第27話「料理をつくる時には愛情を……」
櫻井さんとの料理が始まった、料理を教えてと言われるばかりか「先生」と呼ばれるだなんて初めてのことだ。先生と呼ばれたからには口調から先生みたいにしたほうが良いのだろうか?
「まずはネギからだね! 包丁も握るの久しぶりだな~」
そんなオレの半ばどうでもいい悩みを知らない彼女は早速ネギを切ろうと包丁を手に取りネギを切ろうとする。オレ的にはそこで包丁を持ちながらこちらを振り向いて
「修三君は私のものだよ…………誰にも渡さないから」
なんて言われても構わないのだけれど。とはいえ、それでオレがネギのように切られるのは御免被りたい……
「あ、櫻井さん! それだと手を切っちゃうかもしれないから猫の手のほうが良いかも」
彼女の手がパーのままネギを切ろうとしたので指を切ってしまっては大変だ! と咄嗟に注意する。
「猫の手……そういえば、昔そんなこと言われたかも! 」
「親指を中にしまい込むようにしながらグーみたいに握って中指よりも出っ張ったところを無くすと良いかも」
そういいながら実際にやってみせネギを押さえつける。
「まあ、こうすればいけないってわけでもないから。あとネギをみじん切りにするときは縦にして何回か切り込みを入れておくとやりやすいよ」
そういいながらまな板を彼女に譲る。
久しぶりの料理なので結局は彼女が楽しめるかを大切にしたいし猫の手をやらなくてもオレがちゃんと見張っていれば大丈夫だろう。
いや、やはりこういうのはキッパリと注意したほうが良かったのかな?
オレが揺れていると彼女は慣れない手つきながらも猫の手でネギを抑えて切り始めた。どうやらいらぬ心配だったようだ。安心しておろし器を手に取る。
「じゃあ、ネギは任せるよ! オレは生姜を擦っておくから」
「待って! 生姜も私がやるから」
「でも、生姜に関しては教えられることもないしただ擦るだけだよ? 」
「ごめんね、でも私がやりたいの! 」
櫻井さんの気迫に押されおろし器を戻す。
最初から最後まで櫻井さんの手作りというのは嬉しいのだけれど一体どうしたんだろう?
ネギを切る彼女を見ながら首を傾げる。しかし、考えていても仕方がないので温かい目で見守ることにした。
「でき……あ! 」
しばらくして彼女が嬉しそうに刻んだネギを見つめるもよくみたら上手く切れていなかったようで少し繋がっていた。
たまにやるよねえ…………しかし、こういう櫻井さんもレアだなあ。
「修三君……修三君? おーい! 」
彼女がオレの反応がないのを心配して目の前で右手を振っていた。
「はっ……どうしたの! ? 」
しまった! つい見惚れていた。
気が付くとネギは綺麗に千切りにカットされていて生姜も買ってきたものの半分くらいとかなりの量が擦られていた。
「大丈夫? ボーっとしてたみたいだけど……」
「大丈夫だよ! 櫻井さんの料理する姿が眩しすぎて見惚れていただけだから! 」
「え……? 」
しまった! つい本音を言ってしまった。
「もう……修三君ったら! 」
それを聞いて櫻井さんがたしなめるように言うもぎこちなく、彼女の頬は夕陽のように真っ赤になっていた。
「そ、それじゃあ次はボウルに買ってきた鶏の挽肉と調味料とネギと生姜をいれて……」
咄嗟に目を逸らしてそう言うと彼女も「うん」と頷いてテキパキと挽肉を開封してボウルに入れる。
待てよ……ひょっとして今のは良いムードだったのでは? ハグがいけたのでは! ?本日あるのかわからないハグするチャンスを不意にしてしまった! ?
後悔するも時すでに遅し。かけてしまった調味料は元の容器には戻せない。彼女は既に切り替えてテキパキとボウルに挽肉、調味料にネギ生姜を加えていた。
「次はどうするの? 」
「次はね……ホイルの四方を追って……そしたら手がべたべたしちゃうの避けるためにこれをつけてこねて」
ホイルを切って端を四角にしたのを彼女に透明な使い捨て調理用手袋を取り出して渡す。彼女はそれを受け取りこね始めた。
「こねるときのコツってあるの?」
こねるときのコツか……あの日は興奮状態故に櫻井さんの手だと思ってコネていたなんて言わないほうがいいだろうし何か上手い言い回しはないものか…………
「愛情を込めて粘りが出るまで沢山こねることかな! 」
とりあえず自分のした行動をできるだけ美化して彼女に伝える。すると彼女は手袋をハメながら呟いた。
「愛情なら……最初から込めているんだけどな」
「ああ! ごめん、そうだったよね! 櫻井さんはネギも丁寧に刻んでちゃんと味見をしてから調味料を入れていたよね」
料理に愛情を込めるというのは個人的には食べる人のことを考えて野菜を1口サイズや刻んだり目でも楽しませるように盛り付けをしたりすることだ、とオレは考えている。その観点から言えば櫻井さんの刻んだネギは見栄えが悪くならないように、自然に他の素材と混ざり合うように細かく刻まれていたし生姜に調味料も味見しながら分量を決めていたから始めから食べる人のことを考えていたのだ。
そんなわけで彼女からすれば胸を張っても良いことなのに何故か彼女は
「そういう意味じゃないよ、修三君のバカ」
なんだ……オレはまた何かやってしまったのか? ひょっとして愛情ってまさか、櫻井さんは本当にオレのことを…………
オレの頬が熱を帯びていく。それをみた彼女が笑い出した。
「修三君、顔真っ赤だよ。ごめんね、いつも気の利いたことをいう修三君の真似してみただけだからあんまり気にしないで」
何だ、オレの真似だったのか。確かにオレが櫻井さんの立場だったらさり気なく好意を伝えようとそんなことを言っていたかもしれない。
ん? それって……
オレは頬が熱いまま凄いスピードでひたすら挽肉をこねている彼女を見つめる。彼女の頬も赤いままだった。
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