第51話「ホラー映画でイチャイチャ作戦」
「ふっふっふ、遂にこの時が来たよ櫻井さん! 」
午後3時18分、俺は1人宅配の小包を手に不敵に笑う。
伊藤さんの謎により寒気を感じたときに閃いたデートプラン、それはホラー映画だ!
お化け屋敷、それは女の子が「きゃあ怖い! 」と男の子の腕に抱き着き抱き着かれた男の子が「大丈夫さ、僕がついているからね」と優しく言うことにより頼もしさをみせるばかりかイチャイチャも出来る一大イベント!
それはお化け屋敷だけに限らずホラー映画でも同様だろう。この小包にはオレが厳選した怖いと評判の映画が入っているのだ! 夏と言えば怪談! というところもあって櫻井さんも快諾してくれることだろう。夏というのは頼もしさをみせたいというオレの本音のカモフラージュにもなる素晴らしい風潮だ!
早速、櫻井さんにメッセージアプリのパインで
『せっかくの夏だから明日オレの家で怪談の代わりにホラー映画借りたんだけどよかったら一緒に観ない? 』
とメッセージを送ると
『良いな~ちょっと怖いけど楽しみだよ~』
と返信が来た。これで準備は万全だ!
しかし、残念なことにこれだけ周到な作戦でも1つ穴があった。
オレは怖いものがまるでダメなのである。
今でもうっかり家族がホラーものをみたとあってはそれから3日は夜は電気を全開にしてもなかなか寝付けない。それで真夜中にトイレにでも行きたくなったら最悪だ! 常に電灯のスイッチがあるところまでの短距離走を行うことになる。しかし、オレはここで櫻井さんに頼もしいところをみせてイチャイチャしなければならないのだ!
オレは拳を握りガッツポーズをするとオレの勇気が奇跡を起こしたのか天才的なことを閃いた。勢いよく小包を開けネット宅配レンタルで借りた映画のDVDを取り出す。
「事前に観ておけばいいんだ! 流石に観るのが3回目くらいならばそれほど悲鳴も上がらないだろう」
そう言いながらオレは部屋の電気を点けてDVDをセットし視聴を始めた。
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翌日、斎藤さんのお世話になり買い物を済ませた後、櫻井さんとオレの家の茶の間で隣り合う様に座りDVDのディスクをさも今から始めて観るようにケースから取り出す。
「修三君、凄いクマだけど本当に大丈夫? 」
「平気だよ、それより早くDVDを観よう! 」
そう言うとDVDを起動する。途端に見慣れた会社名の映像がテレビに映った。櫻井さんの様子を伺うと怖いというよりはワクワクしているようだった。
何でそんなワクワクした顔を! ? これはいけない! こうなれば用意していた作戦その1だ!
「おおそうだ! 雰囲気を出すためにカーテンを閉めて暗くしよう! 」
そう言って用意していた黒い布を窓から扉からにつけて回る。そして目が悪くなるといけないので部屋の明かりをつけて彼女の隣に座る。
「何か、世界から隔離されて2人きりになったみたいだね」
「そ、そうだね」
櫻井さんの突然のロマンチックな発言にしどろもどろになりながらも答える。
何かもういい雰囲気だしこのまま終わっても……
そんなオレの考えをあざ笑うかのように無情にもホラー映画が始まった。
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映画は半分を過ぎた。結論から言うと、3度目でも怖いものは怖かった。何とか拳を握りしめ歯を食いしばり耐えたというもののここから個人的に一番怖いところが待っているのだ! 情けないことにそこで悲鳴を上げない自信がない。
かくなる上は『何も知らずトイレ行ってくる作戦』で櫻井さんだけに怖いシーンをみてもらうか。幾らここまで表情を変えないとはいえあのシーンを見たら怖いと思うことだろう。あとでそんな彼女を優しく抱きしめ……
そこまで考えたところで頬を叩く。
そんな櫻井さん1人に怖いところを押し付けるなんて出来るわけがない! ホラー映画も観れない男が櫻井さんを幸せにできるか!
決意して画面に向きなおると突然頬を叩いたからか「修三君、大丈夫? 」と彼女に心配されてしまったので笑顔で「大丈夫」だと返した。
画面の中の登場人物が恐る恐る扉を開けて部屋へ入る。この後左右を見て突如後ろを振り返り安心してなんとなく上を見上げたらお化けがいるという展開が待ち受けているのだが既にこの段階で身体が震える。
まず主人公が懐中電灯で正面を照らし何もないことに胸を撫でおろして右を照らした後左を照らす。ここでスローテンポの不吉なBGMがかかり始める。
ホラー映画というのはどうしてこう怖いシーンでこういった背後に気配を感じるような寒気がするようなBGMばかりなのだろう。もう少しテーマパークとかで流れているような明るい曲を流してくれればいいのに……
なんてことを考えながら気合を入れて例のシーンに備える。
下手に数回観て展開が分かっている分、ライトで一瞬だけ照らされる壁の模様が人の顔の形のようになっていると細かい演出にも気付き震えてしまうがここが正念場だ!
深呼吸をしたタイミングで画面の主人公が後ろを向いた。BGMが一転して壮大なものに変わる。そして主人公が上を向いたとき、BGMが突然消えお化けが姿を現した。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ! ! ! ! 」
「だ、大丈夫! ? 修三君」
突然悲鳴を上げたオレにビクッと身体を震わせながらも櫻井さんが心配そうにこちらを見つめる。
万事休すか……こうなれば正直に怖ければ怖いと告白を……いいやまだだ!
「ごめんごめん、唐揚げを作ろうと鶏肉をタレにつけっぱなしなの想い出しちゃって」
「えっ、鶏肉? 」
「うん、漬けすぎると味が濃くなっちゃうからね。お化けより怖いよアハハ」
「そうだったんだ、私てっきり修三君が驚いていたのかと勘違いしちゃったよ~」
咄嗟の思い付きだったがどうやら誤魔化すことに成功したようだ。ホッと息を吐く。しかし安心したのもつかの間、櫻井さんが「リモコン借りるよ」と言ったかと思うとビデオリモコンの一時停止ボタンを押した。
「はやく鶏肉を取り出してこないと」
真っすぐな瞳でオレを見つめて彼女が言う。恐ろしいことに画面の中のお化けもアップでオレを見つめていた。
「そ、そうだね……ちょっと行ってくるよ」
「よければ私も手伝うよ! 」
嘘がバレないように立ち上がりそそくさと台所へ向かおうとするオレに彼女が言う。
手伝うと言われても……ここで櫻井さんがついてきたら鶏肉をつけていないということがバレてしまう!
断ろうと彼女の顔を見ると「断ってもついていく」と顔に書いてあった。
くそ、こうなったら……
「いや~やっぱりたまには濃い味付けもいいかな~」
そう言いながらオレは頭を掻きながら座ると彼女は「そっか~」と言いながらリモコンの再生ボタンを押した。
助かった……けどもうこの手は使えない。ここからは何としても耐えなければ……
そう決意をするも一度悲鳴を上げると脆いものでその後何度も悲鳴を上げ、結果オレの今夜の夕飯はカレーに鮭の切り身に焼肉と非常に豪華なものということになってしまった。
「怖くなかった? 」
EDまで映画を観終わった後で彼女に尋ねると首を横に振り申し訳なさそうに言う
「ごめんね、実はこの映画有名だったから前にみたことがあったんだ」
なんと! 確かに怖いと評判のものから選んだから当然と言うべき事態だったか!
「なんだ、そうだったのか~ごめんね同じもので」
「3回目でもオレは怖かった」と言いそうになるのを堪えて謝罪する。
「でもね……」
櫻井さんがオレの謝罪が聞こえないかのように真正面からオレを見つめて続ける。
「修三君が1人で苦手で嫌なことを必死で抱え込んで我慢しているのをみるのは怖かったなあ」
「あっ……」
ば、バレてた…………上手く誤魔化していた気になったけど全部バレてたあああああああああああ!
オレの顔が恥ずかしさで真っ赤になる。それをみた彼女が顔をほんのりと赤く染めながらも笑顔で言う。
「今度は一緒に修三君の好きな映画がみたいなあ、今度一緒に隣町まで借りに行こうよ」
「そ、そうだね今度はそうしよう」
会話が終わると彼女はスマホを見て「斎藤さんが迎えに来たみたい」と言うと見送りは良いから、と外へ出て行ってしまった。
そう言われてもオレとしては1人で返すわけにもいかないので遅れて後を追いかけると斎藤さんの車に乗り込む彼女の姿が見えた。
まさか、見破られていたなんて……ホラー映画を観てこんな恥ずかしい気持ちになるとは不思議なこともあるものだなあ。
感心しながら去り行く彼女の車を見送った。
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