第6話

 間切未来の告白を受けた、次の日の昼休み。さも当たり前のように僕の机の前までやってきて、目の前でピンク色の弁当箱を広げている間切未来を横目に見ながら考える。


 どうにかしなければならない。


 そう決心したのは、言うまでもなく、昨夜の間切未来を見たからである。


 仮に彼女に僕の特異体質を知られれば、奴隷といかなくても、ペットになるのは明らかだ。ある意味では、奴隷よりもひどい。彼女の様子からして、一生飼われることになるだろう。


 無理。絶対に嫌だ。


 回避しなければならない。ペット化阻止のため、約束の夏休みの期間中に、頼めばやってもらえると言う印象を持たれないようにする必要がある。


 手段はいくつかあるけれど、大まかに、間切未来と極力接点を持たないこと。それに、頼みごとをさせないことだ。


 具体的には、冷たく当たったり、頼みごとをされる前に遮ったり。露骨すぎると疑われるので、あくまでさりげなくという範囲でしかできないけれど、やらないよりはマシだろう。


 そのためには、間切未来について知る必要がある。彼女がどんな人間で、何を好み、何を嫌っているのか。そして、人間関係もできれば知っておきたい。


 どのような人間かがわかれば、何をすれば自然と離れていくのかもわかってくるはずである。愛している、なんて言われたけれど、所詮は一時的なものだろう。そのうち飽きてくれる、はず。



 ーーそもそも、なんであれほどに初対面だった僕に対して好意を持っているのだろう。


 僕がやったことなんて、彼女の怪我を治した程度だ。それが瀕死の大怪我だとしても、所詮は《その程度》なのである。


 例えば、死に至る病に侵された人間が医者にその命を助けてもらったからといって、厚い好意を持つだろうか。


 例えば、通り魔に刺されそうになったところを助けてもらったからといって、それだけで愛にまで発展するだろうか。


 例えば。トラックに轢かれて重傷になった人間が、手術を担当した医者に対して、無償の愛を囁くだろうか。



 答えは否だ。



 ありえない。たしかに0%では無いかもしれない。それでも、常識的に考えて、あり得ないのだ。


 タダほど怖いものはない。それは人間関係でも言えることで、理由のない熱烈な好意は恐怖でしかない。


 とにかく、間切未来の育った環境ーーつまりは家族構成や、魔法少女としての間切未来のことについて、知る必要があるだろう。異常な人間が生まれるには、異常な環境下で育った場合が最も考えられるからだ。


 手始めに、間切未来がクラスではどんな人間なのか。そこから調べることしよう。


 というわけで、僕は世間話から始めることにした。



「ねえ、間切さん」



「はい?」



「昨日はすごかったね。僕、後ろで見てることしかできなかったけど」



「何を言いますか!」



「わっ!? ととっ!?」



 間切未来が、ぐいっと身を乗り出してくる。彼女の鼻先が僕の口元に当たりそうなほどに近づくものだから、反射的に仰け反ってしまった。


 椅子が倒れなくてよかった。



「先輩がいてくれるだけで、私は安心できるんです。愛しい人に見守られているというのもありますけど……先輩のあのチカラがあるから思い切りやれるところもありますし……っ」



「そ、そうなんだ。わかったから、とりあえず、もうちょっと離れようか」



「あっ、すみませんっ!」



 彼女が元の位置に戻ったのを確認して、僕も椅子を正した。


 めっちゃ力説されたけれど、前半はともかく、後半はそんなものなのだろうか。僕は戦闘のプロとかじゃないからよくわからない。


 というか、安心とか思い切りとか言っているけれど、昨日は結局、彼女にとって雑魚と言えるような怪物しか出ていなかった気がする。


 それならどの道、僕はいらなかったのでは……?



「まあ、うん。役に立ててるならよかったよ。でも、毎日あれじゃあ、放課後は遊べないんじゃない? 昼休みくらいは友達といた方がいいんじゃ……」



 ふわっとしたところから友人関係を探ろうと、そしてあわよくば昼休みに一緒に昼食をとるのをやめさせられないかと言った言葉だったが、途中でストップ。


「え……」



 だって、間切さんが蒼白になりながら絶望した表情になっていくのだもの。



「先輩、あの、私とは一緒に食べたくないですか……? 私何かしちゃいましたか……? ごめんなさい、何か気に触るようなことをしたのなら謝りますっ! 直しますっ! チャンスを、チャンスをもらえませんか!? 二度と先輩の気に触るようなことはしないと誓いますから!」



「ちょっ、大丈夫、大丈夫だから!!」



 僕が彼女を落ち着かせるためにネガティブな思考を否定すると、彼女は「本当ですか?」といいながら、間切さんの顔色も戻っていく。申し訳ないけれど、なんだか百面相みたいで面白可愛い。


 とはいえ、間切未来の心はかなりギリギリのようだ。手すりのない細い吊り橋の上を歩くような危うさがある。


 それも、薄々感じてはいるけれど、その橋を維持しているのは僕に対する《依存》に見える。何が彼女をそこまでさせるのだろうか。



「嫌ってないよ。でも、間切さんにも友達との付き合いってものがあるでしょ? ちょっと心配になっただけだよ」



「それなら大丈夫です。私、友達いませんから」



「そ、そうなんだ」


 女子高生とは思えないほどぶっちゃけるなぁ……このくらいの女の子って、そういうのにかなり敏感だと思っていたのだけれど、違うのだろうか。


 まあ、本当に気にしていなさそうだし大丈夫なのだろう……なんて思考は、次の間切さんの言葉で消え失せた。



「小学2年生の頃から魔法少女やってますから。放課後遊べないのに、友達なんてできるわけないです」



「……………………小学、2年生?」



 僕は自分の耳を疑った。小学二年生、つまりは子供。その頃から、彼女は魔法少女として活動していたという。それも、なんでもないと言ったようにだ。


 真っ白になりかけた頭の中で思い出されるのは、昨日の間切さんの言葉ーー最初のダンジョンに出てくるような雑魚で……そう、あれを最初の、雑魚と言った。


 治療という超能力を持つ僕ですら思わず身を引いてしまうような悍ましい怪物を最初の雑魚と呼んでいた。


 つまりーー



「間切さんは……その頃から昨日のような怪物と……?」



 違うと答えてほしいと、心の片隅が訴えている。これは同情か、憐れみの部分がそう言っているのだろうか。


 違わなければ、納得してしまうから。


 彼女の依存を、その背景を知れば、仕方ないと考えてしまいそうだから。



「ですです。最初は大変だったなぁ。両親や友達に言っても、頭がおかしいとしか受け取られませんでしたからねぇ。一人で頑張ってましたよ」



 だが、懐かしむ間切未来の姿を見て、そんな期待はすぐに裏切られた。



◆ ◆ ◆



 放課後、僕は図書室で音ゲーをぼんやりとプレイしていた。もう慣れたもので、頭の片隅で考え事をしていてもフルコンくらいはお手の物だ。僕の唯一の特技といっていい。だからといって、何か役にたつわけではないのだけれど、気を紛らわせるには十分だ。


 ーー間切未来という少女について。


 間切未来の異常性は、子供の頃から生死をかけた戦いを強いられていた状況が生み出したのだろう。それは少年兵のソレと同じで、まともな精神が育まれるわけがない。


 ……思い出されるのは、スプラッタを生み出しても、その状況下にいても、顔色1つ変えずにいた間切未来の姿である。


「……ああ、もう、なんだっていうんだ」


 無意識に独り言をつぶやく。昼から、僕の胸につっかえるモヤモヤが気になって仕方がない。音ゲーで誤魔化そうとしても、無理だ。


 これは同情だ。そして、その同情のせいで、彼女の異常性の理由を妄想し、そしてそれを納得してしまう自分がいる。


 間切未来は、怪物は自分の周囲に現れると言っていた。それが昔も同じような状況だとすれば、つまり、どこに逃げても怪物の影に怯える生活があったということに他ならない。


 それを、小学生というまだ未成熟な心と体でその環境に身を置かれれば、心が壊れるのは自明。むしろ、今まで身体が無事だっただけ幸運と言えるだろう。


 だが、それも昨日まで。僕という怪物とは異なるイレギュラーがいなければ、彼女はすでに死んでいた。



「…………」



 このままでは本当に彼女は死んでしまうのではないか。そんな不安が、脳裏をよぎる。



「それは……ダメだろう……」



 僕が認知しないところで彼女が死んでしまったとしたら、僕は絶対に後悔する。好きな人間とか、嫌いな人間とか、関係ない。僕は間切未来という人間に、少なくとも接点を持ってしまった。


 だが、どうすれば良いのだろう。


 身体は僕の超能力でどうにかできるかもしれない。怪我はしてしまうかもしれないけれど、治せばいいだけなのだから。


 だが、僕の超能力は心までは癒せない。


 僕のトラウマからくるアレルギーが治せないように、間切未来の壊れた心までは治せないのだ。



「ほんと、超能力って大したことないなぁ」



「いやいや、超能力は素晴らしいですぞ!」



「……え?」



 イヤホンをとって顔を上げると、物語シリーズを手にしながらこちらに顔を向ける東海の姿があった。


 いつのまに……気づかなかった。ちょっとぼんやりとしすぎたかもしれない。



「超能力とは人類の夢……これを言っては宗教家の人に怒られてしまうかもしれませんがな? 我は超能力とは宗教に近い信仰を集めているものだと思いますぞ!」



「…………」



 もしその通りなら、僕は信仰対象ということになる。仏陀、キリスト、ムハンマドと同位置だ。シンプルにキモい。



「しかし、意外ですな。治殿が超能力に興味をお持ちとは」



「別に興味なんてないよ。ただ、ちょっと思うところがあっただけ」



「もしかして、悩み事ですかな?」



「……いや、悩み事なんて「それは……ダメだろう、とは、なんのことですかな?」……聞いてたのか」




 思い返してみると、さっきまでの僕って、感傷に浸っているイタイ奴みたいじゃないか……。うわ、恥ずかしい。



「悩みというのは、一人で考えていてはどん詰まるというもの。我相手に吐き出してみてはどうですかな? ーーああ、安心ござれ! 我には秘密をもらうような友人は一人もありませんからな!」



「それは知ってる」



「たはー、バレてましたか!」



 わはははと豪快に笑いあがる声が響く。うるさい……けれど、ちょうどよかったのかもしれない。僕の相談できる相手なんて、それほど多くない。家族と東海くらいだ……東海は、別にこいつにどう思われてもどうでもいいという理由からだけど。


 ここはどうかの言葉に甘えさせてもらうとしよう。



「ねえ、東海はアフリカとかで少年兵してる子供の気持ちとかって考えたことある?」



 まさか本当のことを言うわけにもいかないので、ケースバイケースで似たような事例を出してみる。

 魔法少女がどんな気持ちで……なんて言えば、なんとなく、食いついてきそうだからだ。


 ただでさえ、昨日、魔法少女を探しているとかなんとか言っていたから、そう言う話題は避けておく。



「い、いきなりハードですな……うーむ……ありきたりなことを言うのであれば、兵士なんてやめたいと思っているでしょうな。殺すのも殺されるのも、勘弁でしょう」



「でも、やんごとなか事情で命を狙われ続けて、でも周りに頼る人がいなくて、逃げてもどうしようもないって状況なら?」



「うーむ……中途半端に抽象的すぎてなんとも言えませんがな……」



 東海は腕を組んで、うんうんと唸りながら、続ける。


「それは立ち向かうために強くなるしか道はないですな。しかし少年兵と言うからには子供でありましょう? 子供にそんな判断ができるとは思えませんな。できたとして、それはもう、子供の精神状態ではギリギリでしょう」



「……なら、そんな状況が何年か続いて、強くなった後、誰かに手を差し伸べられたら?」



「それはもう、頼ってしまうでしょうなぁ。いわば、甘えられる相手ができたと言うことですからな」



「……手を差し伸べた人は、それに対してどう答えればいいと思う?」



 僕は間切未来との付き合い方を考えあぐねている。あまり関係を持ちたくないという利己的な理由と、彼女に死んでほしくないから助けたいという自分勝手な

理由。その矛盾する2つを抱えてしまっている。


 どう見繕っても、どちらに転んでも、自己満足の結果を求めているにすぎない。関係を持ちたくないけど助けたいだなんて、身勝手だ。



「…………」



 いや、身勝手か、そう、確かに身勝手だ。


 間切未来と最初に出会ったあの日、僕は彼女を治療した後、逃げたのだ。


 助けた人間は、それに対して責任を背負う。当たり前の話だ。でも、僕は逃げた。


 自己保身という、身勝手な理由で。


 自答すると同時、凄まじい自己嫌悪に堕とされた気分にされる。自分がやられたことを他人にも同じことをしてしまったという自己嫌悪。

 思い出されるのは、小学2年生の頃の記憶。


 ーーあの日の夜中。それは地獄だった。


 その日、家族旅行中に山で遭難した僕は、野犬の群れに襲われた。

 食われたのだ。


 心臓を。


 胃を。


 腸を。


 腎臓を。


 肝臓を。


 腕を。


 足を。


 目を。


 耳を。


 ーー食べられては、自動治癒で癒される。


 僕の超能力は、僕の意思によって働く。それは、生にしがみつかんとする本能にさえ反応する力らしかった。


 それ故に、僕は地獄を味わされた。


 クチャクチャという咀嚼音は誰でも聞いたことはあるだろう。だが、僕が聞いたのは自分の肉が食べられる音。骨をかじられる音。


 数時間にわたって何頭もの犬に食べられ続け、痛みを感じることさえも諦めたころ、聞こえたのがそれだった。


 死という希望も消し去られた。


 生という地獄を与え続けられた。


 しかし、それを助けてくれたのがサラリーマン風の男だった。


 地獄から解放してくれた彼がなぜそこにいたかはわからない。だが、確かに彼は僕にを助け、ついでとばかりに特殊体質のろいをかけて消えていった。


 人の頼みを断れないという呪いをだ。


 それを、今度は僕が間切未来という少女にかけてしまった。


 今度は、《依存》という名の呪いをかけてしまった。


 それなら。それならば。


 僕には、その呪いを解く責任がある。助けたのなら、最後まで助け通す。それが、助けた人間の責任だ。


 その時、東海が口を開く。



「それはもう、最後まで付き合うしかないでしょうなぁ」



 僕の心が決まった瞬間だった。

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