第4話
間切未来に迫られた、その日の放課後。
結果からいって、僕は今日から出勤と相成った。夏休みは弟、遥の誕生日である8月1日を除いた全ての日に予約が取り付けられた。急用やちょっとした用事あれば休んでも良いとのこと。なんてホワイト……いや、給金は時給0円なので暗黒レベルか。
まあ出勤といっても、大したことはしない。僕は遠巻きに様子を見ながら、彼女が怪物ーー種類はいろいろいるらしいーーを倒すまで、公園でブランコを漕いでいればいい。何かあれば近づいて即治療の体制だ。
そんなのでいいのかと思うけれど、怪物は魔法少女である間切未来の周囲に湧き出てくるらしい。つまり、町中を駆け巡る必要はない。人気のない場所で、謎空間結界的なものを貼れば周囲にも影響はなく、バレないようだ。御都合主義空間というやつである。
なぜ周囲に現れるのかは彼女もよくわからないようだが、出現条件はわかっている模様。昼間と夜の合間、魔力の歪みが出やすい時間帯があるとかなんとかいっていた。
つまり、夏であれば17時30分から19時くらいになる。僕の出勤時間(仮)もそのくらいだ。
といっても、今日は見学。間切未来の活動風景を安全地帯から見るだけだ。職場見学的なアレだろう。
「……時間までまだあるな」
耳からイヤホンを抜いて、時計を見ながら呟く。
現在時刻は16:40分。公園には徒歩10分ほどなので、残り30分強もある。今日は5時間授業だったので、予定時間まで図書室でリズムゲーに没頭していたのだが、飽きた。
このゲームの課題曲は最高難度までAP(オールパーフェクト)してしまっているのだ。やれることは、腕が鈍らないようにするためのノルマプレイくらい。
早く新曲がでないだろうか。
「おや、そこにいるのは治殿ではありませんかな?」
そんな僕に声をかけてきたのは、図書室の引き戸をガラガラと開けて入ってくる東海である。
「放課後まで図書室通い?」
「ふふん。我は自他共に認める読書家ですぞ。放課後に図書室に通うなど当然のことではありませんかな?」
「図書室のラノベ読みに来ただけだよね。最近、物語シリーズが何冊も入ってきたし」
「し、知っていたのか、雷電……!」
「ナニソレ」
ビクリと体を仰け反らせてのめっちゃオーバーリアクション。何かのネタなんだろうけど、あいにく、僕は知らない。
「気にしなくていいですぞ。それより、放課後に治殿が図書室にいるのは珍しいですな。いつもホームルーム後は直帰していたと思うのですがな」
「ちょっとこの後用事があってね。時間までここで暇つぶし」
「なるほど」
喋りながら、東海はラノベ(若者文学)コーナーで本を取ると、僕の正面の席に座る。他の席があるんだからそっちに座ってほしい。司書さんを除けば、僕と君以外いないんだから。
「…………」
「…………」
それきり、僕と東海の会話は途絶えた。ちらりと東海を見れば、「デュフフw」と気持ちの悪いニヤケ顔を晒しながら、本をパラパラとめくる姿が目に移る。
東海と話すたびに思うことだけれど、彼はなぜ僕に話しかけてくるのだろうか。
僕と彼では趣味も違うし、席が近くになったこともないし、委員会や部活が一緒というわけでもないーーそもそも僕と東海は帰宅部だーー。では中学校が同じだったのかといえばそうではないし、それどころか、高校1年の頃はクラスも違っていたので、互いに認知すらしていなかったはずだ。
彼と僕の初めての会話は、中間テストの補習だった。会話といってもありきたりなもので、補習に対する愚痴ばかり。それからというもの、彼は補習が終わった後も小テストのたびに点数勝負を持ちかけてきたり、どうでもいいことを一方的に話すようになっていった。
僕としては割と塩対応をしていると思うのだけれど、なんでか彼は気にする様子もない。もしかしてマゾなのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていると、気持ちの悪いニヤケ顔をしていた東海が、不意に思い出したように口を開いた。
「そういえば、今朝、我が見せた魔法少女の写真を覚えていますかな」
「ああ、うん、まあ」
魔法少女といっても、写真自体は夜空を飛んでいるシルエット程度だったのでしっくりこない……そういえば、昼休みに見たときは特に何も感じなかったけれど、思い返してみれば、ちょっと違和感があったような気がする。
これはそう、自分が考えているものとは少し違うといった、間違え探しをしている時のモヤモヤ感だ。
もう少しで分かりそうな、しかし喉から外に出てこないもどかしさがある。
……まあ、どうでもいいか。スッキリしないなら忘れてしまえばいい。そう思い、僕は東海の続く言葉に耳を寄せることにした。
「実はその魔法少女ですが、学校でかなり話題になっているようですぞ」
「そうなんだ。ちなみに、どんなの?」
僕は魔法少女の正体を知っているわけだし、無関係というわけではない。だからか、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ噂がきになる。
「なんでも、この学校にいるとかなんとか、噂になっているようですな」
「……へ、へー、そうなんだ。ちなみに、なんでそんな噂が広がったのかな」
「聞いたところによると、我以外にも目撃者がいたようですな。その際、この学校のバッヂを落としたのを見たそうですぞ」
「結構ドジなんだね」
この学校……青藍高校に所属するすべての人間に渡されるバッヂがある。名前が彫られていたりはしないけれど、制服の胸ポケットあたりにつけることが義務付けられているし、入学時に渡されて卒業時に返すことになっている程度には重んじられたバッヂだ。
教員の先生も、異動の際にはきちんと返却するらしい。
「そうですなぁ。それで、我は考えたのです」
「ん?」
「今夜あたり、魔法少女探しをしようかと!」
「はぁ……頑張ってね」
「そこで物は相談なのですがな」
「……なに?」
こうなると、
「バッヂを落としたということは、つまりその人物は現在バッヂを身につけていないということ。学校でそのような人物を見かければ、報告して欲しいのですぞ!」
「なんだそんなこと? 別にいいよ」
その程度であれば、なんの問題もない。あくまで見かけたらの話だ。探せなんて言われてないし、普段通りに過ごしていればいい。
それに、夏休みは学校は夏服使用なので、ブレザーを着ていない。つまり、シャツにバッヂをつけなくてはいけないのだけれど、シャツなんて毎日着替えるようなものだ。
当然、つけ忘れや、付け替えの手間を面倒がってつけることをそもそもやめてしまう生徒も多い。冬場ならともかく、夏場はバッヂをつけていない程度で特定されはしないだろう。
それに、そんな噂は数ヶ月も経てば消えていくだろうし、その頃はブレザー焼き始める冬場だ。
まあ、別に僕が心配する必要もないか。人の秘密をわざわざバラすようなことはするつもりはないし、黙ってはいるけれど。
「さて、そろそろ時間だし僕はもう行くよ」
がたりと膝を立てて、椅子を下げながら立ち上がる。東海が話している間にさりげなく図書室の時計をみれば、間切未来との約束の時間が迫っていたのだ。
夏休みが始まるまでは、放課後の暇つぶしを探さないとな。
「そうですか。それでは、また明日お会いするでござる!」
「じゃあね」
カバンを持った僕は、そのまま公園へと向かうべく、図書室を後にするのだった。
◆ ◆ ◆
「やっときた、待ってましたよ、セーンパイ」
時刻通りにやってきた、人気のない公園の林の中。ブランコに座りながら待っていたらしい間切未来が、手を振りながらこちらに駆け寄ってきた。
さりげなく胸元を見れば、やはりバッヂはつけていないようだ。
「時間通りでしょ」
「それはそうなんですけどね」
彼女はなにが楽しいのか、手を後ろに組みながら、上目遣いでニコニコと笑う。そんな態度と、ほんの少し漂う柑橘系の香水の香り、そしてその小動物的な可愛さをもつ外見のせいで、ほんの少し
……が、忘れてはいけない。こいつは得体のしれない悪魔である。
なにを血迷ったのか、上級生……2年のクラスで平然と愛しているなどと宣ったのだ。周りには聞こえていないだろうし、からかわれた……とは思っているけれど、あの鬼気迫る雰囲気を演技で意図的に出していたのだとすれば、僕は女子という生き物を今後信じられそうにない。
「そんな怖い顔しないでくださいよっ! せっかくの初デートなんですから!」
「……まって、これから生死をかけた戦いをするんだよね? 少なくとも間切さんは危ないんだよね? それでなんでデートになるの?」
「愛し合う二人が命をかけて互いを守り合う……これをデートと呼ばずしてなんと呼びますか!」
「頭大丈夫?」
やっぱり、頭のネジが外れているのか、それともこれも冗談のうちなのか。
人とのコミュニケーションの経験が少ない僕にはちょっと判断がつかない。後者だよね、後者であってください。
「まあそれは置いといて」
「結構大事なことだと思うんだけど。主に君の頭が的な意味で」
「私の頭は正常ですし、これから話すことはもっと大事ですから」
間切未来は僕から数歩離れると、くるりと振り返り、
「変身!」
と、最近の仮面ライダーのような決めポーズを取りながら、恥ずかしげもなく叫んだ。
するとどうしたことか、間切未来の着ていた制服が糸のように解けていく。
同時に謎の光が彼女を包み込み、その素肌を見ることは叶わない。しかし、解けた糸が何か別のものに紡がれていくのがはっきりとわかる。
数秒後、そこにいたのはピンクと白を基調としたひらひらの服を纏い、可愛らしい装飾のヘアバンドを被った間切未来だった。それは、僕が昨日、公園の林で見た彼女そのものである。
つまり、魔法少女のレイヤー(コスプレイヤー)がいた。
思わず感嘆の声を上げるほどに可愛らしい。流石に髪質までは変わらないようだったけれど、薄く赤身の増た唇、白くなった肌から察するに、うっすらと化粧が施されているようだ。
まさかのオート化粧機能。なんて便利なのだろう……衣服的に実用性は皆無だけれど。
「えへへ、どうですか?」
「え、あ、うん。に、似合ってるんじゃない?」
少しだけ、どもってしまった。化粧の施された間切未来に見ほれていたとか、そういうわけではなく、早着替えに驚いただけだ……多分。
褒められたことが嬉しいのか恥ずかしいのか、間切未来は「えへへ」とはにかむ。
それを見てそういう顔もできるのかと、少し冷静になったところで問題点が1つ。
公園にいるレイヤーと男子高校生とういう絵柄。周りから見て、不可思議でしかない。僕も不思議だもん。
「ねえ、林の中といっても、少し視界に入ればすぐに見えちゃうけど、大丈夫なの?」
「ああ、例の結界は先輩が来た時にこっそり貼っておきましたよ。じゃなきゃ、こんなコスプレみたいな格好、往来でできませんって」
「自覚はあるんだ」
変人を見る目を向けると、彼女はぷくーっと頬を膨らませてあざとく起こるそぶりを見せる。
化粧をした間切未来は美少女といっても過言ではないので、見た目だけは可愛く見えてしまう。ちぢれたような天パがそのままというのも、保護欲をくすぐるチョイスだ。
魔法少女、デフォルトであざとい。
「そりゃそうですよ。私にコスプレ趣味なんてありませんし、女子高生ですよ? こんなの見せるの、先輩だけです」
「…………」
どこまであざとくなるんだ、この魔法少女は。
「……さて、そろそろですかね」
なんて会話をしていると、不意に視線を逸らした彼女は、ふざけた雰囲気を一瞬で搔き消けした。
その眼はまさに今から熊を狩らんとする猟師。狩るか狩られるか、極端な世界の住人のソレだ。
思わず、僕も彼女の視線の先を追いかける。
いつの間に現れたのか、木の陰からのそのそと出てきたのはツノの生えた虎、牙が異常に発達した馬、棍棒を持った小人、そして足が6本もあるカバなど、化け物のオンパレードだった。
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