第12話「3人きりの初デート」

 約束の時刻の少し前、オレは家の前で彼女の車が通るのを今か今かと高まる心臓の鼓動に合わせるように小刻みに震えながら待ち構えていた。今のところは夕食前には解散というところだけれど念のためハンバーグをこねて後は焼くだけという状態で冷蔵庫に入れておきそのことを親にも伝えておいたので大丈夫だろう! 父からはいつも通り「了解」という短い分の返事が来ただけだったが母は何かに気が付いたのか「楽しんできてね! 格好いい所見せるんだよ! 」と意味深な返事が届いた。


 今日は服は美里さんに選んでもらった水色のロングシャツに黒い長ズボン! 髪は………………ヘアアイロンもなし、考えすぎかもしれないが櫻井さんの家の車のヘッドレストがペタペタしてしまうかもと気になったので寝癖を直した後クシでとかす程度にとどめておいた。


 300回くらい震えたときだろうか、曲がり角を曲がってくる大きな黒い車が視界に入る。櫻井さんの車だ!


 最終確認だ! 服良し! 財布良し! 髪………………はまあ及第点? 念のため映画後の夕陽を見るためのプラン良し! 目標は今日彼女を楽しませて自分も楽しむこと! そしてあわよくば手を繋ぐこと! !


 そこまで確認すると彼女の黒い車がオレの目の前で停車した。ウイーンと窓が開き彼女の姿が現れる。


「ごめん、待たせちゃったかな? 」


 おお、この彼女の疑問はカップルっぽい! 少し違うが憧れの台詞、シチュエーションにオレは首を振って


「ううん、オレも今来たところだから」


 と答えると彼女はニッコリと笑った。


「良かった、じゃあ乗って! 」


 彼女がそう言うとドアが自動で開いた。彼女が反対側に移動していく。


 おおすごい! 自動で開くなんて流石はお金持ちの車だ! ! ! しかし櫻井さんを移動させるなんてやつてしまったなあ。いいや悔やんでも仕方がない! ここから挽回だ! !


「ありがとう。それでは失礼します」


 オレはそう言ってここで乗る時に頭をぶつけて醜態をさらすことのないように気を付けて車に乗ろうと下を向くとあるモノが目に入った。


 ああ………………やっちゃったなあ。


 オレは「もはやこれまで」と観念してフッと笑う。オレの視線の先には………………数年前購入してすっかり履きなれた黒い運動靴があった。


「そういえば、ヘアアイロンインターネットとかでもう買ったの? 」


「いいや、まだだよ。どれが良いのかよくわからなくて………………」


 櫻井さんはどうやらまだ気が付いていないのか慣れているのか何も言わない。ならばオレも靴は来週の研修の時にでも買うとして今は何も触れずに堂々としていることとしよう!


 こんな大きくてシートがフカフカの車に乗ったことはないのでお金持ちになった気分からかいつも親の車でみている景色とは違って見えた。櫻井さんは原作を読み終わったらしく映画館に向かうまでは小説の感想を話して楽しんだ。しかし運転手さんが聞き耳をたてていないかどうかが不安だった。車の中で手を繋ぐというのはムードはどうなのだろうか? 櫻井さんは脚の上に手を当てているので難しそうなのもあって車中ではやめておいた。


 数十分程して映画館のあるデパートに到着する。時刻は次の上映が始まる10分ほど前、歩いて行っても十分に間に合う時間………………って


「しまったあああああああああああああああ! ! ! 」


「ど、どうしたの! ? 修三君! ? 」


 つい声に出してしまったので櫻井さんが驚いてビクッと跳ねる。


「席を取らないと! 」


 そう……オレはうっかりしていた。いつもは1人で観に行くため例え予告が始まってからであろうと空いている席に座れば良いのだが今回は櫻井さんと2人で観るのだ! 幾ら田舎の平日の昼間だとしても映画館はこの付近ではここだけにしかなく混んでいて隣に座れるかもわからない! !


「じゃあ、オレ取りに行ってくるよ! 」


 そう駆けだそうとした時だった。


「ご心配なく修三様、席は既に3席予約済みです」


 老年の運転手がオレを引き留めた。


「ごめんね、先に言っておけばよかったね」


「よかった」


 オレはホッと胸をなでおろす。流石櫻井さんとその運転手さんだ、既に抜かりなく3席予約済みだなんて………………ん、3


「ちょっと待って3席って? 」


 すると運転手さんが頭を下げる。


「実は私もこの映画は前から気になっておりまして」


「2人にしてっていったんだけど………………ごめんね修三君」


 2人じゃないんかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああい! ! ! !


 そう叫びたい気分だったがグッと堪えた。


 落ち着け、ここでそんな叫びをしたらドン引きされて全てがパーだ! 今は3人でいいじゃないか! そうだ、今は3人で良い! だから落ち着け! ! ! そうだ、ここで好青年のように接すれば運転手さんにも認められる! ! ! 外堀を埋めるというやつだ! ! ! !


「いやいや、映画は観る人が多ければ多いほど楽しいからね! アハハッ! 」


 決まった………………なんだこの華やか笑顔の好青年は!


 横目で運転手さんをみると「ククッ」と奇妙に肩を震わせていた。


「じゃあ、行こうか! 」


 櫻井さんの言葉を合図にオレ達3はデパートに向かって歩き出した。


 デパートに入るとまず目に入るのがエスカレーターだ。ここのエスカレーターは2列に並んで歩かずに進むことになっている、そしてオレ達の前に人はいない! 歩く順番は櫻井さん、オレ、運転手さんの順番だったため何とオレと櫻井さんが2人で横に並ぶ形となった! 彼女もそれに気付いたようでこちらをみて小さく笑う。


 今か? もしかして今手を繋ぐべきなのか………………? これから映画館に行くというムードに加えて流石の櫻井さんも今は油断しているはず! 何より櫻井さんの手が今ものすごく近くにある! ! ! 今なのか? 今握るべきなのか………………いや駄目だ。


 確かに目の前に彼女の手があったがオレは今手を握るのを断念した。何故なら………………


「ほっほっほ、楽しみですねえ」


 背後から漂う運転手さんの気配がただ事ではないからだ! 何だろう、凄い今にも貫かれそうなこの気配………………


「そ、そうですねえ。櫻井さんも楽しみだよね! 」


 気配に押され、今櫻井さんと手を握ることは観念して運転手さんに答えつつも櫻井さんに話を振った。今は映画を見る前の会話を楽しむことにしよう!


 どの場面を映像で観たいかを語り合っていると時間が流れるのはあっという間で映画館に到着した。運転手さんからチケットを受け取り中へ入る。


「待った、櫻井さん、チケット代金払うよ」


 そう言って財布に手を伸ばそうとするオレを櫻井さんは手を出して制する。


「いいよいいよ、私が誘ったんだから………………」


「いやいや、流石に悪いよ」


 男が出す、割り勘の2択はあったけど女の人が出すなんてどこにも書いてなかったぞ? 両親はむしろ買い物に出かけるとお互いがお互いに払わせようと心理戦を繰り広げていたりするのだけれどそれとは違うだろう。「つまらないものですが……」


「いやいやいいですよ! 」


「そう言わずに! せっかく持ってきたんだから! 」


「それなら有難く………………」


 こういうやり取りを昔見たことがあるがこういった和の心というやつか? ならばここは引くわけにはいかない!


「いやいや、ここはオレが櫻井さんの分まで………………」


「でしたら修三様、私の奢りということでよろしいですか? 」


 運転手さんがそう言った。


「うーん、そうだね。そうしよっか修三君! 」


 それじゃ結局のところ変わらないじゃないか! そう反論しようとしたけど時間もなく言い争いたくもないので頷いた。金銭的に繋がっている2人が夫婦みたいで少し羨ましい。


「それじゃあ、ありがたく受け取らせていただきます! ありがとうございます。代わりといってはなんだけど何か食べ物買ってくるよ! 何が良いかな? 」


「ありがとう、それじゃあ私はウーロン茶お願い」


「私もウーロン茶とあとは………………ポップコーンの大きなサイズをお願いできますかな? 実はお嬢様ポップコーンが大好きなもので」


 運転手さんがポップコーンの件は櫻井さんに聞こえないようにと囁いた。櫻井さん、遠慮したのかな?


「了解、じゃあ行ってくるよ。2人は先に座席に座ってて! 」


 2人に手を挙げた後売店に向かう。ちなみにオレ1人の場合は上映中特に食べたり飲んだりもするわけではないので売店によることなんて滅多になかったりする。


 とはいえ、上映中に何かを食べるのは憧れていた。それを他ならぬ櫻井さんとだなんて人生何が起こるか分からないものだ。


 結局、ウーロン茶3本と大きなポップコーンを持って上映シアターへ向かう。定番中の定番であろうホットドッグは美味しそうだったけど昼食をとったばかりだったのでやめておいた。ポップコーンと飲み物を買うとちょっと割引されてお得だという新しい発見もできて楽しかったがこれからこれよりも楽しいことが始まると思うと心が躍る。


 シアター内に入ると先ほどの心配は杞憂だったか平日の昼間とあって人はほとんどいなかった。


 有難いことに通路側に櫻井さんと運転手さんが座っていたのでこの際だから櫻井さんの隣に座ろうとしたのだが櫻井さんが通路側に座っていてその隣には運転手さんが座っているため彼女の隣には座れない! 「よいしょっ! 」と通路に腰掛けようとするボケも今は手にポップコーン等を持っていて危なくてできない!


「ごめんね、斎藤さんがどうしても聞かなくて………………」


 どうやら運転手さんは斎藤さんというようだ。斎藤さんはオレの味方なのか違うのか、いや少なくとも彼は彼女の味方で彼もオレのことを彼女の味方なのかどうか今判断しようとしているのかもしれない。どちらにせよオレがやることは1つだ。


「どうぞ」


 オレは斎藤さんにポップコーンとウーロン茶を2本手渡した。斎藤さんはウーロン茶を1つ手元に置きポップコーンとウーロン茶を櫻井さんに渡すと櫻井さんはあまりのポップコーンの大きさに驚いているようだった。


 そんなこんなしている間にシアターが少し暗くなり予告が始まった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る