第18話「カラオケデート」

 あれから時は流れ櫻井さんとのカラオケデート当日、集合場所であるカラオケ店の前で彼女を待っている。カラオケ店はスーパーの近くで徒歩5分もあればいける距離だ。例によってお昼を食べた後に集合で2時間ほど歌ってそのあと一緒に買い物をするというスケジュールだ。まあ、オレがヘマをしなければの話だけれど。


「大丈夫かな」


 赤煉瓦のような地面をみながら小さく呟く。カラオケ店の周囲は焼き肉店や美容院がありその3店舗の意向か地面が赤レンガのようなデザインになっているのだ。この町では恐らくここでしかみられないくらいオシャレなデザインだ。そこに1つ不似合いな石ころが1つあり昔のように蹴りたくもなるも年を考えてグッと堪える。


「自信を持つんだ修三、あれだけ練習したじゃないか! 」


 オレはCDが届いてから今日というまでCDを聞いて音程を把握してから「instrumental」で歌いつつ録音してひたすらカラオケの練習をしていた。意外とうまく歌えたつもりでも録音してみると全然で難しいものだ。その前にスマホから流れてくる声が誰のものか分からずに驚き慣れるのにずいぶん時間がかかったのだが何とか形にできた。さらにはできるだけやろうと合いの手やらダンスやらも身に着けることができたつもりだ。


「まあ、一番大事なのは櫻井さんと楽しむことなんだけれど」


 結局はオレはこれで楽しめるのだから櫻井さんが楽しめればOK、楽しめなければ駄目なのだ。思えば手を繋ぐときは焦っていた気もする。その結果クサいと言われてしまったのだけれど、そこでめげずに気を付けていくことが大事なんだと思う。


 そう決意を振り返った時、1台の黒い車が近くで停車し走り去っていった。その後にはそこで下りた女性が取り残される。そこにいるのは言うまでもなく櫻井さんだ!


「櫻井さん! 」


 オレは声をかけ手を振りながら彼女のほうへ歩いて行こうとすると彼女が手を前に差し出した。恐らくオレが店の近くで待っているため迎え不要、自分が歩いていくからという意思表示なのだろう。その手に従うようにオレはそこから動くのを止めひたすら手を振る。


「お待たせ」


「大丈夫、全然待ってないよ」


 毎回オレ達は待ち合わせをして会うとこんな言葉を交わす。何てことはない会話だろうけどまさか櫻井さんとこんな関係になっているだなんて昔の自分に聞いたら椅子から転げ落ちる位衝撃的なことだろう。


「あ、修三君その髪。アイロン使ったんだ。格好いいよ~」


 そう、今日のオレは歌と並行してヘアアイロンの使い方を身に着けたのでワックスと合わせて髪をセットしていた。


「ありがとう、ようやく櫻井さんに見せても恥ずかしくないくらいになったからさ。櫻井さんも相変わらずオシャレだね。その服似合っているよ! 」


「そうかな? えへへ、ありがとう」


 ああ、何という幸せなひと時だろう………………いや、待てよ………………


「どうしたの修三君? 」


 オレが周囲を突然伺うようにキョロキョロし始めたので彼女が不思議そうに首を傾げる。


「斎藤さんは今日はいないのかなって」


 そう、オレが気にしていたのは斎藤さんのことだった。前回のデートでは3人で映画をみることになった、映画なら観ているだけなので平気だったけれど流石に斎藤さんの前でエキサイトしたりするのは辛く感じたのだ。また、デュエット用の曲を考えたのも無駄になってしまう。


「斎藤さんはもう帰ったよ? またお買い物が終わるころに迎えに来るって」


 よし! 今日は斎藤さんはいない。文字通り念願の櫻井さんと2人きりのデートだ!


 と心の中でガッツポーズをする。


「もしかして、斎藤さんがいたほうが良かった? 」


 櫻井さんがニヤニヤしながら冷やかすように言う。オレは慌てて手を振りながら答える。


「いや、斎藤さんは良い人だけれどできれば2人きりのほうが嬉しいかなあって」


「なーんだ、てっきり修三君斎藤さんに会いたいんじゃないかと勘違いしちゃったよ! 」


 彼女がニッコリと言う。


「いやあ、オレにそういう趣味はないよ」


 オレも笑って返したが思えば大学生の時は赤木とばかり過ごしていてバレンタインデーには2人でチョコレートの交換をしたりもした。赤木のことは親友だと思っている。しかしオレが一番好きなのは櫻井さんなわけだからそういう趣味はない………………はずだ。


「それよりさ、ここで立ち話もなんだから早く中へ入ろうよ! 」


 オレは彼女に声をかけてから店の入り口へと歩き出す。しかし、この流れはマズかった気もする。これではそっちの気がないとも捕らえられかねない。


「そうだね、行こう」


 彼女の言葉とともに何か柔らかいモノが手に触れる。素早く視線をオレの手に移すと信じられないことにオレの手が彼女の手に握られていた。


 な、なにいいいいいいいい! ? さ、櫻井さんがオレの手を握ったあああああああああああああ! ! ? ? ? ? ? ! ?


「ほら、はやく行こう! 」


 パニックに陥る寸前のオレに彼女はそのことについては何も言わずに入店することを促したのでオレは「そうだね」と答えながら嬉し恥ずかしく俯きながら入店した。


「いらっしゃいませ、何名様ですか? 」


「2人です」


「畏まりました。2名様ですね、お部屋までご案内します」


 櫻井さんに頼れるところをみせようとテキパキと答えたはずだったのだがどうだっただろうか? しかし、大学生の時はいつも店に入ると情けない話だが店員との会話はすべて赤木が担当してくれたので、オレが店員と会話をするときはいつも1人なことが多かったため2人と答えるのは新鮮だった。


 2人で店員にお礼を言った後に案内された部屋に入ると2人では広すぎるソファに長いテーブルに1台のテレビなどの機器がオレ達を迎えた。ここはワンドリンク制ではなく1時間1000円で何人でも利用できるというものなのでドリンクを注文しなくてもいい。1人だと割高だと思っていたが2人だとそうではないのかもしれない。早速マイクを2つ取り出して1つを彼女に渡す。


「ありがとう、修三君。寒くない? 」


「うん、大丈夫だよありがとう」


 空調のことを心配してくれるなんて櫻井さんは気が利くなあ。手元に丁度マイクがあるから感謝への気持ちを歌で表現したいくらいだ。それにしても密室に2人きりだなんてこれまでとは違ってテレビの音しかしない分自分の部屋でデートしているような高揚感を覚える。


 オレがすっかりその高揚感に浸っていると彼女がこちらをみつめて口を開いた。


「修三君、どっちが先に歌おうか? 」


 しまった! オレ達はここに歌を歌いに来たのだった! 名残惜しいが櫻井さんと2人きりの空間に浸るのはこれくらいにしよう! !


「じゃあ、櫻井さんが良ければオレから行くよ! 」


 この場合男かつ誘ったオレが先陣を切るべきだろう。このカラオケデートは始めのこの1曲で決まると言っても過言ではない! ! 気合入れていくぞ! ! !


「頑張って、修三君! ! ! 」


 彼女はタンバリンを手に座っている。オレは頷いて返し曲を入れる。コードを入れる。やがて機械から伴奏が流れるのだがこの曲で重要なのはその前だ! ! ! 1回、カウントダウンの音が鳴る。2回、精神を集中させろ! 3回………………未だ! ! !


「1! 2! 1! 2! 3! 4! 」


 出だしのスタートは上々だ! 更にここからライブで流れるらしいコールも混ぜる! ! ! サビはより激しく歌い歌わない箇所ではコールを混ぜる、そして締めまで忘れずに歌う………………完璧だ! ! ! 正に完全燃焼! ! ! ! この1曲で全てを出し切ったような晴れやかな気分だ! ! ! これなら櫻井さんも大喜びに違いない! ! ! !


「どうだった? 」


 オレはすっかり画面の歌詞をタイミングを合わせるために食い入るように見つめていたため振り返り櫻井さんに尋ねる。すると櫻井さんは意外にも怒ったように顔を膨らませていた。


「修三君ってアイドル好きだったんだね」


 ふてくされたように彼女が言う。


 しまったああああああああああああああああああ! ! ! ! ! ! あまりにやりすぎてガチの人だと思われたあああああああああああああ! ! ! ! ! ! いや、皆可愛くて良い曲だと思うし自転車に乗りながらたまに鼻歌歌う位には好きだけどデートの場でこれは彼女の反応を見てもまずい! ! !


「ち、違うんだよ櫻井さんこれは! 」


「次は私の番だね」


 彼女はスッと立ち上がって前に出て曲をセットする。やがて音楽が鳴り響くがこれは………………恐れていた男性アイドルの曲!


 やはり櫻井さんはアイドルが好きで…………いやアイドルは皆イケメンでバラエティとかでも面白く場を盛り上げて歌歌ってダンスしてと惚れるのもわかるくらいのハイスペックな人たちだけれど………………


 オレがモヤモヤした感情を秘めながら歌う櫻井さんを見つめているとあることに気が付いた。


 櫻井さん、たまに音程外している? ということは歌いなれていないのかな?


 そう、オレが言うのもなんだけれど彼女はサビは大体歌えていたが所々歌いなれていないように音を外しているところがあった。


 もしやこれは………………


 オレにある考えが浮かんだと同時に彼女の歌が終わった。


「どうだった? 」


 すぐさま彼女が振り向いて笑顔で尋ねるも心なしか目が笑っていないように感じる。


「上手だったよ。櫻井さんってアイドル好きだったんだね」


「ま、まあ……ね」


 彼女の返事は先ほどまでの勢いが嘘のように歯切れが悪かった。こうなるとオレの考えは間違いではないのかもしれない。


 恐らく彼女は、歌を聴くにこのアイドルのことをそれほど好きではないのだろう。となれば……オレがアイドルの歌を歌っている最中オレみたいに妬いてた? それでオレに仕返しをしようと急遽アイドルの歌を歌った?


 でもそうだとしたら、櫻井さんはオレのことが好き………………ってことになるのかな?










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