第3話:兄妹
翌日の事である。テレビの天気予報で「一日中雨が降る」と知り、京香は浮かない顔で水溜まりを避けつつ、少し先を行く兄――卓治の後を追った。歩速の勝る卓治だったが、時折立ち止まっては、キチンと妹が付いて来ているか確認した。
二人は「双子」であった。
但し、顔立ちに多少の相似が認められるものの、性格は大きく違っていた。芯が強く、豪胆かつ厳格な兄に対し、妹は血族以外には敬語を使い、周囲に流されやすく……か弱い女であった。
「急げ京香。バスが来るぞ」
「ま、待ってぇ」
思春期の真っ只中、それも女子生徒ばかりの花ヶ岡にて、好奇の目に曝される事は明白であった為……入学当初、二人は「先に兄が出発する」と取り決めていた。しかしながら、最近は高校生活に慣れてきたのもあり、京香は卓治と同じ時間に通学するようになっていたが……。
「今日雨降っているし、もうちょっと遅く歩いてよぉ……」
「お前が一緒に登校すると言ったんだ、俺に合わせるのが筋だろうが」
「ちぇっ……お兄ちゃん、昔はすぐおんぶしてくれたのになぁ」
「黙れ。学校での瀟洒な態度は何だ? 好い加減にしないと言い広めてやるぞ」
はいはい、ごめんなさい……京香は溜息交じりに謝った。
もうちょっと優しくしてくれれば良いのに……京香は仏頂面で後を付いて行くが、一方の卓治も――「またやってしまった」と頭を抱えていた。
本当は、本当は京香を甘やかしたい。周囲の目が無ければ背負ってやりたいぐらいだ!
無論、甘やかす事が京香の為にならないと知っていた為に、あえて厳しさを前面に押し出し、京香の精神的自立の促進こそが兄としての役目であると……卓治は悲しみと共に決意していた。
「……最近、クラスではどうなんだ」
手厳しい発言をした手前、突き放すような声調で問うた卓治。
「最近? 楽しいよ。皆と《金花会》で打ったり、街に遊びに行ったりとか、うん、色々しているよ」
そうか、お前にも沢山友達が出来たんだな――感動に打ち震えたい気持ちを抑え、卓治は「なら良い」とぶっきら棒に答えるだけだった。彼にとって妹は、未だに不安そうな顔で服を引っ張り、何処までも付いて来たあの頃のままである。
「その、何だ。悩みとかは無いのか」
無愛想な占い師じみた発言は、しかし……。
「悩み? いや、ううん、何も無いけど」
妹の心中に、一陣の不穏な風を吹かせた。
悩みは無い――紛れも無い嘘だった。そして、この世に同時に生を享けたからか、卓治の表情が尚更厳めしくなった。
「本当か?」
問われた京香は年頃の少女が罹患しがちな、些細な事すら秘匿してしまう「万事秘匿病」を態度で表現した。視線を斜め下にずらし、「本当だもん」と素っ気無く返した。
バス停の前で立ち止まり、降り続く雨を傘で受けながら……卓治はばつの悪そうな妹の横顔を見つめた。
何かを隠している事は――既に見抜いていた。だが卓治はそれ以上の追求は止め、「そうか」と時刻表を確認する振りをした。
多少の悩みなら、一人で解決するのもまた勉強だ。卓治は思い、助け船を出す事を中止したのだが……。
バスが交差点を曲がり、ワイパーを忙しなく動かし、揺れながらやって来るのを認めた辺り、卓治は口を開いた。
「京香」
「何?」
傘を畳みながら京香が返した。
「…………どうしても辛かったら、お兄ちゃんに言え」
足早に乗り込む兄の背中を見つめ、京香は厳しくも深い、たった一人の兄の愛を知った。
「ありがとう、お兄ちゃん」
謝辞は届かなかった。それでも、京香は悪い気がしなかった。
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