第6話

「魔力の練りが強すぎる、もう少し抑えて」


「……難しい」


 あれから魔道教本に目を通し実践と相成った。その際に数多くの研究者が立ち会うことになり、教育という名目で何人かの魔術師が僕に手とり足とり魔術を教えてくれた。


 人によって呼び方は魔術であったり、魔法であったり、魔道であったり、時には神の御業などという大そうなものだったりという余計な情報を得ることになったが、この授業は興味深いものだった。


「難航しているね」


「ドクター」


 しばらく授業を受けているとドクターが歩み寄ってきた。


 彼は不思議な人物だ、錬金術の知識だけではなく魔法の知識も十全に備えている。


 だからこそ僕の様な存在を作り出せたのだろうけれど、それにしても人の範疇から外れているような気がする。具体的にいうならば多才すぎる、というべきか。


「ローリー、君の得意属性は何かな」


「風、次いで土炎水の順番、光や闇は使えない」


 僕の作り出された理由が諜報、それ故に風や土の魔法が重要視され、そのようにデザインされた。


 炎は証拠隠滅のためにそこそこ使え、水は治癒のため……いわば戦争の際に裏方として働くために用意されている。


 光や闇は適応者が少ないが、水よりも強い癒しや炎よりも強い破壊も可能だ。


 しかしどちらも僕には無用の長物だったのだろう。


「ならばまずは土の練習をしてみなさい」


「風ではなくて土……」


 今までの練習では得意属性の風を集中的にしていた。しかしドクターは二番目に特異な土を練習するようにと言っている。その意図が僕には読めない。


「風は空気を操る、空気は目に見えにくいから動かしている実感も薄い。ついでにいざ実現したとしても被害が出る恐れが強いからね」


「土でも大きな被害が出る可能性がある」


 熟練の魔法使いともなれば地割れ程度は簡単に起こせると聞く、そのことを考えると風の魔法で竜巻を起こしても、土の魔法で地割れを起こしても被害が出ることに変わりはないはずだ。


「そもそも練習方法が悪い、どうやらこの魔術師には教員としての素質はないようだね」


「なっ」


 今まで僕に魔法を教えていた魔術師が顔をしかめて抗議の声を上げる。


 しかしドクターはそれを無視して、地面に手を当てた。


「よく見ていなさい」


 そう言ってドクターは魔法を展開する、ほのかな光がドクターの体から立ち込めるのを見るに随分と高度な魔法の様だ。


「この魔法はたぶん今の君には使えない、まず地面にどのような土があるのかを探り、必要な物質を混ざらないように地表まで持ち上げ、その間不要な物質を取り除く」


 そう言い終えたドクターは地面から手を放した。それと同時に空中に土の塊のようなものが現れた。


「これは粘土層の土さ、ちょっと深いところにあったから取り出すのに時間がかかってしまったが……鉱山などではよく使われる魔法だよ。便利だから覚えておくといい」


「覚えても使えないのでは意味がない」


「あぁ、君では使えないが……まぁいずれということで」


 いつも通り笑ってごまかしたのちにドクターは土の塊を僕に手渡した。ほのかに湿っているそれを手に取った僕は、ドクターを見返す。


 その隣で先ほどまで教師を務めていた魔術師が顔色を変えている。


「あぁ、君まだ居たんだ。今日でクビ、賃金は満額支払うから帰っていいよ」


 そして辛辣な一言を投げかけた後に、ドクターは僕の頭に手をのせた。


「まずはその粘土を魔法で動かしてみるところから始めるといい、粘土がもっと必要な時はあそこにいる研究者に言えば好きなだけ用意してもらえるだろうからね。頑張りなさい」


「ドクター……髪が汚れた」


 優しい笑みを浮かべるドクターは、物語で呼んだ聖人の様だったがその行いはまるで真逆だった。彼の手は先ほどの魔法で汚れており、その汚れは僕の頭に擦り付けられてしまった。


 最近は知識だけでなく女としてのふるまいも教えられてきたため、一応形式的に髪を汚されたことに文句を言っておく。こうすると研究者が喜んでくれるからだ。そしたら新しい知識を教えてもらえる。


「……はっはっは、失敬! 」


 そう言ってドクターは脱兎のごとく逃げ出してしまった、後に残された僕たちは茫然とそれを見守るしかなかった。

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