第16話「今度はオレから」

 櫻井さんとのデートの夜、オレは家事を終え風呂から上がり自分の部屋で両手を合わせてボーっと椅子にもたれかけていた。


 櫻井さんと手を繋いだんだよな…………


 あの柔らかい感触が今でも思い出される。自分の右手で左手を握るもまるで自分の手ではないみたいだ! 本来ならばこの手を洗わない! としたいところだったけれど風呂以前に料理を作るものとして手を洗わなければならず帰宅後すぐ洗わざるを得なかったのが惜しい話だ。


「櫻井さん! 」


 しかし………………手を洗ってしまっても記憶さえ残っていればいいのだ。ゆくゆくは彼女と毎日同じ屋根の下暮らすことが目標なのだから!


「しまったあああああああああああああああああああ! ! ! ! 」


 その考えに至った時ふと大声を上げ覚醒したように椅子から立ち上がる。そしてすぐさま机の上に置きっぱなしになっているスマホに手を伸ばす。


「櫻井さんに今日のお礼のしなくては! ! ! 」


 帰宅から既に3時間、今の今まで全てが夢心地でメッセージを一切送っていなかったのだ! ヘアアイロンまで貰っておいて! ! 直接お礼を言ったとはいえこの先まで進みたいのならばメッセージを送らなければ駄目でしょう! ?


 オレは慌ててスマホを起動する。すると待ってましたとばかりに「パイン! 」という音とともに画面にメッセージが表示される。


『修三君、今日は楽しかったよ。ありがとう! セットした修三君の髪型楽しみにしておくね! 』


「やっちまったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! ! ! 」


 言うまでもなく、櫻井さんからのメッセージだった。思わず叫ぶ。メッセージが来たのはどうやら2時間前らしい。つまり1時間は待っていてくれたのか?


 まずい、まずいぞこれは! 早く返信をしなくては! ! !


 オレは慌てて震える手でメッセージを打ち込み送信する。


『櫻井さん、こちらこそ楽しかったよ! ヘアアイロンもありがとう! 大切に使わせてもらうよ! ! 明日は貰ったヘアアイロンで格好良くセットしていくから期待してて! ! ! 』


「ふう………………ひとまずこれで安心」


 と一段落着いたところで椅子に座るもハッとあることに気が付いた。再びガバッと椅子から立ち上がる。


「オレ、海行くくらいしかしてないぞ! ? 」


 そう、今回のデートは誘ったのも電気屋に行ってプレゼントをくれたのも櫻井さんでイレギュラーはあったもののオレは海へ行きたいと行った以外何もしていないのだった。


 これではおしとやかな見た目からして意外と行動派な櫻井さんからすればオレでなくてもいいのでは! ? まずい………………まずいぞ!何かオレだけのオンリーワンオリジナリティを見せなくては! ! !


「今度はオレから誘わなきゃ! 」


 やはり男性たるもの女性をリードしてこその男らしさというものだろう! というわけで1からデートプランを考えよう! ! とはいえ、映画館といったこの町にない場所を選ぶとオレはペーパードライバーのため運転手の斎藤さんに再びお世話になると微妙な結果になってしまうことだろう。ならば、必然的に町内でできることに限られる! しかし、田舎でできることか………………


 そう考えて町内のデートスポットらしきものを洗ってみる。海に山に川にスーパーのプチゲーセンに休憩スポットに打ちっ放しのゴルフ………………他に何かあったかな?


 もともとデートはしたことがないためなかなか浮かばない。思えば昔リア充に知ってしていたけれどこの町で交際が長続きしているリア充は凄かったんだろうなと思い知らされた。これからは見かけたら尊敬の眼差しで見つめることにしよう!


 とりあえず候補が出たので洗っていく。


「山………………はハイキングとか花見は良さそうだけれど花粉症のシーズンだから櫻井さんが花粉症になると嫌だなあ。海や川………………は櫻井さんの水着がみてみたいけれど今は泳ぐ季節じゃない、釣りという選択肢もあるけどあれこそテーマパークのアトラクション待ちみたいに会話が続かないと辛いだろうな。スーパーはこの前みたいに買い物客にみつめられそうだしゴルフは………………美里さん好きなのかな? 」


 何ということだ! 思い浮かぶもの全てがダメな気がしてきた。とはいえ、海や川は櫻井さんの水着姿を是非見てみたいということもあって今後のデートの候補に入れておこう。ついでにそのときにムッキムキの筋肉を見せることができれば高得点だろう! 筋肉があればこの前みたいに櫻井さんに絡む男からも彼女を守ることができるかもしれない。筋トレも始めよう! !


 残るはゴルフだけれどそもそも彼女はゴルフが好きなのだろうか? 例えゴルフが好きだとしてもカートに乗って移動するコース制ではなく打ちっ放しだからなあ………………ん? 待てよ?


「美里さんって何が好きなんだろう? 」


 そうだ! 彼女の好きなものだ! まずはそこを知らなくてはデートは失敗してしまう! !


 思い立って彼女とのメッセージのやり取りを見返しながら記憶の糸をたどりこれまでの会話を復習する。そしてまたもやとあることに気が付いた。


「オレ、櫻井さんが何が好きなのか知らない」


 思えば櫻井さんは西野さんの本をオレに勧められたからと読んでいて映画をみたいと誘ってくれてオレがヘアアイロンを持ってないのを知って買ってくれて………………と全てがオレの行動に合わせてくれているとも過言ではなかった。極めつけにオレは櫻井さんが婿探しをしているということと恋愛もののテレビを見ていることしか知らなかった。


 とはいえ、これはそう悲観することではないと思う。あの時は「何が好きか」ではなく「何をしているか」が話題だった気がする。知らないのならば聞けばいいのだ! オレはメッセージを打ち込み送信した。


『櫻井さんと好きな西野さんの作品の映画がみれて嬉しかった。櫻井さんは何が好きなのかな? よければ教えてくれない? 』


 ………………これで良かったのだろうか? しかし、オレに合わせてくれたはオレの思い上がりという可能性もあり得るしクサい? というのも恐らくないし恐らく大丈夫なはずだ! 返信が届いたら櫻井さんがしてくれたようにそれに合わせて田舎だけれど出来得る限りのデートスポットを考えるとしよう!


 しばらくするとまたもや「パイン! 」と音がしてスマホの画面にメッセージが表示される。


『私? 私は最近は音楽が好きかな。』


 音楽! 音楽か! ! よかった、恋愛もののテレビ映画鑑賞と答えられた場合この年だと家デートはまだ早い様に感じたからだ。


「となると音楽………………音楽か、おおそうだ! 」


 オレの脳内が今度あるかもわからないここ一番の天才的な発想を生み出す。なんだこの町には若者向けのデートスポットが1つあるじゃないか!


「そうだ~オ~レ~達には~カラオケ~が~あるじゃないか~~~」


 思わず適当なメロディーで歌うようにつぶやく、ちなみにオレは小学生のときは面と向かって音痴と言われるほどだったが学生時代に1人でカラオケに行った時には曲によっては89点という高得点をたたき出していた。89点もあれば褒められること間違いなしだろう! 早速メッセージを打ち込む。


『よかったら来週の火曜日にでもカラオケに行かないかな? 』


 送信してから気付いたが、好きな人をデートに誘うというのは身体が震えるほど緊張して勇気がいる行為だろう。勢いのお陰で誘えたけれど、あと1歩遅かったらメッセージを消していたかもしれない。


「返信は………………イエスかノーか? 」


 思わずスマホを持つ手に力が入る。


 どっちだ? どっちなんだ櫻井さん! へ、返信が待ちきれない! ! ! いいや落ち着け! ! ! ! 彼女にも生活がある! 色々と考えていたら既に夜9時を回っている。午後10時から始まるらしいシンデレラタイムというものに備えて入浴して就寝の準備をしているかもしれない!


 ひとまずスマホを置いて深呼吸をする。「焦ると何も浮かばない、落ち着くことが重要だ」と誰かが言っていた。その言葉通り落ち着くために目を閉じて数回深呼吸を繰り返すと名案が浮かぶ。


「オレもシンデレラタイムに眠ってシンデレラになろう」


 そうだ、男性とはいえお肌のケアは大事だ。その時間に眠ると良いのなら寝ておくに越したことはない! ただ、オレの場合は男性だから王子………………いやプリンスタイムか? まあとにかく眠るとしよう!


「いや、その前にもう1度身体を清めておくか」


 プリンスと名乗る限りは綺麗な身体でないと行けない。念のためもう1度入浴して身体を更に清めておこうとしたその時だった。スマホが「パイン! 」となる。思わずスマホに駆け寄ると何と母からのメッセージだった。


『お風呂いただくね~。』


「くそ! またもや紛らわしいうえに先を越された! ! 」


 思わず頭を抱え肘で机をドン! と叩く。思えば22時には就寝していた気がする。やはり母もシンデレラタイムに憧れているということか! ! !


 オレが先を越された悔しさに机に這いつくばるようにして震えていると再びスマホが「パイン! 」となった。


 母にしては珍しいことだがもしや今日に限って『いい湯だな~』とかメッセージを送ることにでもなったのだろうか?


 オレが眉をひそめてスマホの画面をみつめると何と櫻井さんからのメッセージだった! 思わず立ち上がり読み上げる。


「カラオケか、いいね。うまく歌えるか分からないけれど……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! ! ! ! 」


 オレは喜びと来週への発声練習も兼ねていつもより大きく長めに叫ぶのであった。








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