第50話「花火でプロポーズ! 」

 花火開始の10分前、オレと櫻井さんは用意したレジャーシートの上に座り今か今かとその時を待っていた。オレ達が座っているのは砂浜ではなく近くにある港のため周りに人はそんなにいない。いわゆる隠れスポットというやつだ。


「楽しみだね~」


 そう言いながらわたあめを頬張る櫻井さんが月明かりにより照らされるがとても可愛らしい。空には満点の星空が広がっているのでこういうときのために星座を調べておけばよかったと後悔する。


「毎年ね、誰かがリクエストした花火があがるんだよ! 今年は何があがるんだろう~」


 星座紹介どころか花火大会に関しては彼女の方が詳しいというこの状況には思わず苦笑いをする。


 でもリクエスト花火か。それでハートをリクエストしてプロポーズ……素敵ではないだろうか、花火大会なら気軽に誘えるだろうし早くもプロポーズの方法決定! ?


 ドーン! ヒュルヒュルヒュルヒュル! パーン!


 オレがそんなことを考えている間に花火が夜空で輝いた。花火大会のスタートだ!


 花火の楽しみ方は3つ存在する。1つは夜空に映ったものをそのままみる。2つ目は水面に反射した花火をみる。


 そして3つ目は……花火で照らされた櫻井さんを見ることだ!


 チラッと彼女を横目で見ると花火の音とともに彼女の横顔が照らされる。


「綺麗だね修三君」


 花火を見上げる櫻井さんに「君のほうが綺麗だよ」と心で返事をする。こんなにも花火が楽しみだったのは人生初かもしれない!


 しばらく夜空に舞う花火をみて再び櫻井さんの横顔を見ようと彼女の方に視線を向けると意外なことに彼女と目が合った。


「もう、何見てるの修三君、せっかくだから花火を見ないと! 」


「そ、そうだね」


 慌てて誤魔化し夜空の花火へと視線を移す。


 危なかった、視線を感じるほど気付かないうちに凝視していたのだろうか……これからは気を付けよう。


 気を取り直して夜空に浮かぶ花火を眺める。色とりどりな花火が次々と夜空に咲き乱れては消えていき綺麗だった。


 一段落すると次は水中花火だった。次々と海に放たれたかと思うとドーン! と迫力のある音とともに綺麗に幾つもの花火が水中へと咲く。それと合わせて再び夜空にも花火が現れるのだから迫力満点だった。


「綺麗だねえ櫻井さん」


「うん、そうだね~」


 彼女もすっかり見惚れていたようでうっとりとした様子で答えた。


「次はリクエスト花火です」


 突然アナウンスが鳴り響いた。これから櫻井さんがさっき説明してくれたリクエスト花火が始まるようだ。


「~~さんからのリクエストです」


 どうやら名前も紹介されるようだ。これならプロポーズすることも可能だろう。「修三さんから櫻井さんへ」というアナウンスと共にハートの花火が打ちあがりでもしたら彼女はどんな反応をするのだろう? 想像するだけで心が躍るぞ!


 理想のプロポーズを考えている間に花火が発射される音がする。そして夜空に…………大きなハートが広がった。


 先を越されたあああああああああああああああああああああああああああああああ! ! ! !


 オレはあんぐりと口をあけながら心の中で叫ぶ。


「花火でプロポーズかあ、ロマンチックだね~」


 そんなオレに気付かず櫻井さんは顔を赤くしていた。この反応からするにこれでプロポーズをしていたら良い反応がもらえただろうなと残念に思う。


 ……いいや、まだだ! まだ挽回の手は残されている! 勝機は万に1つだけれど今はそれにかけるしかない!


 オレは意を決して口を開いた。


「わあ、櫻井さん。空に桃が浮かんでいるよ! 綺麗だね~普通の桃と違って逆なのがレアだね! でも『もも』は反対から読んでも『もも』だからこれでいいのかな! 」


 正直自分でも苦しいとは分かっている。でも、オレは残された可能性に賭けたかった。


 ゆっくりと彼女の方をみる、みると彼女は………………みるからに絶句している様子だった。


「修三君、その……あの……えっとね」


 ようやく語り掛けるも目の前で『ハート』と『もも』を勘違いしている男に何を言えば良いのか見当もつかないというようにしどろもどろだ。とはいえ、オレも何を言えば良いのか分からない。だから……


「ごめんね、櫻井さん。実はリクエスト花火にハート送ってプロポーズ、ついさっきまでオレがやりたいって考えていたんだ」


 真実をありのまま述べた。


「え、修三君ってプロポーズまで考えている位好きな人がいるの! ? 」


 それを聞いた彼女がよほど驚いたのだろう上擦った声で尋ねる。その反応を見てオレは悟った。


 あれ、これ相当悪手じゃない?


 この告白によりオレが彼女に告白をするとそれは『結婚を前提に』となると今白状してしまったのだ! 人によっては重く感じてしまうことだろう。


「うん、まあね」


 とはいえこれ以上誤魔化す手段が思い浮かばないので潔く認める。すると彼女が食い入るように尋ねる。


「その人ってどんな人なの? 」


「えーっとそれより花火を見ようよ! 」


 ここでこの流れで告白というのもバツが悪い気がしたので花火でお茶を濁そうとしたその時


「本日の花火大会はこれにて終了となります」


 花火大会終了を告げるアナウンスが鳴り響いた。


 そういえば、櫻井さんとの会話中に何回か光っていた気がする……一体どうすれば良いんだ。


 オレはがっくりと肩を落とす。


「修三君? どんな人なの? 名前の最初の文字と最後の文字、あとその間の1文字だけで良いから教えて」


 そう言っている間にも彼女の質問は続く。こうなったら……


「好きな人はハロウィンの時に教えるよ」


 オレは彼女の目を見てそう答えた。


 花火が終わり波の音だけが聞こえる港に「楽しみにしておくね」という彼女の声が響いた。


「じゃあ帰ろうか」


 思いもよらず告白の予告という行為をしてしまったオレは気恥ずかしくなりながらも声をかける。それに対していつものようにやんわりと「そうだね」と答えながら立ち上がり下駄を履こうとする櫻井さんだったが……


「っ……」


 一瞬だったけれど今彼女の表情が歪んだ。もしかして……下駄のせい?


 どうやら下駄をはくのに慣れていないと靴擦れを起こしてしまうといったケースがあるようだが彼女の反応を見ると正にそれだろう……問題は


「いつからなの? 」


「何が? 」


「足の痛みのこと、ずっと痛かったんでしょ? 」


 オレがそう尋ねると彼女は笑顔で首を横に振って答えた。


「そんなことないよ、痛いなんてこと全然ないから」


 笑顔の彼女を見るとさっきの痛そうな顔は見間違いだったのかと思いそうになるけどそうはいかなかった。オレはレジャーシートを手早くリュックサックに入れるとリュックサックを胸で付けて彼女の前に背中をみせながら中腰の態勢になった。


「え? 」


 オレの行動を見て彼女はキョトンとしている。それをみてオレはすかさず声をかける。


「乗って」


 俗にいうおんぶというやつだ。しかし彼女は首を縦には降らない。


「いいよ、悪いから! 私1人で歩けるから! 」


 手強いなあ……こうなったら!


「櫻井さん、この流れで何か勘違いしていないかい? オレは櫻井さんを心の底からおんぶしたいからこういっているのさ! 」


 お姫様抱っこをした時から抱えていた願望をぶちまけてしまおう! 戸惑っている様子の彼女に畳みかけるように言う。


「もしオレにおんぶさせてくれないのならさっきのハロウィンの件は無しだから! 」


 正直取引の材料に使えるのかは半信半疑だったけれど効果はあったようで彼女がハッと息をのむ音が聞こえた。


「それなら、お言葉に甘えて」


 そう言って彼女の手がオレの首を挟む形で前に出るとともに身体が背中に当たるのを感じるとオレはすかさず両手を彼女の左右のもも付近に回して落ちないように固定した。この感触、悪くない。


「行くよ」


 その言葉を合図に歩き出す。


「ごめんね修三君、私今日はどうしても浴衣が来たくて……」


 しならくして彼女が呟いた。


「謝ることはないよ、オレも櫻井さんの浴衣姿が見ることが出来て嬉しかったし」


「そっか、それなら良かったよ。修三君今日は花火よりも綺麗って言ってくれなかったから心配してたんだよ」


 それを聞いてオレの脚がピタリと止まる。


「え、言って欲しかったの? 」


 正直、言ったら惹かれると思ったから言わなかったのだけれどそれなら思い切って言ってしまった方が良かったかもしれない!


「うふふ、冗談だよ」


 オレの慌てた様子を見て彼女が笑いながら言った。












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