第10話「手を繋ごう計画」

 櫻井さんに服を選んでもらった翌日、オレは再び隣町を訪れ1日目の研修を受けた。思えばこのような講義の形を取るのは久しぶりだった。そんな形で1日目の研修は終了した。


 その夜、家事を終えたオレは暇を持て余していた。とりあえずは明日値札が張り付いていることのない様に服を見直そうと袋から服を出して確認する。


「よし、特に問題はないな」


 有難いことに値札は店で切ってくれたようだ。サイズを示すシールもどこにもなかった。うっかり何かしてしまうのを未然に防ぐことができたわけだ!


「それにしても、まさか櫻井さんに服を選んでもらえるなんて……」


 一昨日のことが未だに夢のようで信じられなかった。いや、実をいうと彼女と出会ってからの毎日が夢のようなのだが一昨日は特別だ! ! ! 彼女と出会って服を選んでもらってそれから………………


「ん? んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん! ? 」


 変な声が出る。そういえば、あのとき櫻井さんがオレの手を………………手を! ! !


「オレが櫻井さんと手を繋いだああああああああああああああああああああ! ? 」


 思わず叫び出す。


 嘘だろ? オレが櫻井さんと手を! ? 手は赤木の言うように柔らかかったか? いいや、全然思い出せない! ! ! クソ、あの時オレはなんてことを! ! !


 彼女に気圧され呆然とついて行った自分を恨めしく思う。


 もっと彼女の手の感触を楽しめばよかった! いや違う! 次は! 次こそは! ! いや、明日こそはオレから彼女の手を握る! ! !


 そう固く心に誓ったのだった! ! !


 そしてオレは櫻井さんと手を繋ぐべく絶好のシチュエーション、できれば櫻井さんがキュンっ! と来るような女性が手を握られるとドキッとするシチュエーションを調べるべくパソコンを起動する。


「なになに、混んでいる電車やテーマパークの中や2人きりの寂れた場所や怖いところか、なるほど………………」


 無理だな! ! ! 何故なら場所は映画館で観るのは怖くない映画だから! ! ! 参った……これは参ったぞ! こういうとき不良の知り合いがいれば一芝居打ってもらって怯える彼女をオレは颯爽と手を引いて帰ったりできたのだろうが、オレにはそんな友達はいないしそれ以前に櫻井さんに怖い思いをさせてまで手を繋ぎたいとは思わない。


「映画館が立ち見が出るまで満員御礼になってくれないだろうか? 」


 野球場じゃないんだから………………そう思いながらも冗談ながら口にして頭を抱えた。しかし、これで終わりではなかった! 『綺麗な景色』! その言葉が目に入った!


 夜景は余り遅くなると彼女の家族も心配するだろうから見せられないけど夕陽なら大丈夫だろう! ! 丁度隣町には海が綺麗に見える場所がある! ! ! そこに一緒に行って綺麗な夕陽をみて良い雰囲気になったところで手を繋ぐ! ! ! ! 下見を今日できなかったのは残念だが完璧な作戦だ! ! ! ! ! !


「修三君、私……こんな綺麗な夕陽を見ながら修三君と手を繋げるなんて幸せ」


 オレの脳内で櫻井さんが頬を赤らめて言う。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお櫻井さああああああああああああああああああああああんんんんんん! ! ! ! ! 」


 毛布に包りゴロゴロする。興奮状態にあったオレが眠りにつけたのはそれから数時間後のことだった。










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