第5話
「ドクター、魔法について教えてほしい」
僕の言葉にドクターは目を見開いていた。魔法、僕という存在を作るのに一役買ったという技術だそうだ。
「その言葉をどこで? 」
「どこでも、この研究所の中を歩いていれば魔法や錬金術という言葉はどこでも見かけるし耳にする」
そういうとドクターは目頭を押さえた。この人間の動きは本当に特徴的だ。芝居がかった、というのはこういう人間に対して使うのだろう。最初に神はいないと呟いた時もそうだった。
「情報の秘匿が不十分すぎるな」
そう言ってドクターは一冊の本を差し出してきた。
分厚く青い表紙、四隅に金具が止められ中央に何かの文様が描かれている。
「それは魔導教本と呼ばれるものだ、魔法の使い方や魔法に関する知識はそこに書いてある」
ならば、と本を開こうとしたところで腕をつかまれた。いつになく強い力だ。
「魔法とは人を簡単に殺してしまう力だ」
「人は簡単に死ぬ」
「そうだ、だが死ぬのと殺すのでは話が違う」
僕はドクターの言うことが時々理解できない。どちらも生命活動の停止という結末に変わりはないはずだ。
「いいかい、殺すというのは奪うことだ。死というのは訪れるものだ」
「殺されたということは死が訪れたということではないのか」
「同じだが違う」
「ドクター、矛盾している」
「うむ……こればかりは難しいのだが……そうだな、例えば君が私を殺すとしたらどのような方法を使う」
ドクターの言葉に考えを巡らせる、ドクターを殺すにはどうするか。まず目に入ったのは目の前の本だ。しかし今の僕に魔法は使えない、けれどこの本で殴れば人を殺すくらいは可能ではないのか、そう考える。
しかしそれは確実な方法ではない、僕がこの本でドクターを殴ってもすぐには死なない。この体は細い手足や未発達な体の通り、力がない。
確実に殺す前にドクターの反撃を食らうか、逃げられてしまう可能性のほうが大きい。
では、ドクターの胸元にあるペンを突き刺すのはどうか……ペンは奪うよりも普段通り借りるべきだろう、そのペンで喉を突けば先ほどよりも確率は増えるはずだ。
「君は今私を殺す方法について考えたね」
「ドクターがそうしろといった」
「そうだ、だが殺すには考える必要がある。つまり計画だ。計画には意思があり、人の感情が関係してくる」
感情、また感情だ。人間は怒ったり喜んだりする生き物であることは十分に理解できた。しかしその意味や必要性は分からないままだ。
「まだ感情の理解は遠いか、致し方ないことだ。本来感情とは成長と同時に学習していくものだからね」
「ドクター、それはつまり僕には感情が芽生えることはないと」
「違うよ、君に感情が芽生えるまで時間がかかるという話だ。ともかく殺すということは感情に基づいている。君がこの本に書かれた魔法を使うとしたらどんなことを考えながら使う? 」
「本に書かれた真偽を知るため」
「知る事、それはつまり好奇心や興味ということだ。その魔法が暴走すれば君の『感情』が人を殺したことになる」
また矛盾している、僕に感情は芽生えていない、まだ芽生えないといったばかりなのに僕の感情が人を殺すとは。
「人並みの芽生えるのに時間がかかるが、君には生まれついての感情が備わっている。その感情に従って動いているから君は知りたがるんだ。本当に感情がない者がいるとしたら……おそらく人形のような存在だろう」
そう言ってドクターは僕の腕から手を放した、大きな手でつかまれた僕の腕は赤くなり、その赤色もすぐに消えてしまった。
「ドクター、つまり魔法は使ってはいけないのか、知ってはいけないのか」
「いや、むしろどんどん勉強しなさい。けれど不用意に使ってはいけないよ。君の体はたいていの傷はすぐに治癒してしまうが……命はひとつしかない」
ドクターは僕の胸元に手を当てる。僕の【核】が埋め込まれている場所だ。
人間の心臓と同じ役割を果たす【核】、頭がつぶされようと腕を切り落とされようと【核】が無事なら修復される。しかし【核】を破壊されてしまえば僕は死ぬ……殺される。
そう考えた瞬間に背中の毛が逆立った。意識が途切れ、僕という存在の活動が停止する。
停止すれば僕は何も知ることができなくなってしまう。
それは……好ましくない。
「ドクター」
「顔色がよくないな、鳥肌も立っている……君は今何を感じたのかな? 」
そういうドクターの声は、いつもとは違うものだった。
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