ch.4 死にゆく者たち
◇
潮騒が聞こえた。
顔に穏やかな風が当たる。
耳元を洗うのは、サンゴの欠片でできた白い砂粒が波にさらさらと運ばれては戻っていく、気が遠くなるほどの年月繰り返されてきた、小さな小さな音。
そこに自分の鼓動が混じっている。
アムは、ゆっくりと目を開いた。
太陽が賑やかな光を浜に送り込んでいる。
あおむけの状態から、肘をついて起き上がった。
腰から下は海に浸かっている。
鮮やかな青い海。
空港島のラグーンのエメラルドグリーンも美しいが、ここの青は高貴さを感じさせる。
月並みな表現で言えば、宝石のような海。
全身が筋肉痛で、どこかを動かすたびに軋んだ痛みを伴ったが、大きな怪我はしていない。
ここはどこだろう。
頭を巡らすと、少し離れたところによく知った顔が見えた。
「トゥトゥ!」
砂に足を取られながらも勢いよく立ち上がり、青年に駆け寄る。
先ほどまでのアムと同じように、半ば海水に漂うようにしてあおむけに寝ている。
呼びかけても目を覚まさない。
怖くなってそっと触れると、脈はしっかりと感じられた。
生きている。
ああ、とアムは安堵の声をもらした。
まるで水面に咲いた花のように、トゥトゥの赤い髪が広がっている。
根元は黒、毛先は赤。
いつ見ても不思議な毛色。
彫りの深い顔は、今は穏やかに、あどけないと表現して差し支えないくらいの安らいだ表情をしている。
アムはトゥトゥの左手をそっと取って握った。
そうしていると気持ちが落ち着いて、周りを見渡す余裕を得ることが出来た。
ここは小さな島か、あるいは島から突き出た岬の先端だろう。
見事な白砂の浜辺は楽園とか天国とか、そういった言葉が似合う。
少し高くなった、浜辺が終わるところには高々と幹を伸ばしたホピの木。
大きな風切り羽のような葉を揺らして、悠々と風に遊ばれている。
ホピの木の根元の辺りには、赤い花が沢山咲いていた。
ティコの花だ。
海底の女神が、火山の色を大地の上でも見たいと願って咲かせた花。
よく見ると砂浜には点々とひとの足跡が残っている。
エタリに違いないとアムは思った。
三人、どんな風にかは全くわからないが、無事にこの島に漂着したのだろう。
誰よりも早く目覚めたエタリはきっと先行して島の環境を探りに行ったのではないか。
落ち着いたらエタリを見つけに出かけよう。
それにしても怖かった。
海龍に襲われたときのことを思い出すと、アムの体には震えが走る。
引き寄せた手をぎゅっと握った。
それでもトゥトゥは起きない。
アムは思い切って古からの作法にのっとり、背中をかがめると、トゥトゥの頬にそっとキスをする―――眠れる者を起こすのは口づけだというから。
冗談のつもりでやったのに効果はてきめんであった。
恥ずかしくなるくらいに。
うう、と言いながら、寝起きの悪い子供がやるように眉をしかめて、トゥトゥは目覚めた。
きょとんとしてアムの顔を見る。
「ドク?」
「
がばりと上半身を起こしたセムタムの青年は、そのままアムをぎゅっと抱きしめた。
アムはどぎまぎする。
こんな風にトゥトゥがハグをするなんて、今までなかった。
「
「してない。トゥトゥは?」
「何も」
よかった、とお互いに言い合いながら体を離す。
「にしてもここは……」
「わからない。私も今起きたばかりよ。エタリさんが先に起きて見回ってるみたいだけど」
「はん、じじいは早起きだからな」
いつもの憎まれ口を叩いて、トゥトゥはにんまりと笑った。
よかった、とアムは思う。
相変わらずのトゥトゥだ。
「まあ生きててよかったってことだ」
「ねえ、トゥトゥ。カヌーもないのにどうして私たちは無事なんだろう」
トゥトゥは顔を上げて辺りを見渡し、またアムの顔に目線を戻す。
「さっぱり分かんねえな。死んでなきゃ辻褄が合わねえくらいだが」
その時、浜からひときわ強く波が引いた。
大波が来るサイン、逃げなくてはと思ったが、アムばかりかトゥトゥも砂浜に足を取られてスムーズに立ち上がれない。
引いた波はむくむくと盛り上がり、黒く染まって浜に押し寄せる。
悲鳴を上げながらふたりは波頭に呑まれたが、なんとか引きずり込まれはしなかった。
波の落ち着いた浜には、巨大な海龍の頭が乗っている。
それを刺激しないように、アムとトゥトゥは身を寄せ合って静かに立ち上がった。
「あれ見て」
アムは海龍の側頭部を指差す。
ぶよぶよとした透明な塊が海龍の頭の左半分を覆っていた。
直径何メートルあるのか、特大サイズのクラゲが張り付いているようにも見える。
そちら側の目は真っ白に濁って、もはや機能していないことは明らかだった。
「ねえ、トゥトゥ。私が夢で見た落ち星の中身に似てる」
海龍は苦し気な様子で、頻繁にえらを開け閉めし、鼻先から荒い息を吐いている。
鱗もあちこちふやけ、腐ったように膿み、痛んでいた。
一見して伝わるほど死が近い。
「ドクの夢の最後で落ち星モドキが龍を食ったって言ったな。こいつも食われたってことか」
「そうかもしれない。……ひどいわ」
さくさくと軽い足音がしたのでそちらを見遣ると、ホピの根元にエタリが立っていた。
エタリは常と同じ穏やかな表情を保ったまま海龍に近づいて、その鼻先に額づく。
浜についた手にはティコの鮮やかな花弁が一枚。
「エタリ=ラコポゥ、ここに参りました。父君母君もいらっしゃいます。どうか心安んじていただけますように」
海龍は鳴いた。
ぶほおおう、と。
生臭い息が束の間、磯の香りを押しのける。
言葉を発しようとして、上手くいかなかったのではないか、とアムは思った。
年経た龍はセムタムと同じ言葉を話すというから。
膝立ちになったエタリがこちらに手を振る。
アムとトゥトゥは静かに歩き始めた。
足がくたくたになっていて、砂浜を上るだけでも一苦労である。
「ようじじい。生きてたな」
と、白砂から足を引き抜きつつ、トゥトゥが言う。
その顔の前でエタリが手を振った。
黙れ、の合図。
むっとしたトゥトゥが口を開くよりも先に
「ナガラコ!」
という叫びが響く。
浜に乗り上げた海龍の名だろうか。
振り返ると、ホピの林から男が走り出てくるところだった。
紅白の二枚布のふんどしを着けた、今ちょうど漁から帰ってきたという風体の青年。
赤銅色に焼けた肌に玉の汗が浮いている。
意志の強そうな太い眉毛がアムの第一印象に残った。
気づけばエタリは浜に額づいている。
最敬礼だ。
誰に、といえばこの林の奥から出てきた男以外にはいないだろう。
アムとトゥトゥが顔を見合わせて戸惑いを共有する間に、男はその前を駆け抜けて海龍の鼻面を抱きしめた。
「おお、ナガラコ、痛かっただろうに。よう頑張った」
落ち星モドキと思われる不気味な軟体が目前にあることをまるで気にしていないかのような様子で、青年は海龍の顔を撫でている。
一方で、アムは気づいた。
怖くなってそっとトゥトゥの手を握る。
落ち星モドキが蠕動しているのだ。
先ほどまでのっぺりと海龍の左顔面を覆っていたものが、青年の接触というトリガーを得て、急速に形を変えている。
その震えは、より生命力の強い青年を目指して手を伸ばす、意志を持った動きに感じられた。
「あのう」
ぞっとして、思わずアムは言う。
おせっかいかもしれないが、もし青年が落ち星モドキの動きに気付いていなかったら危ないと考えたからだ。
「そのぶよぶよしたものから、離れた方がいいと思います。あ、ごめんなさい、
見返った青年が泣いていることに、アムはわけも知らず胸を締め付けられた。
頬をつたう涙を拭こうともしない。
「ああ」
青年はアムを見、トゥトゥを見た。
「そうか。お主らが、兄上の―――。エタリ」
「は」
エタリが浜に顔をこすりつけるようにして応える。
そんな風にしなくてはいけない相手なのかとアムは驚いた。
いったいこの青年は何者なのだろう。
「まずは座を外せ。我が妻を讃えていると良い。話はそれからだ」
エタリは膝からじりじりと下がり、一礼して立ち上がった。
青年は海龍を見ている。
死を迎えつつある海龍を気にかけながら三人は砂浜を登っていく。
「おい、じじい。あいつは誰だ?」
エタリは口を一文字に引き結んで答えない。
「そんならこっちで勝手に考えるぜ? なあドク、あいつは何なんだろうな」
「うーん、海龍の司祭とか、孤島域の
「ぱっとしねえなあ。じじいより、うーんと偉いやつだろぉ?」
腕を組んだトゥトゥがホピの樹幹を見上げた。
アムもつられて見ると、人の頭くらいの大きさの果実が鈴なりになっている。
この実がもう一回り大きくなり、外皮が茶色く熟すと、アルマナイマ星には乾季が訪れるのだ。
「偉いどころの話ではない」
エタリが小さな、だが鋭い声で言った。
ぴたりと足を止める。
トゥトゥが止まりきれずにたたらを踏んだ。
「くそじじいめ」
「いいか、くれぐれも礼を守れ。我らが祖先に顔向けできんぞ」
「何だって?」
「あのお方こそが我が王、<海龍の長>なのだから」
「ええ?」
流石に冗談がきついぜ、じじい、とトゥトゥは言った。
「あの褌男が<海龍の長>だって?」
アムはしかし、エタリの言葉を否定することはできなかった。
エタリの目には畏怖の色が湛えられている。
啓示を得た求道僧とは、きっとこのような目をしているのだろう。
そして山を下り、古代地球時代の神話が伝えるように、熱のこもった鋼の如き心で民衆に神の預言を告げるのだ。
まあここでは海に下るのだろうけれど―――。
アムの脳裏にはそんなイメージが去来した。
「まあまあ、オレがあいつを一発ぶん殴ってやりゃあ、化けの皮も剥げて、じじいの悪い夢も終わるだろ。ちょっと待ってな」
トゥトゥが腕を回したのを、エタリが
「しっ!」
と戒めた。
「いい加減にしろ」
アムが内心はらはらしながらも口を挟めずにいると、
「あらあら、これで全員かしら?」
場違いなほど朗らかで、華やかな声がホピの林を渡る。
アムは男二人の対決ムードが流れたのに胸を撫でおろした。
声のした方を見ると、若く、にこやかな笑みを湛えた女性が立っている。
セムタムの伝統的なズミックのすそを少し緩やかにしたようなシルエットのズボンに、美しい緑の日除けを羽織っていた。
ラグーンの水面のようなその日除けの上に、ウェーブのかかった胡桃色の髪がふんわりと上品に広がっている。
セムタムの女性としては非常に珍しい姿だった。
知らない文化圏に来てしまったのだろうか、とアムは思い、それから考え直す。
先ほどのエタリの言葉が正しければ、この女性はセムタム族ではない。
海龍に駆け寄った青年が<海龍の長>アラコファルだと仮定する。
彼は先ほど言ったではないか。
我が妻を讃えておれ、と。
もしこの女性が本当にアラコファルの妻なのだとしたら、それは彼女が創世神話の女神だということを示している。
アラコファルが深海から持ち帰った泥の中から生まれ彼に逆プロポーズした大胆な女神であり、かの海龍との間に沢山の子供を育てた地母神ならぬ海母神、神話が確かなればその名はマウメヌハヌ。
セムタム族は彼女が孵した最後の卵から生まれたのだとされている。
本人がいるのだから、その真偽は聞けばわかるのだろう。
アムは頭がくらくらしてきた。
確かに、アムは創世神話の登場人物に会ったことがある。
<黄金の王>アララファルを双眼鏡越しに観察し、宇宙船と激突した際に剥落した鱗に触れ、人に擬態した彼と出会った。
だからといって、神話と現実がシームレスであるという環境に慣れるわけではない。
何て星だろう、とアムは思った。
言葉にすれば陳腐になる。
それでもいつか、この星を表すのに適正な言葉は見つかるだろうか。
「奥方様」
と、エタリが言う。
随分と低いところから声がすると思ったら、エタリは再び地に額を着けていた。
女性の形の良い唇がわななく。
「ねえエタリ。私はとても悲しいの。アララファル様はもっと悲しいと思うけど」
「心中お察しいたします」
「私たちの子供がこんなに苦しんでいるのに、私は何もできないわ」
「原因はセムタムの知恵では測りかねます。ただ、このドクター・アム・セパアが手掛かりを掴んでいるものと」
名指しされてアムは我に返る。
目を上げると、女性の―――マウメヌハヌ妃の視線とぶつかった。
「あなたがドクター・アムなのね。義兄上様からお話は聞いてます」
「義兄上」
「ああ、アララファル様のことよ」
さあ、と女神は悲しみの影を振り払うように首を振って言った。
「ご飯を食べて、少し休んで。これからが乗り切れないわ」
「奥方様は」
「私は子供たちの顔を見ていたいの。最期だもの」
マウメヌハヌ妃はつと視線を巡らせて林の先を見つめた。
同じように目線を動かして、う、とアムは呻く。
動かないから気づかなかった。
林の先にはアムたちが上陸したのとは別の浜が見えている。
アムはてっきり、そこに黒い岩が並んでいるのだとばかり思っていた。
よくある溶岩が固まったやつ。
だがそれは、海龍の頭だったのだ。
落ち星モドキに汚染されて、命の緒の切れかかっている海龍たちが浜に打ち上げられている。
あのトゥトゥが一言も口をきかずに、反駁もせずに黙っていたのは、この光景に既に気づいていたからだろう。
現実を見せられたアムの胸で、心臓が早鐘を打った。
実のところアムは確信していたことがある。
夢の中で落ち星モドキが変形したとき、それに伴う音をロロノマウは<鳴いた>と思っていた。
だが、その音が何であるかアムは知っていた。
空港島の律儀な掃除ロボットが動くときも同じ音がする。
つまるところそれは機械の駆動音だ。
落ち星モドキは星の外から故意か偶然かはわからないが、侵入したものだということである。
最悪の勘繰りをするならばこれはアルマナイマ星への侵略だ。
「ドクター・アム」
マウメヌハヌ妃に名を呼ばれて、アムの背筋が伸びる。
「後であなたの知っていることを聞かせてちょうだい。どうして私の子供たちが、こんな仕打ちを受ける必要があるのかを」
浜から離れた林のすそで、アムとトゥトゥとエタリは火を囲んだ。
無言である。
この異様な光景の前で何を話せというのか。
否が応でも海岸線を見てしまう。
波に洗われて黒々とした海龍たちの頭。
魚の形をしたものもいれば、蛇のような体を持った者もいる。
胴の半分を失って砂浜に横たわった魚龍の虚ろな目が、空を仰いでいた。
「ドクター」
「わかっています。見ない方がいいとおっしゃるのですね」
「彼らの名誉の為に」
エタリが焼石をつついて具合を見る。
炎がぱっと散った。
食べ物はカヌーとともにすべて流されてしまっていたから、林に入って腹の足しになりそうなものを摘んできて、それをホピの葉に包んで蒸している。
アムは死にかけの海龍たちの臭いと、落ち星モドキに関して抱いた疑念に苛まれながら、それでもお腹が空く自分の神経を呪った。
真っ白な砂浜に枝が一本ぽつんと立てられており、そこにイキネという木製の鈴が引っかけられている。
イキネの音は鼓動の象徴であるから、生命そのものを創造した海龍の長アラコファルと女神マウメヌハヌのシンボルでもある。
からからと鳴るイキネの音はいつもは乾季の風を思い出させてくれるのに、今日この状況下ではどうにも辛気臭かった。
「ああ嫌んなっちまう」
とトゥトゥが砂を払って、立ち上がる。
「どこに行く」
「あいつ言ってだろ、我が妻を讃えろとかなんとか。祈歌のひとつくらい歌ってやれよ」
アムは何故トゥトゥがそんなことを言い出したのかわからなかった。
エタリも同じ気持ちだっただろうと思う。
ふたりの訝しげな視線を受けて、トゥトゥはもどかしそうに頭を振った。
長い髪の毛先が炎のように踊る。
「わかんねえかなあ。ドクが見ようが見まいが、あいつらは死ぬんだろう。だったら最期くらいは楽しくしてやれよ。おふくろの顔を眺めながら辛気臭く往くってえのは、俺のしたい死に方の最下位だ」
ほら立て、とトゥトゥは両腕であおった。
「じじい海龍の祀り方はお手の物だろ。歌い出しは任せた」
「仕方のない男だ」
エタリを先頭に砂浜へ下りていく。
遠くで海龍の頭を撫でていたマウメヌハヌ妃が振り向いた。
女神は何かを言いたげな様子だったが、結局言わずに海龍の鼻先に額を押し付ける。
イキネの括りつけられた木の枝を取り上げると、エタリはそれを振りかざして涼やかな音を立てた。
浜に伏している海龍たちの幾匹かが、その音に薄目を開ける。
「歌い初めにし我が声を―――」
これは、セムタム族が神にささげる歌を始めるときの言葉だ。
ムロと称されるこのフレーズを発したとき、セムタム族は神とつながる。
アムは急いで頭の中の歌詞カードをひっくり返した。
セムタム族の成人の儀式に臨んだとき、有名な歌はひととおり覚えたはずだが、空港にこもりがちだから歌う機会がないのである。
そして、人に聞かせる自信は無い。
もうはっきり言ってしまうならば自分は音痴の部類だとアムは思っていた。
「―――海龍の長よ聞きませ、美しき女神よ聞きませ、勇ましき海龍の兄弟よ聞きませ」
エタリの声は人が変わったのかと思うくらい朗々と響く。
横を見ると、トゥトゥもこちらを見てにやっと笑った。
声に出さずに口を動かしたが、あいにくネイティブスピーカーではないので意味を拾うことは難しい。
けれども、ほら見ろじじい意外とやるんだぜ、的なことを言いたいのだろうかと思った。
咳払いをひとつ、歌い始めたエタリの声に合わせて、アムとトゥトゥも歌い出す。
とても有名な歌だったから、すぐに歌詞を思い出すことができた。
アムは安心する。
エタリが選んだのは、とても明るい歌。
題して『我が愛しのティコの花』。
ずばりマウメヌハヌ妃のロマンスに寄せた恋の歌である。
こんな風に始まる。
あなたはだあれ
私のカヌーに打ち寄るティコの花
あなたはだあれ
生まれて以来
ずっと海の底に咲いていたけれど
あなたのカヌーを見つけたの
あなたの手で掬ってほしい
マート(深海にある彼岸)から
久方の日を浴びて見るあなたは
誰よりも素晴らしい
海の兄弟たち
どうか見てください
父母の時と同じく
我らはティコの花を持って誓うだろう
穏やかな日差しの中で
きらめく背中を乾かしながら……
トゥトゥは持ち前の声量を押し出した形で、音程を外しても堂々と歌う。
アムもその方式に倣うことにした。
自分が音痴であるか否かを頭から締め出す光景が目の前にあったからである。
海龍たちが、ぶよぶよと張り付く落ち星モドキを引き裂くように、最後の力を振り絞って口を開け歌っていた。
きちんと言葉に聴こえる声もあれば、もはや呻きにしか聴こえない音もある。
途中で苦しそうにむせ返ってしまう者もいる。
それでも彼らは歌っていた。
気づけばマウメヌハヌ妃も合唱の輪に加わって、美声を響かせている。
そう。
アムは思い出した。
女神マウメヌハヌは<声>の守り神でもあったということを。
トゥトゥは正しかった。
その意図を完璧に汲み取ったエタリも正しかった。
気づけばアムの頬は温かく濡れている。
……この日を生涯忘れぬように
口づけしよう
櫂に刻もう
我が愛しのティコの花
我が愛しのティコの花……
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