元勇者なのに自室で対策を練っている
夜、自室。
暗い部屋に、デスクトップパソコンのディスプレイの青白い光だけがぼやっと浮かび上がる。
今夜PCを起動したのは、以前のように掲示板の連中と見苦しい論争をするためではなく、今日の放課後に【
【
これからの学園生活でヤツの監視の目をごまかす必要がある以上、今最優先でやらなければならないのは、ヤツを知ることだ。
メモパッドを開き、記憶の中から引きだした情報を書き留めていく。
「まずは、鹿苑自身の出自に関してだが……」
……おかしい。
万が一にも読み取れていないということはないはずだが……データが空っぽだ。
日本政府の特務機関に身を置いているなど、ここ数年の情報は出てくるのに、生まれてから最近までの鹿苑の記憶データが空っぽなのだ。
家族の情報はおろか、通っていた小学校とか人間関係とか、鹿苑自身の過去に関する情報が一切ない。もう一度、【海馬改竄】が失敗したという可能性を疑うが……あり得ない。ヤツ自身に関する記憶データは、間違いなく全て読み取ったはずだ。
まさか、鹿苑は記憶喪失なのか……?
今それを考えていてもキリがない。
次は、何故俺を狙っているのかについての情報を引き出そう。
「鹿苑は、何故、俺を狙うのか……?」
そう自分に問いかけると、今までバラバラに保存されていた記憶データが繋がり、ハッキリとした形と文脈を以て、記憶の表層に現れ出る。
鹿苑が所属する組織の名は、日本政府のトップシークレット……最高機密政府組織『異界管理省』。
関係者たちは『Administration Ministry of Another Universe』を略し、『
現在日本には、一度異世界に転移してまた戻ってきた人間が、確認されているだけで103人存在する。
そういった人間は『
「……総理大臣と、ごく一部の人間……ねぇ。ホントに限られた人間しか知らないみたいだな」
鹿苑の頭の中に、その『ごく一部の人間』が具体的にどんな人間なのかという情報が一切入っていないのが少し気になる。
普通に考えれば官僚とか、総理に近しい人間なのだろうが……。
鹿苑たちAMAUエージェントの任務は、俺のような帰還者が能力を悪用していないかどうかを監視し、悪用しているようであればスキル使用を制限する特殊手錠にて捕縛の上、AMAUの研究所へ強制的に連行するというものらしい。
芥ノ調は、スキルを使用したかどうかを判別する装置であると同時に、剣や銃、槍やかぎ爪に変形することで武器にもなる、対帰還者用特殊兵器なのだとか。
任務には常に帰還者のスキル使用などの危険が伴うため、AMAUのエージェントは全員、自身や周囲の人間の身の危険などの正当な理由がある場合に限り、監視対象である帰還者の殺害が許可されている。
「……マジかよ」
俺の馬鹿野郎。今日思いっきり銃突きつけて脅してるじゃねーか。
これでもう鹿苑は、俺を殺害するに足る『正当な理由』を持っていることになる。明日からは命を狙われての学園生活か……やれやれ。
……あれ? でも、銃を出した時、【
【
発砲する気が無いことを見抜かれていたか、あるいは……。
……やめよう。考えても仕方のないことだ。
ともかく、AMAUという政府組織は俺のような異世界帰りの人間を狙っていて、鹿苑はそこから派遣されて俺を監視している……ということだな。
美少女に監視されるとか、数日前までの俺ならきっと鼻の下伸ばして喜んでいたんだろうけど……はぁ。あっちの世界ならともかく、こっちの世界で、ただの高校生の身分で命を狙われるとは、夢にも思わなかった。
命の危険を自覚すると、なんだか急に寒気がしてきた。台所へ降りて湯を沸かし、インスタントコーヒーを作ることにする。
スキルを使えば、温かいコーヒーくらい一発で作れるのだが、監視の目もあるしこれから学校ではできるだけスキルに頼らず生活しなくてはならない。こういった小さいところから、スキルを使わないクセをつけていかないとな。
鍋に入れた水道水が沸騰してきた。火を止め、あらかじめインスタントコーヒーの粉を入れておいたマグカップに、こぼれないようにゆっくりとお湯を注ぐ。
銀のスプーンで切るようにかき混ぜつつ、2階へ上がる。隣の部屋で寝ている妹を起こさないよう、足音を殺し、ドアの開閉音も殺して自室へ入る。一口だけコーヒーを口に含んで、パソコンのディスプレイ脇にマグカップを置いた。
「さて」
続きだ。
次に知らなければならないことは……スキル発動が、鹿苑たちAMAUに勘付かれる条件だな。
スキル発動によって生じる能力波は、そのスキルのレベルに依存する。
レベル1なら約10~40
レベル2なら約40~110AHz、
レベル3なら約110~350AHz、という具合だ。
発生した能力波は音のように空気中を伝わり、50AHz程度なら半径100メートルほどの範囲まで届く。音の振動と違うところは、壁などで反響せず、そのまま通過すること。
……このへん鹿苑のヤツもテキトーなのだろうか、具体的な数値が記憶されていないが……おそらく、レベル3以上のチートスキルを使うと、能力波が学校全体に届き、芥ノ調を使っていなくても鹿苑が俺のスキル使用に気付けてしまうみたいだ。
けっこう制限キツいな……。
能力波の存在を知り、ある程度知識を持っている者なら、何も装置を使わなくても約330AHzより大きい能力波の発生を察知できる。
また、能力波検知装置である芥ノ調は、アンテナを伸ばした『ラジオモード』に変形させている間は、約70AHzより大きい能力波を検知することができる。
「なるほど。じゃあ、レベル1スキルはほぼいつでも使えるわけか」
さすがに鹿苑の目の前で露骨に使ってしまったら速攻で見破られてしまうだろうから、そこらへんは臨機応変に、コッソリやる必要があるが。
コーヒーをもう一度口に含み、ふとパソコンのディスプレイの時刻表示を見ると、午前1時を回っている。
レベル1スキル【
今日は色々ありすぎて精神的に疲れたしな……。
「……今日はこの辺にしとくか」
鹿苑から読み取った情報をまとめた文書ファイルに、『激シコ画像URL集』と名前をつけて保存。PCをシャットダウンし、コーヒーを飲み干す。
ディスプレイの光が消えると、もともと電気をつけていなかった部屋はほとんど真っ暗になった。
タオルケットをぐちゃぐちゃにしたマットレスに飛び込み、じっと目を瞑る。
明日から、政府機関に追われながらの学園生活が始まるが……俺は絶対に、ヤツらに怯えたりはしない。俺は、スクールカーストの
AMAUの全貌が分からないから、とりあえず今はコソコソとバレないようにスキルを使って生活してやることにするが……やれると判断した場合は、俺がヤツらを潰してやる。
その時真っ先に消すのは、鹿苑アツメ。お前だ……!
黒い闘志を燃やしながら明日からの行動に関してあれこれと考えているうちに、俺の意識はまどろみの中へと沈んでいった。
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