第11話「髪をセットしよう」
櫻井さんとのデートを明日に控えた月曜日、いつもの日課を終えオレは1つのことを考えていた。
髪型をセットしたほうが良いのではないか………………と
そう、オレは今まで髪型をセットなんてしたことはなかった。学生時代も寝癖を直す程度で寝癖の調子が良く運が良ければ格好いい髪型になっていたくらいだ。
しかし、今回は櫻井さんとのデート………………明日ピンポイントで寝癖が格好良く決まるとは限らない、1つでもやれるだけのことはやっておきたい! ! !
オレは早速愛車に颯爽と跨りドラッグストアに買い物に出かけた。
スーパーにもあった気はしたのだがドラッグストアは自転車で20分ほどで着くものの困ったことにスーパーとは正反対の方向だ。もしなかったら手間なので確実な方を取る。コンビニも近くにあることはあるがやはりそこは節約したい。
海を通るとヒュオオオオオオオオオオッ! と凄い風が身体を打ち思わず飛ばされてしまいそうになるのに負けずに自転車を漕いで進んでいく、続いて登り坂を登りきるとご褒美とでもいうように長い下り坂が待っているのだがここで気を抜くと事故にもつながるのでスピードが出すぎると注意が必要だ。
注意して坂を下り10分ほど漕ぐとドラッグストアが見えてくる。駐輪場に自転車を停めて店内に入りワックスのあるコーナーを探す。目的の品は意外と早く見つかった。同時に、問題も1つ出現する。
「どれを買えばいいんだ………………」
頭を抱える。ワックスが丸い容器に入っているというのも驚きと言えば驚きだがそれ以上に種類の多さに驚いた。同じメーカーでも6種類ほど、別のも合わせると10は超えるだろう。これだけあるとどれがいいのだかわからない。
これじゃあ、服を買う時と同じだ。そういえばあの時はオレがこうやって悩んでからしばらくすると櫻井さんが………………
オレは思わずキョロキョロと辺りを見回すも櫻井さんの姿はなかった。ダメで元々、女性用の化粧コーナーに数分立ちキョロキョロと辺りを見回しても櫻井さんは現れない。
まあ、また櫻井さんに頼るのもなあ。それに彼女の髪はワックスとは無縁そうにサラサラしていた気がする。男性の髪のセットの仕方を知らないオレが女性の髪のセットの仕方を知っているはずもなく正確なところは分からないのだけれど………………
とりあえず、オレも男だ、「ハード」という男らしい言葉を超絶パワーアップしたであろう「スーパー」という言葉もついた欲張りセットの「スーパーハード」とあるものを購入した。
そのまま坂にも負けず風にも負けず自転車を漕ぎダッシュで帰宅する。早速手洗いうがいを済ませた後にワックスを開封した。やはりというか高校までに聞いたあの汚れは取れるワックスとは異なりキツイ匂いはない。
確か、これを人差し指で少しすくってそれを両手に広げるんだったな。
そう、オレはワックスの付け方についてある程度の調査をしていた。オレの肩わらには母が読んでいる雑誌のイケメン俳優の写真がある。小さい頃はイケメンは顔が格好いいと髪型も格好いいのかとテレビをみて子供ながら考えたことだが今日、髪型だけでも並ぶ時がきたのだと心が躍る。
早速、人差し指につけたワックスを掌につけ満遍なく広げていく。やがて掌がベタベタになったのを感じるとそれで少し水にぬらしてから乾かした髪をワシャワシャと軽くこすった。
次に髪の毛を指に挟みこむようにして上に引っ張っていく。たちまちオレの髪型は雑誌と同じイケメン俳優の髪型に………………ならなかった。
どういう………………ことだ! ?ス、スーパーハードは天下無敵じゃなかったのか……! いいや違う! ! きっとオレの付けた量が少なすぎたんだ! ! !
そういって再びワックスを手に付けるが、少しは立ったが髪は立たない。それを数十回程繰り返してようやく全ての毛が逆立った。
これじゃ某戦闘民族の王子じゃないか………………! まあ、これはこれで格好いいし良いか。
今日の午後3時、スーパーで待ち合わせたときの櫻井さんの顔を赤らめる姿が目に浮かぶようだ。
「わあ、修三君髪にワックスをつけたんだ! うん、うん! ! すっごい格好いいよ! ! ! 」
「ややこしいと思うんだけどさ、今のオレはスーパーハードワックスをつけた修三が更にスーパーハードワックスをつけた姿なんだ」
こう少しオシャレな言い回しをすれば効果は倍増だろう! 今すぐ毛布に包りたいところだったが髪にワックスをつけているのでそこはグッと堪えた。
「はやく3時にならないかなあ」
オレは午後3時が待ち遠しくて部屋の時計を眺めた。
午後3時ジャスト、オレがスーパーの駐輪場に自転車を止めると車から降りてくる櫻井さんの姿が見えた。
午後3時頃とアバウトな約束故、今まではどちらかが待っているのが主だったのに何という運命のイタズラだろう。いち早く櫻井さんにこの髪型をみせろということか! !
「櫻井さああああああああああああああああああああああん! ! ! ! 」
オレは周りに人がいないのをいいことに少し大きな声を出して彼女のほうに走って行った。それに気付いたのか彼女は足を止めこちらに顔を向ける。
「あ、修三く………………ん………………?」
珍しく彼女が目を丸くして立ち尽くした。
オレの髪型が格好良すぎて言葉を失うなんて櫻井さんはかわいいなあ。
「修三君………………どうしたのその髪」
「ああこれ! さっきワックスを買ってセットしたんだ! なかなかうまく髪が上がらなかったんだけどケガの功名というか格好良くなったんだけど、どう?」
「へ、へえ………………えっとね………………格好いいとは思うよ………………でもさ、修三君には似合ってないかも」
彼女が視線を逸らし人差し指同士をツンツンさせながらなんとか言葉を繋げるように言う。
「え! ?」
「いやいやほら! 変な意味とかじゃなくてその髪形目立っちゃうよね?修三君はもっと大人しい感じが似合っているっていうかそのままその上がった髪を下ろした方が似合うと思うよ??」
「こ、こう?」
彼女に言われるように髪を摘んで少しずつ下ろしていく。やがて大体下ろし終わったかなというところで彼女がニッコリと笑顔になって
「うんうん、修三君はこっちのほうが似合っているよ! 人気の俳優さんみたい! ! 」
と手を合わせて陽気な声で言った。
確かに女の子はバトルモノはあまり見ないだろうしオレは目立たないほうが性に合っている。何より櫻井さんが似合うと言ってくれたのだからこれがいいだろう! ! ! それにしても夢にまでみた人気俳優か………………手についたワックスを落としがてら鏡で見てみようかな!
「あ、そうだ! 」
彼女がハッと何かを思い出したかのように口を開く。
「さっき修三君髪のセットが上手くいかなかったって言っていたけどそういうときはアイロンを使ってみるといいんじゃないかな?」
「え、アイロン?」
アイロンを頭に当てるだって! ?櫻井さんがあまりに恐ろしいことを言ったので思わず聞き返す。
「うん、私も使っているんだけどそうするとワックスも付けやすくなるし髪型に幅が出るらしいよ」
櫻井さんもやっているだって! ?なんでそんな一歩間違えれば大やけどの行為を………………女の子のオシャレは命懸けと高校の同級生が言っていた気がするけど本当に命懸けなんだなあ………………と感心してる場合じゃない! 止めなくては! !
「櫻井さん! 幾らオシャレのためとはいっても髪にアイロンをあてるなんて熱いし危険だからだダメだよ! ほら、櫻井さんはアイロン使わなくても綺麗だし! 櫻井さんにはサラサラした黒髪があるじゃないか! ! 」
「え………………?え………………?」
彼女が途端に困惑した表情になる。しかし次の瞬間、
「綺麗………………綺麗………………?」
何故か頬を赤く染めてどことなく上の空の様子になってしまった。
何故彼女は注意されて顔を赤らめているのだろう?周りに人がいるわけでもないし………………
とキョロキョロ辺りを見回すと………………いた! 運転手の人が無言でこちらをみつめている。流石の櫻井さんも運転手の前で注意されては恥ずかしいのだろうか?
「髪………………アイロン………………あっ! そういうことか~」
当の櫻井さんは何かに気付いたようでポンっと掌を叩いた。そしてスマホをポケットから取り出し何やら操作をし始めた。
「あのね、修三君。アイロンって服にかけるやつじゃなくてさ、髪にかけるのもあるんだよ?ちょっと待ってて………………ほら! 」
そういって彼女がスマホの画面をこちらに向けると画面にはホッチキスを長く伸ばしたようなヘアアイロンと書かれたものが映っていた。
「ヘア……アイロン?へえ、そういうのがあるんだ、全然知らなかったよ! 」
「うん。あるんだよ。アイロンしか言わなかったから紛らわしくてごめんね。それから、そうだ! 髪の話なんだけどヘアアイロンを使ったり根元からワックスをつけるようにすると良いらしいよ」
「そうなんだ、櫻井さんは男性の髪のセットの仕方まで知っているなんて物知りだね! 」
「そんなことないよ、大学の時にたまたま美容室で隣のお客さんと美容師さんがそんな話をしていたのが気になって覚えていただけだから! 」
美容室にいく男か………………オシャレなんだろうな。オレは未だに床屋である。
「ありがとう、櫻井さん! じゃあちょっと手のワックス落としてくるよ! ! 」
「うん、行ってらっしゃい! ここで待ってるから! ! 」
「いやいや、先に買い物してていいよ?」
「いいよ、ほらお買い物始めちゃうとどこにいるのかわからなくて合流するのに時間もかかりそうだから」
それもそうだな………………なら手早く落としてくるとしよう。
オレは彼女に「分かった」と伝えるとお手洗いに向かった。
「綺麗………………綺麗かあ」
去り際に櫻井さんのそんな独り言が聞こえた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます