第7話

 ドクターのレッスン以来毎日魔法の練習を続けている。


 しかしなかなか上達しない。


 特に力加減が難しい。


 魔力を込めすぎると、子供に握らせた生卵のように、魔法そのものが弾けてしまう。


 曰く、魔法というものは器であり魔力は注ぎ込む水、注ぎすぎた水はあふれるものだが、器の耐久力を超える勢いで注げば器も壊れてしまうそうだ。


 ならば丈夫な器や容量の大きい器を、つまりはそれらに耐えうる魔法を使えばいいのではないかという話になるが、これまたそうはいかない。


 魔法と呼ばれる物は二種類しか存在しない。


 基礎かそれ以外か。


 基礎魔法、初級魔術、入門、呼称こそ複数存在するがその本質は変わらない。


 例えば小さな火の玉を生み出す魔法は基礎。


 それを応用して空中で分裂する火球や、不規則な軌道で相手を追尾する火球は基礎とは違う分類となる。


 端的に言ってしまえば、魔法という本質をとらえるための入り口が基礎魔法であり、その先は本人の想像力や魔力、操作性に依存する。


 そのため基礎を覚えなければ、容量が大きい魔法や丈夫な魔法を使うというのは不可能と言われた。


 それでも試したくなるのが人情というらしいが、僕の場合はそれが本質、それが基礎という事だろう。


 気になる事興味のある事は全て知りたい試したい。


 わかっている、これが炎に触れたくなる、禁忌に触れるような痛みを伴う事柄だと。


 けれど試さずにはいられない。


 そんな僕の施行をいち早く理解したのか、近くにいた研究員が駆け寄ってきた。


 けれど、あと一歩足りなかったのか、それともその一歩を躊躇したのか、間に合わなかった。


「【ソイルロック】」


 ドクターが以前使っていた、粘土を地面から取り出した魔法。


 それをイメージして使ったこの魔法は地面を動かす物。


 威力はなくとも、足元が動く。


 それだけではあるものの、使い方次第ではかなり有用だ。


 と、そんなイメージを込めて使ってみた魔法だったが効力は予想外の物だった。


 周囲に轟音を響かせて、地面が隆起した。


 柱の如く、突き上げられた土と岩のそれは僕の魔法が成功したことを意味していた。


 基礎を飛ばしてそれ以外の魔法を、その結果が目の前にある。


 しかし……やってしまえば何という事はない。


 はっきり言って面白くない。


 この程度か、こんなものかという感想しか出てこないものだ。


 だから脱力した、こういうのをがっかりすると表現するのだろうか。


 まったく、本当にがっかりだ。


 やる気がなくなってしまったから今しがた魔法で作り出した柱に寄りかかって休んでいたらいつの間にか研究員や兵隊に取り囲まれていたからそのまま部屋に連れて行ってもらった。


 今日はもう寝てしまおう、シャワーも夕飯もいらない。


 そんな気分だった。


 とはいえやる気がなくなったとしても、魔法の練習は続けさせられた。


 ここにいる以上、それは致し方のない事だろう。


 拒否することもできたが、代わりにもっと嫌なことが起こる。


 たいていの場合は肉体を切り刻んでの人体実験だ。


 昨日拒否したときは肝臓の辺りを切られた。


 痛みはそのうち消えていくが、ゆっくり眠ることはできない。


 痛みが消えて、傷が再生して、同時に激痛が再開する。


 そのうち死にたいと考えても死ぬことができないので諦めて考えることもやめる。


 知りたいという気持ちさえ消え失せていくのは……自己の喪失ともいうべき事象か。


 それが非常に恐ろしい。


 だから、表向きは言う事を聞くことにしている。


 成果もあるから、まあ悪い事ばかりではないともいえるけれど。


 例えばだ、土の魔法がうまく使えるようになった。


 応用から基礎に至るというおかしな順序だけれど、どうしてなかなか使い勝手がいい。


 風の魔法と比べたら操りやすいし、水の魔法はそもそも得意じゃない、炎の魔法は未だに使い方がよくわからない。


 目に見えて、どこにでもあって、手で捏ねる様に形を変えられるというのは分かりやすくていい。


 唯一問題があるとすれば、土の魔法で作ったものは大抵の場合において脆く崩れやすい。


 その問題も土ではなく岩や石を利用すれば解消できるのだが、それらの操作は魔力消費が跳ね上がってしまう。


 ドクター曰く魔法の密度を上げたら解消するそうだが、今の僕には理解できない。


 容器と水の例えで言うならば、注ぎ込む水の量、その密度を上げればいいという事なのかもしれないが、それでは容器が圧に耐え切れずに崩壊してしまう。


 ならば更に容器を頑丈なものにすればいいのか。


 だとしたらまさしく鼬ごっこだ。


「こら、被験体。手が止まっているぞ」


「魔術は手先で操る物じゃない」


「下らん屁理屈をこねるな! 」


 ガッという鈍い音とともに姿勢が崩れる。


 頭を殴られたのだろう。


 軽いめまいがする。


 この男は研究員の中でも特に僕に容赦がない。


 こいつの傍にはいたくない、そう思わせる何かがある。


 それはつまり、僕がこいつの事を【嫌い】だという事なのだろうか。


 人の感情というものをいまいち理解しきれていないから、何とも言えないが……。


 しかし、こいつは邪魔だ。


 思考を巡らせる時間も必要だというのに阻害してくる。


 ならば、排除してしまえばいいのではないか。


 そう考えて、先日のドクターの言葉を思い出す。


 感情が人を殺す……つまりこいつを排除したいと、殺したいと思ったのは僕の感情が関係しているという事だろうか。


 だとしたら……面白い。


 実に面白い。


 どうせならばその方法、じっくりと考えてみるとしよう。


 頭部への二発目を食らいながら、そんな事を考えてみた。

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