第4話
人間の見分け方を学び始めてから七日ほどが経過して、ようやく全貌が見えてきた。
衣類というのは人を見分ける決定的な判断材料ではない。
しかし好む衣類の傾向は判断材料の一つになると理解できた。
例えば色、赤い衣類を何着も持っている者や、黒ばかり身に着けるものと言ったようにだ。
また装飾のない衣類を好む者はほとんどの衣類を落ち着いた組み合わせで着るし、派手なものを好む者はどうやっても派手な格好になる。
髪に関してもそうだ。
所謂おしゃれという物だろう。
身だしなみを気にする者は、例えばドクターなんかは羽織っている白衣以外は常に清潔に保っている。
しかしその辺りに頓着しない者は、寝癖を付けたままだったり、同じ衣類を数日間着続けたりと外観に現れる。
そして、他者の外観というのは影響があるのだろうか。
身なりを整えていない者に対する悪評をよく耳にした。
しかしそれは外観や体臭に関する、個人に対するものが多くあった。
逆に身なりを整えている者は個人に対する悪評こそ聞かない者の、誰それとどういう関係にあると言った第三者を交えた評判を耳にした。
モノにもよるがその評判の中には悪評があったことから、日頃の行いという物が関係しているのだろう。
まったくもって、難しい。
しかし、その評判こそが僕にとっての分岐点だった。
人の言葉に左右された形になるが、名前とは違う他者を呼称する方法を見つけることができた。
あだ名というやつだ。
そもそもドクターの呼称、それこそがあだ名だが理解したうえで使うのは違った意味合いを持つ。
僕で言う所の識別番号が個々の名前となる。
だから僕は彼らに識別番号としての名前ではない、僕の持つ印象を使った名前を考えた。
大多数は、笑顔とは言い難い表情を見せ、一部の者に至ってはにらみつけてきたのだが何がいけなかったのだろう。
豊満、安産型、もやし、胸部、不毛、全て彼等を称するのに適した物だと思ったが外観をそのまま呼ぶのは好まれないらしい。
ならばと客観的に見た彼らの評価を名前代わりにしたら、今度はほぼ全員からにらまれた。
女たらし、悪臭、人類の汚点、無能、不毛、やはり全て彼らを称するに適する物だと思い、事実調査までして名付けたというのに何が不満だったのか。
結局僕にはそれが理解できなかった。
だから僕は願った。
僕に識別番号ではない、ナンバーではなく僕を称するための言葉。
名前を付けてほしいと。
その願いは、一時保留という返答の元先送りとなった。
外観での識別方法をある程度理解できたのならば、次は内面だ。
人間の体内という意味ではなく性格について。
性格の違いというのは個性と称されるが、個性を知るためには衣類などが最もわかりやすかった。
しかしそれだけでは不十分とわかった今、仕草を観察することにした。
例えば歩き方。
千差万別十人十色、何気ない歩行一つとっても個性が出る。
研究者は歩き方を意識せず、磨き上げられた床に靴の音を響かせて歩くものが多い。
女性であれば踵の高い歩きにくそうな靴で床を打ち鳴らしているようにも見える。
あの踵には何か意味があるのだろうか、とも考えたがアクセサリーと同じで着飾るための物らしい。
そんな歩きにくそうな靴を履いた者がいる一方で、兵士の靴は実に合理的な物だ。
樹脂で作られているのだろうか、弾力のある靴底は凹凸が刻まれており足場が悪くともその身を支えるのに一役買ってくれるだろう。
脛あたりの高さまで覆っているから砂や石も入りにくく、少しぶつけた程度では脱げない。
つま先には鉄板が仕込まれているらしく、落石位であれば防げるはずだ。
それに攻撃に回った際に、あのつま先で蹴り上げられるというのは小さなハンマーで殴られるのと変わらない。
歩き方も、足音に気を付けているのだろう。
光沢のある床の上、樹脂の靴底という組み合わせでありながら擦れるような音を出すことはない。
研究者はその辺りを気にしていないのか耳障りな音を立てる者もいる。
仕事柄という事か、研究者は足音を消す理由が無いからこそ無頓着なのか。
対して兵士は戦う事を目的としているから、だから足音を消しているのか。
非常に興味深い。
そして兵士や研究者と分類せずに、個々で見るとまた違ったものが見えてくる。
踵の高い靴を履いた女については言及したが、そうでない者、つまりは普通の靴を履いた女もいる。
彼女は左手の薬指につけた指輪以外にアクセサリーを着けることなく、また指輪を付け替えている様子もない。
毎日同じ指輪を付けているようだ。
服装は目立たない物を選んでいるのか、シンプルなものが多い。
化粧も薄く、香水などはつけている様子もない。
しかし、男性職員からも女性職員からも評判はいい。
着飾っていないにもかかわらず。
だから彼女に惹かれる物が何かと考えたのが事の発端だった。
行き着いた結論こそが性格、内面である。
何度か言葉を交わしたが、顔をしかめることもなく始終穏やかな表情。
仕草も落ち着いている。
しかし、そのしぐさや表情は作り物のようにも見えた。
兵士が訓練を積んでいるとき、辛い事であろうと痛みを伴う事であろうと眉一つ動かさぬよう耐えている時と同じように、石工で塗り固めたかのように表情を作っている。
人に煙たがられないように振る舞っている。
それは、外面ではなく内面を着飾っているのではないだろうか。
精神学について記した書物でそのような記述を見た気がする。
ペルソナというのだったか。
表面上他者に見せるための人格を意味する言葉だ。
ならばその下にはどのような本性が隠されているのか、表面上取り繕っているという事は、内心は違うのだろう。
つまりは人づきあいを面倒くさいと思っているのではないだろうか。
ドクター辺りは、表情も立ち振る舞いもそのままと言った様子だ。
彼の心理状態を読み取ることはできなくとも、取り繕う様子は見られない。
本心というよりは本能か。
やりたい事をやりたいようにやっている。
それがドクターという人間の本性なのだろうか。
だとしたら自由人という言葉は彼のためにあるのかもしれない。
自由人、何物にも強制されず、自らの意思や感情で行く末を見つめ、そして思いのままに突き進む者。
それはとてもうらやましい。
そう思いながらも、胸の奥に引っかかるものを感じた。
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