第9話「デートコーデ」

「やあ櫻井さん、こんなところで会うなんて奇遇だね! 」


 みると櫻井さんは色こそ違えどまさに今オレが試着しようとしていた黒色のズボンをに白いシャツに黒いハットを被っていた。相変わらずオシャレだがそのオシャレな櫻井さんが着ているということはやはりこのタイプのズボンはオシャレということだろう。オレは誇らしい気持ちになった。


「う、うん……そうだね。ここで会うのは珍しいと思うな」


 何か彼女は歯切れの悪そうな顔だ。もしかして何かしてしまったのだろうか? 服装に関してはスーツに加え今日は寝癖の調子がよく整髪料で髪を整えたみたいにキリっとしていて我ながら決まっていると思っていたのだけれど………………


「どうしたの? 」


 オレが尋ねるとしばらく櫻井さんはうんうん唸った覚悟を決めたように口を開く


「修三君こそどうして女性用の服をもって試着室に行こうとしているの? 」


「ヒィっ! ? 」


 オレは思わず頓狂な声を出す。


 これが………………女性用! ?


 思わずズボンをまじまじと見つめそれから周りをキョロキョロとみつめる。確かに、言われてみると最近の流行なのだろうと気にも留めなかったけど女性用らしき服が周りにもあった。というかどれも女性用じゃないか! ! !


 オレのあまりにも挙動不審な様子を不思議そうに眺めて彼女が何かに気付いたようにポン! と手を合わせる。


「もしかして、勘違い? 」


「………………うん。最近の流行はこういうのなのかなあって思って」


 素直に告白した。女性用の服をもって試着室に向かう変態と誤解されるよりは正直にファッションが分からないと告白したほうがマシというものだ。


「良かったあ、自信満々に女性用の服をもって試着室に向かうからそういう趣味があるのかなって不安になっちゃったよ」


 彼女が微笑む。


「本当、櫻井さんが声をかけてくれたから良かったよ。もう少しで危ないところだった」


 本当、あと少しで店員や通りがかりの人から変態と思われてしまうところだった。櫻井さんには感謝してもしきれない。


「それで、修三君はどうしてここに? 」


「せっかくの櫻井さんと映画を観に行くんだからオシャレしようと思って……」


「え! ? そんなわざわざオシャレしなくてもいいのに………………」


 櫻井さんの頬がみるみる赤くなる。リンゴのようにほんのり赤かった頬が徐々に更に赤く染まっていく姿は綺麗だ。


「まあ、下手したら女性用の服で出会うことになっていたかもしれないけどね」


 そういうと彼女は「あはは」と笑う。

 しまった! 冗談を挟むタイミングではなかっただろうか?


「それはびっくりしちゃうなあ。そうだ! 良かったら修三君のお買い物に付き合ってもいいかなあ? 」


 彼女が頼み込むためにオレの目を見ようと上目遣いになる。無論、こちらとしては断る通りはない! ! !


「実はオレもこの通り服に関しててんでダメだから………………よろしくお願いします! 」


 オレはそう言って頭を下げた。櫻井さんが上目遣いなら………………オレにはこのお辞儀がある! ! !


 中学の時に意地でも合格してやろうと綺麗なお辞儀を鏡をみながら何度も何度も練習していたことがあるので面接担当の人からも「お辞儀は綺麗だ」と褒められるほどのオレの特技の1つだった。とはいえ特技・自己PRとしては記入できないけど………………


「えーと男性用の洋服を取り扱っているお店は………………」


 彼女が慣れたように道案内をしてくれる。見回るのは2度目になるが奇妙なことに1度目に見回ったときにオレがオシャレだとチェックした店を櫻井さんがグングン通り過ぎていくので彼女がいなければ大変なことになっていたとゾッとした。しかし、男性用コーナーはエスカレーターから随分遠いところにあるのだな。


 それから数分、遂に男性用の服を取り扱っている店に到着する。彼女について店の後に入る。やはり店内にはかなりの数の服が合った。


「これだけあると、どれにしようか迷うなあ」


 もはやどこに視線を向けて良いかも分からずキョロキョロと辺りを見回す。


「うーん、あっ、あったよ! 修三君がさっき買おうとしていたガウチョパンツ! 」


「が、がうちょ! ? 」


 先ほどオレが買おうとしていたのに似ているゆったりとしていて足元に向かうほど幅が大きくなっている青色のズボンがそこにはあった。ガウチョパンツというらしいがガウチョとはどこの国の言葉だろうか? 名前からしてオシャレだな~と感心する。よし! これにしよう!


「う~ん」


 しかし、オレとガウチョの感動の再会を櫻井さんは何やらオレのズボンの部分にガウチョをあてて顔をしかめていた。やがて顔を上げて言う。


「私が思うに修三君はもっとスラっとしたもののほうが良いかも。………………これとか? 」


 そういって彼女が店内を見回してスラッとしたズボンを持ってきた。そしてまたオレのズボンの部分とあてて何やら考え込んでいたがやがてウンウンと頷いた。


「修三君はやっぱりこっちのほうが似合うよ! 今も格好いいけど凄い格好良く見える! ! ! 」


「え……そ、そうかなあ。じゃあこっちにしようかな! 」


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! ! ! ! 櫻井さんに格好良いと言われた! ? 嬉しさのあまり店内のズボンを毛布代わりに包めるだけ包んでゴロゴロと転がりたい気分だがグッと堪える。格好いいとまで言ってくれた方に即決した! 名残惜しいがガウチョとはお別れだ。


「良かった! そうだ、修三君は何色が好きなの? 」


 いつものようにフワフワした感じながらも目つきがキリっとして戦闘モードのような顔になっている櫻井さん、今更トリコロールカラー! なんていっても焼け石に水だろうし頼もしいから正直に答えよう。


「水色かな? 」


「水色ね、了解! 」


 彼女はそう言うと手際よく再び店内を見渡し始めた。そして黒いズボンを手に取る。


「これとかどうかな? 上に水色の服を着れば結構いい対比になると思う! 」


 一生懸命彼女はオレのことを考えて水色に合う服を探してくれたのだけれど1つ問題があった。あまりに致命的な問題すぎるために櫻井さんが真剣に選んでくれた分心が痛む。


「せっかくだけどごめん、水色は好きだけど服はあんまり持っていないんだ………………」


 そう、すっかりトリコロールカラーに囚われた学生時代のオレは親が服を買うと言ったら白か青か赤の服の中から選んでおり水色の服なんて持っていなかったのだった! ! !


「そうなんだ………………」


 彼女が残念そうな顔をする。

 もしかして、せっかく選んでくれたのにこのようなことを言って嫌われてしまっただろうか?

 しかしその心配は杞憂だったようで再び目に闘志の炎が灯った。


「じゃあ、水色の服を探してくるね! ! ! 」


 そうして、彼女は再び頼もしくも服の森へと飛び込んでいったしばらくして水色の長袖シャツを手に戻ってくる。


「これとかどうかな? じゃあ行こうか! ! 」


「え、どこに? 」


「試着室! 」


 そういって手を引いて試着室の元へ向かう彼女にオレは引かれるがままついていく。


「凄い! やっぱり似合ってるよ修三君! ! ! 」


 試着をして出てみると待ち構えていた彼女が拍手をする。そんなに似合っているのだろうか? ? 鏡をみると確かにすっきりとした印象をあたえているような気がする。何より他でもない櫻井さんが喜んでくれているのだからこれでいいだろう!


「ありがとう、これにするよ! 」


「うん! ! ! 」


 彼女は元気よく頷いた。こうしてオレは櫻井さんとのデートに来ていく服を櫻井さんに選んでもらったのだった。


 そういえば、櫻井さんはどうして店にいたんだろう? いや、女性が服を買いに来るのなんて珍しいことでもないから気にすることでもないかな。

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