ch.2 黄金の王と有給休暇


ここで、アルマナイマ星から離れたもう一つの視座に移動する必要がある。

内から見た世界と、外から見た世界は表裏一体で、すなわち表には裏のことは見えないものだからだ。

主役はアララファル。

セムタム族の創世神話における最高位である三柱の龍の長兄にして、その名は高き天の主、黄金の王、雷の槍をもって敵を穿つ武神である。


アララファルは最辺境の星アルマナイマからはひとつだけ中央に近い、要するにド田舎の、惑星ニューハワイキの海洋ヴァカンス専門旅行業者<サニーデイズ>の仮想オフィスに座っている。

もちろん龍の姿ではなく、彼の趣味である人型擬態の姿で。

偽名はリチャードという。

短く切りそろえられた華々しい金髪、生体コンタクトを入れたことにしている赤い爬虫類的な瞳(もちろんこれは龍である黄金の王の生来の瞳である)、八頭身の均整の取れた肢体、そしてやや趣味の尖った服装が、モニター越しにやって来る客人にも大きな印象を残す。

惑星ニューハワイキはアルマナイマと同じく海洋惑星である。

<サニーデイズ>はニューハワイキの海洋リゾートにおけるアクティビティやホテルの斡旋、それからリゾートホリックに陥った人々のため次なる旅行先を案内するのが主たる業務だった。

リチャード=アララファルはアルマナイマ星を含む辺境惑星への旅行を手配する、セッティングマネージャーという地位についている。

辺境惑星部門へ訪れる客は少ないが、そういった客は金持ちであって<サニーデイズ>社としては大いに優遇し、定着していただきたいと願う相手なのだった。

このリチャードという青年がいつの間にセッティングマネージャーという椅子に座っていたのかは誰も知らないが、誰も疑問には思っていない。

そんなわけで、彼が珍しく一週間の有休を申請したところであっさり通った。

「ふん、下らん」

と独りごち、アララファルは几帳面に有休許可をプリントアウトすると、惑星ニューハワイキの彼の自宅である高級ホテルの鏡台の前に張り付けて部屋を出る。

わざわざ紙―――物質にして保存したのは、彼が自らの弱点を知っているからであった。

もう一度述べれば、<黄金の王>アララファルは天の王である。

大気のすべては彼の支配下にあり、これは彼が世に生まれて直ぐに唯一神から授かった持ち分だった。

つまりそれは、宇宙空間に存在するあらゆるものを知悉していることとイコールである。

宇宙線であろうと機密通信であろうと汎銀河大統領専用機のシグナルコードだろうと、彼の認知からは逃れられない。

彼はネットワークそのもの、ネットワークそのものが彼から生まれたということも可能だ。

この宇宙進出全盛の世において、常命の者を相手取るなら無敵である。

ただし。

先だって非常に不愉快なことに、アルマナイマ星に居座っている小娘アム=アカエダンによってある弱点が発見された。

アナログに弱い、ということである。

アララファルは紙に書かれた文字を電子情報のように読み取ることはできないし、電子媒体を介さない肉声による会話を遠くから聞き取ることもできない。

声と言うものは空中を伝播するものだから彼の管轄であるのだが、考えてみてほしい、それは自分の体であっても体内の微生物の動きがいちいち伝わってこないのと同じことである。

そしてアムは指摘した。

黄金の王に弱点があることを知っているのは、自分だけではないということを。

アルマナイマ星を脅かしうる機構に彼の弱点が伝わっているということを。

そのために彼は、人間種の中に交じり、観察し、分析し、その弱点を埋める活動を始めた。

そして同時にアルマナイマ星外の情報を把握することで、自らが守護する世界の均衡を保とうとしているのである。

もっとも<黄金の王>アララファルの思考においては、世界の内も外もない。

唯一神が開いた二枚貝の中にすべての宇宙は詰まっていたのであり、黄金の王の思索する範囲はすべての宇宙に等しいものだ。

「どちらまで?」

と、高級ホテルにふさわしい生身のボーイが声をかけてきたが、リチャード=アララファルは片手をひらひらと振って下がらせた。

惑星ニューハワイキではレンタカーを借りることが出来る。

骨董的な人気を誇る地球車の模造品。

もちろん自動運転で、本来ならばドライバーの介在する余地はないが、アララファルはこれを借りることにした。

AirPadというどこか先祖返りしたような名称の惑星単位のサービス・ハブにアクセスすると、ものの数分後には黄色の安っぽい車が傍らに止まる。

「どちらまで?」

と、今度は車が聞いたので、アララファルは自らの能力によってそれを黙らせた。

自動装備をすべてオフにする。

警報は鳴らなかった。

黄金の王は既にこの車を制御化に置いたし、配車サービスとその先にある監視システムも黙らせている。

ハンドルは無いがアララファルにとって操作に影響はない。

電子機器を従わせるのは彼の本能のようなものだ。

後天的に開発された星には珍しく、ニューハワイキには道路というものがある。

古代の地球に巡らされていたそれと同じで、大気にむき出しになったナチュラル・アスファルトの絨毯だ。

だから地球車を復活して走らせるなどという贅沢なアクティビティが出来たのである。

アララファルは空を眺めながら車を走らせた。

道の両側には広告看板が林立している。

金のかかったホログラムのものもあれば、ただの印刷物もあった。

五つ星ホテルの美々しい看板の足元に、<原住民族に権利を>という木の板がぐずぐずにされて落ちている。

ハワイキとは、地球に住んでいた海洋民族が信じていた楽園のことだそうな。

つまるところそれはアルマナイマのことであろう、とアララファルは当然のように結論付ける。

世界の中心はアルマナイマで、そこから離れるほど野蛮の度合いが強くなる。

まったく信じがたいな、と神の如き龍は思った。

窓の外を風が唸って過ぎていく。

大気の中の些末な通信を捉えて、割り込み、人間が作った(と思っている)ネットワークの中に沈んだ。

今の彼は人の形をとっており、本来の姿でいるよりも圧倒的に能力は落ちる。

体力と筋力にも限界があるし、人の形のまま肉体的に死ねばどうなるかもわからない。

何より電子機器を介さないとアクセスが手早くできないのは、どうにももどかしかった。

しかしここで暴れるわけにはいかない。

本来の姿をさらせば彼の計画は水泡に帰し、彼の楽しみも露と消える。

数億年ぶりに歯ごたえのある課題に直面したのである。

それをスマートにこなしてこその、王であろう。

スリルとサスペンス。

そういうことだ。

惑星間ニュースの尾が流れている。

それをアララファルは引っ張った。

「……当該星域における事故について、軍当局は遺憾の意を示すとともに、落下物に関してはただちに回収するとの声明を発表しております。政府関係者によりますと惑星アルマナイマに居住する汎銀河権民は一名のみですが、連絡が取れていないということです」

ニュースのボリュームを上げる。

尾を掴んだ魚を手繰り寄せる要領で。

「今回の事故の問題点はですねえ」

と軽薄そうなコメンテーターが話している。

「アルマナイマという星が誰もわかってないってことでしょ。保護団体がうるさいばっかりで開発もできないし、変な生き物がいて事故も多いし。この際、回収と一緒にテラフォーミングしてきたらいいんじゃないかなあ。ちょうど戦艦がいるんでしょ、ドッカーンとミサイルぶっとばしちゃって、ね、そう思いませんか皆様!」

スタジオに響くまばらな拍手。

アララファルはネットワークに介在して、このコメンテーターが明日からクビになるようにした。

車は美しいカーブを描いてわき道に入る。

しばらくすると舗装が荒くなり、広告の数がぐんと減った。

道端でアスファルトに押しのけられた草木が必死に天へと手を伸ばしている。

「下らんな」

黄金の王は溜息をついた。

内なる雷を解き放ち、アスファルトを剥がして回ったら当面の暇つぶしにはなるだろうが、根本的な解決には至らない。

ニュースの尾を離してやり、さらに集中して情報の海に潜る。

リチャード=アララファルはアルマナイマ星域における軍事活動の記録を釣った。

辺境軍と名付けられたひと群れの生体記録が彼のまな板の上に置かれる。

包丁がわりに鋭い黄金の爪を振るって引き裂いてやると、求める情報はやすやすとこぼれ落ちた。


<アルマナイマ星に投下する生物兵器は宿主に寄生し、指示した方向へと移動させるものである。この生物兵器は将来的に敵対生物の排除のために使用されるもので、思考能力の低下と身体能力の制限により宿主のコントロールを確実なものとする。宿主はより頑健なものを求めるように遺伝子プログラミングが行われている。耐熱・耐衝撃性A++バイオハザード容器に封入。着水までは生体反応を行わないことで、アルマナイマ星の対空識別網を突破する実験を兼ねる。想定では空港島ポイントへ誘導したのち、寄生生物は宿主の栄養を利用して待機、実験終了後に回収を行う。なお、完成後に兵器の投入を予定される敵対生物はアルマナイマ星の龍である>


アララファルの内側に激しい怒りの波が沸き起こる。

車が過剰な電子的刺激に悶えて減速をかけた。

黄金の王はまな板の上で暴れて鱗を振り撒く実験情報のはらわたを引きちぎると、修復不能なまでに破壊して電子の深海に押し込んで消す。

あの不愉快なアムの進言が確かであれば、アララファルの能力に感づいている辺境軍は物理的なコピーを用意しているだろうが、多少なりとも時間稼ぎにはなる。

監視カメラのないひなびた道の突き当りは、海に面した崖だった。

アララファルはもちろんそのことを知っている。

車を止めて、遙か遠くのアルマナイマ星にアクセスの腕を伸ばした。

国際宇宙港の管理棟のアラームを鳴らす。

当然そこには宇宙港の管理人であり、黄金の王に忠誠心を持ったアムがいるはずであったが、応答は無かった。

宇宙港の警備システムに割り込んで周辺をスキャンしてやったが、生物といえば鳥か海獣くらいしか引っかからず、アムはおろか、同じく配下に組み込んでやった小生意気なセムタム族のトゥトゥもいない。

人の姿では物理的な距離が彼の能力を阻害する。

アルマナイマ星における電子的なフックは宇宙港のみであり、そこからの反応が無ければ人の姿に擬態した状態の<黄金の王>は手が出せない。

「役に立たんやつめ!」

と憤慨しながら、アララファルは車のドアを勢いよく開けて外に出た。

テラフォーミングに飼いならされていない荒々しい波が、崖下で砕け散っている。

大股に歩いて崖の先に立つと、瞬時、神たる能力を解放して惑星ニューハワイキの防衛能力とカメラのすべてを無効化し、本来の姿となって天へと飛んだ。

こうすれば、また別のフックを掴むことができる。

後日、ニューハワイキの海岸線で<下から上へ>走った雷のことは惑星の人々を騒然とさせたが、政府の調査により、レンタカーの爆発により惑星の管理機能にバグが生じたために起こった現象と結論付けられたという。

アララファルにとってはどうでもいいことである。

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