第4話:必要悪

「『禁足地』……入ってはいけない場所。何らかの理由により、立ち入る事を憚られる場所――やっぱり私の知識は間違っていませんでした!」


「あぁそう、ですの」


 分厚い辞典をバタリと閉じた浜須を……グッタリ疲れた表情で見つめるミフ江。柔らかな頬を机に付け、遊び疲れた子犬の如しである。


 二人は現在、図書室に出向き調べ物をしていた。




 という言葉を知らないのなら、これを機に学べ。




 奉仕部三年生の指示通り、浜須は人影も疎らな図書室で辞典を引き、何故か付き添いとしてミフ江が連れて来られていた、という顛末である。


「私の知らない意味があるのかと思いましたが……目新しさは御座いません、って感じですね」


「直球で伝えたかったのでなくて? 『私達に関わるな』って」


 でもですよ……ギシリと椅子を軋ませ、浜須が不満げに宙を見つめた。


「広報部の生徒がやって来て、それを『取材は受けません、さようなら』だなんて追い返したら、奉仕部全体の印象が悪くなってしまいますよ? 此方は敵対する訳でなく、唯、《カクサレ》について教えて頂きたいだけなのに……質問内容すら聞かずに追い返すのは、よろしくないなぁと思います!」


 机に頬を付けたまま、ミフ江は「最初から」と答えた。


「彼女達は――奉仕部は最初から、のですわ。幾ら生徒会が統治しようとしても、奉仕部だけは治外法権。何かに守られているのではなく、誰も関わりたくないだけですわ」


「それはやはり」リボンが左右に揺れた。


「過去の件を逆恨みしているのでしょうか?」


 かぶりを振ったミフ江は、コソコソと周囲を見渡した。がいない事を確認する為であった。


「逆恨み程度なら、かえって生徒会も統治しやすいですわ。多少の金さえ与えれば黙りますもの。奉仕部に根差す諸問題は、もっともっと面倒ですのよ…………もしかして、教えられていなくて?」


 精一杯に声を潜めるも、浜須は構う事無く、目をキラキラさせながら「えぇ!」と頷いた。


「そういった花ヶ岡の闇、的な事は何も……! 『何かあるなぁ』とは思いますけど、広報部の先輩方に訊いてもはぐらかされてしまって……」


 何と無く、彼女に「事情」を教えたがらない上級生の気持ちが理解出来たミフ江。しかしながら……を振った責任も感じている為――。


「続きは、帰りながらしますわよ」




 ゴクリと浜須の喉が鳴った。ミフ江が購買部で買い与えたバナナミルクによるものか、或いは……。


「……本当にそんな事が赦されているのですか?」


 信じ難い情報を知ってしまった、強い緊張感のせいか。


「九割九分九厘――


 若干、雨脚が弱まった。高低差のある二本の傘がその場で止まる、信号のせいだった。


「何処で開帳しているんですか? 校舎では無いと思いますけど……」


「恐らくは」ミフ江が返した。


ですわ」


「……ですが、違法な博技が行われているとしたら、何故金花会が動かないんですかね? 花石のやり取りは金花会でのみ――明確な規則があるじゃありませんか」


 歩行者信号が青になった。歩き出す二人の歩速は、先程より緩やかになった。


「詳しい事は分かりませんが……のでしょう。何から何まで厳しく取り締まっては、一層違法行為が盛んになるのは歴史を見れば明らかですわ。加えて、これの幇助に精を出すが現れる……花ヶ岡では、その悪人が――」


「《凶徒》である…………ですね」


 知っていますの? 問うたミフ江に浜須が頷いた。


「広報部ですから。は知っています」


 答える浜須の表情は暗い。自身が知り得ぬ情報を一般の生徒が掴んでいる事に、多少の悔しさを滲ませているようだった。


「凶徒は、既に違法な打ち場へ現れているのでしょうか?」


「当然、行きますわね。問題を起こして金花会を追い出されたとしても、それを切っ掛けに賀留多と縁を切れる生徒が果たして何人いるか」


 眉をひそめる浜須。金花会の対応がどうにも納得いかないらしく……。


「金花会は、何故……その打ち場を根絶しないのでしょう? 放って置くだけでも危険な凶徒が一箇所に集まれば、もっと危険な事態を引き起こすのは火を見るより……でしょう」


 浜須の言い分は尤もだった。


 尤もであるからこそ――「如何ともし難い現状」の説明に骨が折れた。ミフ江はゆっくりと……言葉を選び、咀嚼し、浜須が間違った受け止め方をしないよう努めるしかなかった。


「それこそが、さっき話したですわ。あくまで賀留多文化とは生徒の自主的かつ平和的な活動だから、余りの大袈裟な問題化は避けたい事象ですの。金花会が強い刺激を与えれば、凶徒達だって強く反発する……問題が膨れ上がれば、賀留多文化自体が『生徒間に著しい不和を生じさせる』として、禁止されるかもしれません」


 だとすれば……喉に何かが支えるような顔付きで、浜須が問うた。


「奉仕部の開帳する打ち場は――、と……?」


 二人の傍を自転車に乗った少年が走り抜けた。花ヶ岡の生徒らしく、雨具を忘れたのか、全身がずぶ濡れとなっていた。


「そう捉える事も出来ますわね。幸い、奉仕部の打ち場から起こった問題は無いようですし、静観がベター、という訳ですわ」


「しかしですよ、一般の生徒が無理に誘われたり、花石を奪われたり、なんて事だって起きかねないです」


 その可能性は低いかと――水溜まりを飛び越え、ミフ江が言った。


「凶徒の側だって、ですわ。恐らくは、色んな決まり事があるはず。合法でないからこそ、自らを守る為に規則を大量に設けるだろうし、これを守れない生徒は、そのまま問題の発生源となりますわ」


「……発生源、ですか」


「これ以上の問題は起こさないから、私達を、凶徒達をソッとしておいてくれ――あの三年生は、それを伝えたかったのかもしれませんわ。浜須さんの調査で判明した《石紙》や《カクサレ》だって、もしかすると、一般の生徒が入って来られないように……いいえ、かもしれませんわ」


 ミフ江の利用する地下鉄の駅が見えて来た頃、不意に浜須が立ち止まり、顔をしかめて雨空を見上げた。


「どうされましたの?」


「……何と無く――」


 浜須は苦笑いを浮かべ、ミフ江の後を追った。


「私の調査が……色んな人を傷付けるんじゃないかな、って……思いまして」

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