第3話
「私の活動、手伝ってくれませんか?」
間切未来は特に困っていなさそうに、笑顔でそうお願いしてきた。それに対して、何を言われても、何を頼まれても、決められていた感想はといえば、
「無理」
即答である。
「せめて内容くらい聞いてくださいよぉ〜」
「だって、わざわざ僕に頼むってことは、そういうやつ関係でしょ?」
会話を聞かれるほど近くに人はいないけれど、それでも昼休みの教室であることには変わりない。僕は意図的に言葉を選んで、軽く濁した。
多分、魔法少女の活動で僕の超能力を借りたいということだろう。
昨日今日で知り合った人間に頼むことなんて、限られる。特に僕と彼女の共通点、人とは違うチカラをもっていることが関係していることは、特に考えなくても誰でも察せるだろう。
「まあ。多分、先輩の考えてるようなことです……ほら、昨日みたいなことになっちゃうかもしれませんし……」
大怪我をしていたことを思い出してしまうのか、間切未来はだんだんと声を萎ませながら、眉は八の字に下がり、笑顔も消える。
自分の身体を抱きしめ、ぶらりとその肩を震わせているのだ。
彼女のそんな様子は、魔法少女といっても、ただの女の子……年相応の女子高生なんだと嫌でも感じさせる。
つまりは成人もしていない人間。昨日の様子を見る限り、僕みたいに怪我を簡単に治せるわけでもなさそうだし、怖いと思うのは当然だろう。
僕も犬に吠えられるだけでも怖いし。
「なら、やらなきゃいいじゃん。やめなよ、そんなこと」
「それができたら苦労しないですよ……あいつら、私を狙ってるみたいですから」
「ああ、やっぱり漫画やアニメみたいに、何かと戦ってるんだ」
「はい。ほんと、勘弁してほしいです」
思い出し恐怖を吐き出すように、あるいは面倒臭そうに、間切未来は大きく溜息を吐くが、すぐに媚びを売るような笑顔で続ける。
「だーかーらー、先輩、お願いしますよぉ。私を助けると思って、ね?」
「……ほんと、めんどくさいなぁ」
もしもこの話を、僕の超能力を知っている人が聞けば、超能力を使って助けてやれよ。なんて、言われるのかもしれない。
でもダメだ。ダメなのだ。僕はこういう、人に頼られることが嫌で、あまり人に関わらないようにしているのだから。
なぜなら、僕は本当に、本当に、本当に深刻な悩みを抱えているのだから。
肉体的なものではない。精神的なものからくるタイプだ。普段の体調に問題はないし、何かを摂取しているわけでもないのだから。
でも、例えば、仮にここで僕がノーといえば、明日には最低最悪の、クソを食べたほうがマシと思えるほどのアレルギー現象が起こる。
手始めに、痒みを伴う蕁麻疹が体中にできる。
暑くもないのに、汗が出る。
胃潰瘍ほどの腹痛に襲われる。
脳みそと頭蓋骨を複数のトンカチで殴られ続けるような頭痛に悩まされる。
極寒の地にいるかのような、全身鳥肌になるほどの悪寒に身を縮こませる。
嘔吐によって口の中に広がり続ける胃液のすっぱい味に、再び嘔吐させられる無限ループ。
重度の花粉症患者ほどに溢れ出る鼻水と涙。
肌が乾燥し、夏でもひび割れが起こる。
異常に唇が乾燥し、口周りは血だらけになる。
寝起きには、固まった目やにのせいで瞼が上がらない。
関節痛で体を動かせない。
40度近い発熱。
カップひとつ持っただけで筋肉が硬直し、つる。
これが頼みを聞くまで、あるいは一週間ほど続く。もはや老人以下。赤ん坊ですらできることが、できなくなる。
当然、病院に担ぎ込まれ、最低一週間の入院。排尿排便も垂れ流し、悪臭にまみれた下着はナースさんに処理をしてもらっていた(僕は気絶したくてもできないクソ状態だったので恥ずかしがる余裕すらない)。
正直、死にたかった。死んだほうがマシ、死にたい。死なせて、なんて言葉を、冗談抜きで脳内で反復し続けていた。でも死なない。死ねない。
死ぬほどの事態になれば、僕の生きたいという生存本能が働くのか知らないけれど、超能力が勝手に治してしまうのだ。
だからこその、死にたくなるほどの苦痛を、しかし死ぬことは絶対にできない板挟み状態が無限に続く。
もう、もう、嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
あの感覚は、もう2度と味わいたくない。原因がわかるまで十数回も味わされた、あの感覚。
あれこそトラウマだ。クソだ。死にたいほどの体験だ。その上、タチの悪いことに、精神的なところからくるせいか、症状事態は超能力による治療も効きやしない。あくまで死なないだけだ。
精神科医でお世話になっても、ほとんど無意味。
なんで僕がこんな間に合わなければいけないのか。
死にたくなるような体調の中、何度も、何度も、何度も、何度も考えた。そうして思い出されるのは、発症のたびに思い出される、昔聞いたサラリーマンのあの言葉
ーー困っている奴がいたら、助けてやってくれ。それが俺への恩返しってことで!
……これ以上、考えるのはやめよう。アレルギーが発症しているわけでもないのに、吐き気がする。
とにかく、今は目の前の問題を解決しなければいけないのだ。そのために、最も大切なことは、たったひとつ。
仮に知られてしまえば、僕が断れないことをいいことに、色々と要求されてしまうかもしれない。面白半分に、面白半分の頼みごとをしてくるやつもいるかもしれない。
それが広まっていってしまえば……考えたくもない。そうなれば、僕は完全に奴隷だ。断れない奴隷。犬の方がまだマシだろう。
それだけは絶対に避けなければいけない。なんとしてもだ。
「はぁ……わかったよ。ただし、条件がある」
「条件ですか? ……もしかして、私にえっちぃこと、させたいんですか?」
間切未来はジト目を向けてくる。
たしかに、間切未来には小動物的な可愛さがある。小さな体、天パのショートヘアに化粧っ気のない素朴な顔。
クラスにいれば、2.3人は男子生徒が想いを寄せている、そんな人間だろう。
でも、今の僕には、面倒ごとに巻き込もうとしている悪魔にしか見えないので、普通より容姿が優れている程度の感想しか抱かない。
あの最低最悪のアレルギー発症の原因になりえる存在の価値は、僕にとってゲロ以下である。
「うん、聞かれたら面倒だからやめてね。それに僕は身持ちは硬い方なんだ……そうじゃなくて、期間を明確に決めてほしい」
「期間ですか……できれば、私としては襲われなくなるまで助けてほしいんですけど……」
「僕にも、僕の生活があるから、ずっとは難しいよ」
はい。経験上、今ので軽いアレルギーは多分確定。一部とはいえ、断ってしまった。鼻水くらいは出るだろうか。
クソ、お願いをさせないようにしなくてはいけない……言葉は選ばなくては。
「なら、もうすぐ夏休みですし、夏休みの間でどうですか?」
「夏休みの間か……」
予定らしい予定は、特にない。例えあっても、友達らしい友達もいない僕が、夏休みに誰かと出かけるようなことは、家族と遊びに行くくらいだろう。もしかしたら、東海も微レ存か。
「ダメですか? 先輩に危険なことを頼むわけじゃないんです。ただ、私が怪我をした時に、すぐに治療してほしいってだけなので」
「でも、安全ってわけじゃないんでしょ?」
「先輩は私が命にかえてもお守りします」
「……え?」
「先輩は、私が命にかえてもお守りします」
なぜだろう。ピシリと空気が凍った。錯覚だろうか、いや、少なくとも、僕と彼女の周囲だけ、体感、摂氏3度ほど気温が下がっている。
間切未来はあいも変わらず笑顔のままだ。だが、そう口走るその表情は、なんだか貼り付けられたもののように見えてくる。
怖い。
ぞくりとした悪寒を感じる。なにか怒らせるようなことを言ったのだろうか。でも、そう大したことは言ってないはずだ。少なくとも、僕はそんなつもりはない。
もしかして、無意識に地雷を踏み抜いてしまったのだろうか。
「…………えっと、ごめんね?」
迷った挙句、僕が出した答えは、とりあえず謝っとけの精神。
ありがとうございます。ごめんなさい、すみません、申し訳ないです。
日本の中でとりあえず言っておけばオーケーの4大言語だ。僕はそう思っている。
なにかして貰えば感謝を、怒らせて仕舞えば謝罪を。これでだいたいどうにかなる……と思う。
「? なんで謝るんですか?」
「いや、なんか怒らせたかなって……」
「なんで?」
「なんでって……」
やめて。その能面みたいな笑顔を僕に向けないで。
ビクビクと畏怖していると、間切未来に伝わったのか、「ああっ」と納得したようにポンっと軽く手を叩く。
すると彼女の表情に人らしさが戻る。能面は剥がされたようだ。
「別に怒ってないですよ。ただ、先輩が危ない目に遭っているところを想像してしまって」
「……ごめん、意味がわからない。なんでそれを想像したらあんな空気になるの?」
「やだなぁ。そんなの決まってるじゃないですか」
彼女は緩やかに曲線を描いていた唇を、尖りのついた三日月のように歪ませる。そうしてゆっくりと開くと。
ーー先輩は、私にとって世界で一番愛しい人ですもん。
そう口走る間切未来の眼窩(がんか)には、狂信的に濁った瞳が埋め込まれていた。その瞳は、たしかに僕に向けられている。
意味がわからない。
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