第21話「フリーター、出勤! 」
「オレは雨男だけど櫻井さんといれば晴れ男になって一緒に暮らせる! いや、櫻井さんこそがオレの太陽だ! 僕という世界を君という輝かしい存在で照らしてほしい! 」
ダメだな………………
オレは雨合羽越しに雨に打たれながら空を見つめる。空は晴れるという予報が外れたのがいっそ気分が良いほどの素晴らしい雨雲で覆われていた。
櫻井さんとのカラオケデートから数週間が経過してはれてケイビインとして現場に出ることになった。交通費支給とのことだったけれど幸運なことにオレが出れる土日祝だけ休日によりお客さんが増えるからと近くのスーパーで駐車場ケイビの現場があった。向こうの人からするとここは隣町だから移動が面倒等であまり人気のない現場だったところに上手くオレが滑り込めたようだ。相方の木村さんは人当たりの良い頼れるおじいさんといった感じで初対面のオレにも気さくに話しかけてくれて店内に挨拶に行くときも先頭を歩いてくれると頼れる人だった。挨拶に行ったとき数人の店員がオレをみてアッと驚いていたのは気のせいだと思いたい。
そんなわけで、はれて配置についてケイビを開始したオレだが、時刻は昼を過ぎた午後3時と平日と変わらず、人があまり来ない時間で11時ごろの大混雑が嘘のように車が道路にも1台も見えず暇を持て余していた結果、昔雨男ということを思い出して櫻井さんへの告白の言葉を考えていたというわけだ。
しかし、クサ過ぎずちょっと格好いい思い出に残るような告白というのは難しいな。やはりストレートが良いのだろうか? ストレートなら記憶に残らないというものでもないだろうし。
周囲に一向に車の姿がないのを確認して誘導灯を持ったまま腕を組んで首を傾げながら考える。
となると「櫻井さんが好きだ! 付き合ってください! ! 」………………ど真ん中ストレートな気がするが全力ストレートなのでこれで良いのだろうか? というか好きというならオレはこの前櫻井さんに………………
前回のカラオケデートで言われたことを思い出して頬が赤くなるのを感じる。あの次の日も彼女とはいつも通りに買い物をしたのだけれどあのことを掘り返すことはしなかったのだけれど少し奥手すぎるだろうか?
そう悩んでいるとウインカーを出している1台の黒い高級車らしき車の姿がみえたのですかさず鞘から剣を抜くように腕組を解除すると同時に構え誘導の準備をする。
黒い車か。これが櫻井さんの車だったらなあ。あれ? この車ってもしかして………………
次第に近付いてくる車をみてとあることに気付く、そうあれは櫻井さんの車だ! もしかして櫻井さん! ? いや休日だからお手伝いのコックさんかな?
そんなことを考えている間にも車はグングンと近づいてくる。オレの誘導に従い車が見事な左折を見せオレの前を通り過ぎ店内に近いところに駐車するのかと思いきや店内とは程遠い入ってすぐ横のスペースに駐車した。
もしかして………………
オレの期待に応えるかのように車から櫻井さんが出てきた。白い花柄の傘をさす櫻井さんはいつもより化粧をして気合がはいっているように思えた。
「こんにちは、修三君」
いつものように挨拶をするもその仕草はいつもとは異なりお金持ちなことを実感させるような優雅な仕草に見える。
「櫻井さん、ここで休日に会うなんて奇遇だね」
「本当だよ、誘導するケイビインさんが修三君でびっくりしちゃった! ケイビインとして働いていたなんて知らなかったよ」
「まあ、今日が初めての現場なんだけどね」
正直櫻井さんを驚かせたかったので秘密のままにしておきたい気持ちはあったのだけれどこうして休日に櫻井さんに会えるのだから悪くはないか。
「櫻井さんは今日は何をしていたの? 」
いつもより気合を入れて化粧をするということは何か大切な用事があるのだろう。誰か大切な人に会うとか………………それってかなりまずくない?
「実はね、今日お見合いに行ってきたんだ」
オレの嫌な直観は見事に的中していたのだが、彼女が何でもないことのようにさらりと言う。
「お、お見合い! ? 」
「うん、断ったんだけどね。最近は休日になると毎週こうなんだよ」
「ま、毎週! ? 」
仰天してしまい全てにオウム返ししかできない。
しかし、思い起こせば彼女は婿探しをしていると言っていた。それがお見合いのことだとなぜ気付かなかったのだろうか。
オレは自分の察しの悪さを恨んだ。
「それよりさ、修三君は今ケイビインなんだよね? 」
彼女がいつもの見慣れた笑顔で手を合わせながら身体を傾けて尋ねる。
「そうだけど……」
質問の意図がわからない。ケイビインだから……に続く言葉といえば何だろうか? 銃を持っている? とか喧嘩強いの? とかだろうか。
オレが1人で連想ゲームをしているうちに櫻井さんは近付いて気がつけばオレの隣に来ていた。
「ケイビインということはお客さんの私が今危険な目にあったら守ってくれるのかな? 」
彼女はからかうように笑いながら言う。
突然そんなこと聞かれても………………答えは決まっている。
「勿論、櫻井さんが危険なら今じゃなくてもオレがケイビインじゃなくてもオレにできる限りのことはするよ」
しまった………………まーたクサいことを言ってしまった。咄嗟に言ってしまうってもうこれはオレの悪いクセなのかもしれない。
慌てて口を覆うが既に手遅れだ。オレは恐る恐る彼女を見つめる。しかし彼女は笑うことも固まることもなく俯いていた。
「ありがとう、修三君。あっ私もう買い物しないといけないから行くね! バイバイ! ! 」
そう言って彼女は笑顔で手を振りながらスーパーの方へと走って行った。後を追うように斎藤さんが車を発進させる。
もしかしたら、照れていたのかな? だとしたら………………
「夕陽より君の方が綺麗だよ、と何が違うんだろう」
オレは小さくなっていく彼女と車を見つめながら首を傾げた。
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