屋を出て行った。

 ドクターの言うことはやはりよくわからない。わからないけれど、彼は僕が学ぶことを否定しない。それどころか背中を押してくれる。

 彼の言葉は、重みをもっているから……。

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