第19話「想いを歌にのせて」

 櫻井さんがオレのことを好き?


 不意に生まれた推測はオレの心を躍らせる。思わず頬が緩んでしまうがそんなオレとは対照的に彼女は少し悲しげにこちらを見つめる。


「次は修三君の番だよ」


 そう言って彼女はオレのすぐ横に座った。少し揺れれば肩が触れそうだ。正直、もう少しこのドキドキを味わっていたい気もするけれどそうはいかない。オレは彼女の誤解を解かなければならないのだ!


「わかった」と言ってオレは立ち上がり前へ進み画面の近くまで歩いてUターンする。すると同時に櫻井さんが歌う前に入れておいた次の曲のイントロが流れる。今すぐ歌って踊りたいところだが今はそれよりも誤解を解くのが優先だ!


「櫻井さん! 」


 マイクのスイッチがONになっていたようでオレの声が部屋の中に響き渡り彼女が驚きビクッと震える。マイクをOFFにして叫ぶように続ける。


「オレがどうしてさっきアイドルの歌を熱唱したのか、何故コールまで覚えていたのか! その答えはただ1つ! オレが! 櫻井さんとのこのカラオケが楽しみで練習していたからだあああああああああああああああああ! ! ! ! 」


 それを聞いて彼女が目を丸くする。それと同時に幸運なことにオレが言葉を紡ぐのに時間がかかったからかサビ直前だ!


 ここでこの曲の歌とダンスを完璧に踊って誤解を解こう! !


「聞いてくれ、見てくれ櫻井さん。オレの歌を! ダンスを! オレの想いを! ! ! 」


 そう伝えマイクをONにしてサビを歌い始めるとともに勢いよく脚を振り上げる。


 ガアアアアアアアアン! ! ! ! ! ! ! ! !


そしてオレの脚は勢いよく長テーブルにクリティカルヒットした。


…………そう、オレは誤解を解こうとする余りこのテーブルの存在をすっかり忘れていたのだ。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! ! ! ! 」


 オレの練習を重ねた曲のサビを歌う声ではなくテーブルに思いっきり脚をぶつけた痛みから来る悲痛の叫びがマイクを伝って部屋中に響き渡る。


「だ、大丈夫? 修三君! 」


 彼女が脚を抑えて呻くオレに慌てて駆け寄りソファに寝かせてくれる。そしてズボンを捲って出血していないのを確認すると安心したかのようにため息を漏らした。


「ごめん、エキサイトしすぎちゃった」


 すると彼女が今度は目も含めてニッコリと笑う。


「修三君の想い、伝わったよ。私のために一生懸命練習してきてくれたんだよね? ごめんね、友達がアイドル関連で別れちゃったっていうのを聞いてそのことを考えてたんだ」


 なるほど、アイドルへの嫉妬ではなく自分の友人のことを考えていたとは友達想いの櫻井さんらしい考えだ。しかし、彼女の嫉妬がオレの思い過ごしだったのは少し悲しい。


「そっか、そういう友達がいたんだ。何事もほどほどが良いってことなのかな? 」


「そうだね。付き合っている友達としても流石に毎回グッズを全部買って全国ツアー全てに行くのは放っておかれたみたいで嫌だったみたい」


「毎回! ? それは凄いね……」


 凄い熱意だ………………確かにそこまでいくと趣味が共通で友達もそのアイドルが好きということでもない限り穏やかではいられなさそう。


「脚、もう大丈夫? 」


「うん、もう大丈夫だよ」


 しばらくそうやって会話をしていると脚は痛みが引いてすっかり良くなった。彼女にそれを示すためにテーブルに当たらないように軽く足を振る。


「オレは平気だから、櫻井さんは好きな曲を歌って。櫻井さんの歌を聴くと元気になれる気がする」


 すっかり交互に歌うのが暗黙の了解のようになっていたけれど、バランスを考えれば丁度いいのかもしれない。


 それにしても、最後の台詞はクサかっただろうか?


 伺うように彼女に視線を送ると彼女はそれに対してウインクで返した。とても可愛かったのだけれどそれはそういうことでいいのだろうか? 本当に加減というのは難しいものだ。


 櫻井さんは何と大ヒットした恋愛ドラマの主題歌を歌った。やはり、女性だから恋愛ソングは好きなのだろうか?


 確かこの曲にはダンスがあったな。


 と両手でピストルを作って前後に振っていると間奏の最中に「違うよ」と手直しを受けた。


「上手だったよ櫻井さん」


 そう言ってオレは彼女に拍手を送る。すると「ありがとう」とにこやかに微笑んだ。


「よし、じゃあ次はオレが……リベンジさせてもらおうかな! 」


 深呼吸をしてそう言うと今度は座る彼女と入れ替わりに立ち上がり、先ほど最後まで歌えなかった曲を周りに気をつけながらちょっとダンスを交えながら歌う。今度はちゃんと何事もなく歌いきることができた。


「すご~い、格好良かったよ修三君! 」


 彼女から拍手を送られる。


 か、格好いい………………オレは櫻井さんに「格好良い」と言われた! ! ! ! ! ! ! ! ! ! !


「格好良い」、それはオレの妄想の中の櫻井さんには幾度となく言ってもらっていた言葉だけれどこう予想してその予想通りに彼女が「格好良い」と言ってくれたのは初めてだ! ダンスはまず体力的にもしんどいところがあったけれど練習を続けてよかった!


 オレは初めて達成感を味わった気がする。


 だがここでオレは満足するわけにはいかない! まだオレには奥の手のデュエットがある! ! そこで更に「格好いい」、いや「頼りになる」……さらには「一緒にいて楽しい」、「素敵」と褒めてもらうぞ! ! !


 そんな思いを秘めて次は櫻井さんの番だからここは大人しく「ありがとう」とお礼を言い座り、次のオレの番でデュエットを切り出そうとすると彼女が曲を入れるタイミングでチラッとこちらをみて覚悟を決めたように頼み込むように提案する。


「良かったら修三君と一緒に歌いたいな、なんて」


 何という嬉しい申し出だろう。まさか彼女から切り出してくれるとは! オレは待ってましたとばかりに勢いよく立ち上がる。


「勿論! オレも櫻井さんと歌いたいなって思っていたんだ! 曲はもう決まっているの? 」


「ごめん、それがまだなんだ。修三君は何が歌いたい? 」


「だったらピッタリの曲があるよ! 大丈夫、櫻井さんも絶対に知っている曲だから! 」


 オレは彼女に自信たっぷりにそう言うとササっと曲を入力する。


 何と頼もしさをみせるにおあつらえ向きのシチュエーションだろう! また、また櫻井さんにオレは「格好良い」いや、それ以上の言葉を言われてしまうのか! !


 オレは期待に胸を膨らませながら用意しておいたとっておきの曲のコードを入力した。

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