第20話「最高の合唱」
曲を入力してすぐさま、イントロが入り櫻井さんも何の曲か気付いたようでハッと目を見開いてこちらをみる。
以前オレはデュエットで校歌を歌おうとした。それは色々な理由で却下となったが発想自体は悪くはなかった。学校で校歌よりも歌う頻度は低いが確実に歌い皆が知っている曲!
そう、それは………………国歌だ! ! ! ! !
オレは深く深呼吸をする。この曲は続けて歌う箇所と切る箇所を間違えないことが重要だ! 画面が歌詞をなぞり始めるとオレはそれを意識して歌い出す。彼女もノッているようで一緒に最後まで歌い切った。
「上手だったよ櫻井さん、2人で上手く歌えたね! 」
そう言いながら彼女へと視線を向け彼女の言葉を待つ。
どうだった櫻井さん! ? 今のオレにどんな言葉をかけてくれる? 格好良かった? たくましかった? それともままままさかの好きだよ! ?
「う、うん。久しぶりに歌って懐かしく感じたかな~」
彼女は笑顔で答えた。しかし、オレはこの笑顔に見覚えがある。これは………………櫻井さんが落胆しているときとかにみせる笑顔だ。先ほど同様に彼女の目は笑っていない。
やってしまったか………………知名度からもイケると思ったんだけどなあ。とにかくこの空気はまずい! こうなれば一か八かだ! !
「ご、ごめん! じゃあ次の曲入れるね! 」
慌てて次の曲を入力する。するとオレの焦りに応えるかのようにすぐさまメロディが流れる。
「あ、この曲! 」
「うん、確か櫻井さんもあの時手をあげていた気がするからさ。2人だけれど大丈夫かな? 」
彼女は何故か目に涙を浮かべながら頷いた。
オレの一か八かの曲は、合唱曲だった。しかしただの合唱曲ではない、オレと櫻井さん数名が学校の合唱コンクールで歌いたかったけれど残念ながら多数決で負けてしまい歌えなかった曲だ。
2人きりで合唱曲を歌う。即刻却下されてしまったため授業でパート分けも練習していなかったため上手いとは言えなかっただろうけれど、楽しかった。
「私、ずっとこの曲歌えなかったのが心残りの1つだったんだ。ありがとう。最高の合唱だったよ」
彼女が涙を拭いながらお礼を言う。慌ててティッシュを手渡した。
まさかそこまでこの曲に思い入れがあったなんて、泣かせてしまったとはいえここまで喜んでくれると嬉しい。では、何故オレがこれを一か八かの手段だったかというと………………
「でも、びっくりしちゃったよ。修三君が昔のことを覚えていたなんて」
そう、オレが恐れていたのは正にこの流れだった。中学校生活で3回もある合唱コンクールの出来事ならまだしもコンクールですらない選考段階のましてやそこで1人の生徒が手を挙げたことを何故そんなに鮮明に覚えていたのか。これを聞かれるのが怖かったのだ。
勿論、オレからすれば当時胸に秘めて伝えることはなかったけれど櫻井さんが好きでそんな彼女と同じ合唱曲を歌いたがっていた、という甘酸っぱい思い出だからなのだけれど彼女からしたら………………ねえ。
「それはね………………」
如何にもこれから説明しますというように口を開いたけれど実はこの流れにならない方向に全力で祈っていたので何も考えていない。一体どうすればいいのだろう!
「実は………………」
頭をフル回転させる。光よりもはやく何か上手い言い訳を見つけなくては!
「えっと………………」
ああ、ここで櫻井さんのことが好きだから! と言ってしまうべきだろうか? 確かに2人きりだけれどカラオケで告白というのはどうなのだろうか?
よし! こうなったらいっそ………………
「あの時さ、櫻井さんの背後の窓にカブトムシが張り付いていたんだよ」
………………良く分からない嘘をついてしまおう。
「え、カブト虫! ? 」
そう言って櫻井さんがまるで意味が分からないというように呆然と固まる。それも無理はない、何故ならオレもよく分かっていないのだから。そもそも合唱コンクールの曲を決めた時期にカブトムシはいたのだろうか? いや、もう引き返せない。この方向で進むしかない!
「中学生の時カブトムシが好きでさ。凄い印象に残っていたんだよね」
そう口にしながらオレは「人は嘘をつくとその嘘に重ねるように嘘をつく」という言葉の意味を痛感した。
それを聞いてしばらく固まっていた彼女が口を開く。
「なーんだ、そうだったんだ! 修三君中学生の時は凄い大人びていて頼りがいがある大人の人のように見えてたけど、ちゃんと少年の心を持っていたんだね」
それを聞いてギョッとする。
何ということだろう、中学の頃のオレはそんなに彼女にとって頼れる男に見えていたとは! いや待てよ、中学生の時「は」?
「い、今は? 」
思わず尋ねる。すると彼女は意地悪そうにニヤリと笑いながら答える。
「ユーモアのある面白い人だなって! 」
な、なんということだ! 昔のオレのほうが頼れるようにみえていたなんて!
オレががっくりとソファに腰を落とすと丁度それを見計らったように室内に電話の音が鳴り響く。
「はい、もしもし。はい、十分楽しめましたので延長は結構です」
電話を取った彼女が応答をする。どうやらもう時間のようだ。当然この後は買い物に行かなければならないので延長は無しと事前に決めていた。
「ほら、行こう」
彼女はオレを元気づけるためか教師が何かを発するときのように両手を強く叩いたあとオレの手を引いて室内を後にした。
その後は会計を済ませた後、2人でスーパーでいつものように買い物をした。
買い物を済ませ別れ際、彼女が斎藤さんの車に向かう前にふと立ち止まった。どうしたのか尋ねる前に彼女が口を開く。
「修三君、今日はありがとね! 楽しかったよ。それと…………私は今の修三君のほうが好きだよ! それじゃあね! ! ! 」
そう言うとオレが不意を突かれてフリーズし呆然と銅像のように立ち尽くしているうちに彼女は勢いよく手を振りながら走り出し車に乗り帰っていった。
それから数分程動かずにいたのだがやがて再起動したオレは
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 」
とカラオケで枯れた声ながら叫びガッツポーズをするのであった。
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