第28話「手料理は思い出の味」

 櫻井さんはオレの言う通りにこねた鶏肉に粘り気が出てきたので軽く油を敷いたホイルに載せ四角いアルミホイルで伸ばした後グリルに入れ数分焼き、焼き色がついたら上にもアルミホイルを被せて更に数分焼いていく。


「出来たみたい! 」


 今か今かとソワソワしていた櫻井さんがグリルの調理完了を知らせるメロディーを聞いて彼女がすぐさま取り出す。


「一応カットしてみようか」


 そう言って洗っておいた包丁を彼女に差し出す。彼女には失礼かもしれないが、昔からあげを作った時表面はうまく焼けていたのですっかり安心して食卓に並べるもいざ食べて中をみてみると赤くて大騒ぎ! という騒動があったので焼けているかどうかについては慎重になっていた。


 彼女は包丁を受け取ると静かに丁寧に松風焼きを切っていく。


 見た目がケーキみたいなのに加えてこうやって切る必要があるなんて、結婚式はウエディングケーキではなくウエディング松風焼きでも良いかもなあ。


 そんなことを考えていたら彼女は切り終わったようだ。切り口を確認すると綺麗に純白の冬景色のように真っ白だった。


「うん、うまく焼けてるみたい! あとはゴマと青のりをかけて完成だ! 」


 それを聞くと彼女は嬉しそうにゴマと青のりをかけた。


「できた! できたよ! 修三君! 給食でみたやつそっくり! ! 本当にありがとう」


「落ち着いて、櫻井さん」


 子供みたいにはしゃぐ彼女をなだめる。とはいえ、ひょっとすると初めての料理となるのだからうまくできたときの気持ちは分かる。


「おめでとう」


 オレが彼女にそう伝えると彼女は満面の笑みを浮かべた。


 さてとそれじゃ……


「でも櫻井さん、見た目も重要だけどそれ以上に重要なのは味よ味! 」


「ど、どうしたの修三君! ? 」


 オレの態度が急に変わったからか彼女はすっかり面食らった様子で尋ねる。


「考えてみればここまで先生らしいことをやっていなかったからね、ちょっと言ってみたくて」


 そう、今までオレは先生みたいに何か凄い説得力のあるオーラを持ちながらの指示というのをしていなかった、先生と呼ばれたからにはちゃんとしなくては!


「そうかなあ~ 」


 それを聞いて彼女が唇に指をあてる。


「そうだよ……じゃなくてそうよ櫻井さん! 私は味に関しては厳しいのよ! ! 」


「でも今の修三君、先生というよりは姑さんって感じだよ? 」


 え………………


「そ、そうなの? 」


 すっかり意気消沈したオレは尋ねる。それに対し彼女は無言で頷いた。


 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「じゃあ、気を取り直して…… 」


「「いただきまーす! 」」


 食卓にはご飯に櫻井さんが作った松風焼きに作り置きしておいた肉じゃがが並んでいた。非常に惜しいことにご飯は既に炊いてあって納豆も冷蔵庫に無しと櫻井さんの納豆ご飯を食べることは諦めることとなった。


 早速箸で1口サイズに切って口に運ぼうとする。すると櫻井さんと目が合った。彼女はオレの方をじーっと見つめていたのだ! 恐らくさっき味が大事とか言ってしまったのだから余計に緊張してしまったのだろう。


 あれだけ念入りに調味料を混ぜてこねて焦げているわけでもないのだからマズいはずはないんだけれど……かくなるうえは!


「美味しい! ! ! 」


「まだ食べてないよね! ? 」


 くっ……『食べる前から美味しいと言って安心させる』作戦は失敗か。とはいえ、こう櫻井さんにじーっと見つめられるとそれだけで幸せで味が分からないぞ。とりあえず1口目は美味しいと言ってそれから味わっていただくとしよう。


 そう考えて彼女が見守る中、松風焼きを口に入れ租借する。その瞬間、柔らかくフワッと口の中で解けて口の中に広がる肉汁と懐かしい味。


 そしてオレは小学校時代へと誘われる。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 小学生の頃、体育の授業でドッチボールがあった。ドッチボール、それは俗にいう体育会系とそうではないのが明確に分かれるスポーツ。オレは当然体育会系ではなかったので外野で友人たちと会話をする派だったのだけれど前述の通り体育会系ではないため最初から外野に回ることが出来ず、外野に向かうには1度ボールに当たる必要があった。


 しかし、ボールに当たると柔らかいとはいえ痛い時もある。そこでオレはボールに当たらずに静観する方法を考えた!『端っこで外野のフリをしよう作戦』だ!


『端っこで外野のフリをしよう作戦』とは至ってシンプル、コートの端でさも外野のように振舞って敵の目を欺くという作戦だ!


 この作戦がなかなか効果的でオレは何食わぬ顔で最後の最後まで残る……はずだった。


「坂田君、外野じゃないよね? 」


 おしとやかながらも少し意地悪な顔でコートの端のオレにボールを持った1人の女の子が声をかけた…………それが、櫻井さんだった。


 咄嗟にオレは構えるもそれすらも読んでいたように彼女の投げた玉は見事にオレの脚を捕らえた。ボールにあてられて嫌なはずなのに嫌ではない不思議な出来事だった。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 確か、あの日の給食の献立が松風焼きでこの櫻井さんの松風焼きの味だった。

 そういえば、昔は皆オレのことは苗字の「坂田」呼びだったなあ。中学時代に学校で「しゅうぞう」さんムーブが来て皆が一斉に「しゅうぞう」呼びに変わったんだった。懐かしい。


「おーい! 修三君? 」


 小学校時代に意識が飛んだオレを心配そうに櫻井さんが手を振っていた。


「ごめん、櫻井さん。凄く美味しかったしあまりに懐かしい味で記憶が小学校時代に飛んでたよ」


 それを聞いて彼女も自分の松風焼きを1口サイズに切って口に入れる。


「本当だ! すごい懐かしい味がする! 」


 そう言って口元を綻ばせた。











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