元勇者なのに美少女を嬲っている
ほとんど使われないため、普段は防火扉で封鎖されているウチの高校のエレベーターホール。
放課後、言われた通りに鹿苑の導きに従ってやって来たそのスペースで、俺と鹿苑は自然と向き合う形になった。
今日転校してきたばかりのコイツが、エレベーターホールを閉鎖している鍵付きの防火扉をいとも容易く解錠……明らかに怪しいが、あえて突っ込む気は無い。
しゃらん、という効果音でも鳴りそうな優雅さで、胸の前にかかった銀の三つ編みの片方を除けると、鹿苑は肩にかけた竹刀入れのようなものに手をかけた。
「……お互い、遠回しな話は好みじゃないでしょう?」
「俺は嫌いじゃないけどな」
「そうですか」
一陣の風が走る。
いつの間にか、鹿苑は俺の背後に立ち……後ろ手を掴み、拘束していた。
「私は嫌いです」
スキルを使っていない今の俺には、今の鹿苑の化け物じみた動きを、目で追うので精一杯だった。
まず、竹刀入れからガチャガチャとした剣状のものを取り出す。その何かが、鹿苑の奇妙な手の動きに合わせて変形。ロボットアニメの比じゃない、まるで虫の変態のようなうねうねとした気持ち悪い挙動で歯車と機構が動いて、あっという間にオモチャの銃みたいな形になる。
変形が終わりきらないタイミングで、鹿苑が足を踏み出す。弾丸の如く迫り来る鹿苑の身体に、スキルを使えない俺の身体は全く動けないまま、気付けば身動きが取れない状態にされてしまった。
「あなたが勇者であることは分かっています、銀閣キンショウ」
遠回しな話が嫌いである、という前置きの通りに、鹿苑はひどく単刀直入にそう切り出した。
額から嫌な汗が一滴、つらりと落ちる。
「無駄な抵抗はしないように。さもなくば……風穴を開けます」
こめかみに変形銃が押し付けられ、凄んだ声の振動が、その銃を伝わるように鼓膜を叩き、頭蓋骨の中で反響する。
やられた……心の中で舌打ちし、対策を考えながら、表面上はいきなり拘束されて狼狽える一般人を装う。
「ろ……
「これが冗談じゃないことぐらい、とっくにあなたは見抜いているのでしょう? その
鹿苑のこの発言……!
俺は今、スキルなんて全く使っていない状態だ。
厳密には、他のスキルの発動を抑止する【
コイツ、もしかして……俺がスキルを発動しているかどうか見抜けないんじゃないか?
危機に直面した俺の頭脳が、これまでに鹿苑の行動や言動の中から得られたいくつかの情報から、あるひとつの結論を導き出す。
「……あなたは、生きているだけで罪なのです」
何故俺がほぼ見ず知らずの相手にこんなことまで言われなくてはならないのか……薄々、というか99%、俺は分かっている。
それは、俺が異世界帰りだから。
それは、俺がチートスキルを持っているから。
それは、俺がこの世界にとっての脅威だから。
そうだ。俺は、強い。
改めて、何故俺がこんな女にこんなことを言われなくてはならないのか?
「…………酷いなぁ」
「動くな!」
俺の手首を掴む手と、こめかみに突き付けられる銃に力がこもり、少し痛む。
クソが、いってぇな……。
殺すぞ。
「俺が何をしたって言うんだ? 勇者とかスキルとか……さっきから何言ってるか分からないんだよねぇ。夢でも見たんじゃないの」
「……とぼけないでください。あなたのその変貌ぶりは」
「あれ? 鹿苑さん、今日転校してきたばかりなのに、なんで俺のコト知ってんの? もしかしてストーカー? 怖いなぁ~」
「立場が分かっていないようですね」
ふっ。
つい笑ってしまい、ゆるく肩が揺れる。
「そりゃお前だよ」
拘束されている腕の、肘の関節を外し、普通の人間の可動範囲では考えられない方向に曲げる。そのまま、体重移動の勢いだけで鹿苑の体を持ち上げ、下げた姿勢の背中にそれを乗せる。
「っ……!?」
予想できるはずもないその一瞬の動きに、せっかくこめかみに突き付けた銃も発砲できないまま、鹿苑はされるがまま、背中を飛び越す形で俺に投げ飛ばされる。
外した間接を戻しながら、体勢を戻し、宙に浮いた鹿苑の横腹をサッカーボールのように蹴り飛ばす。
「うぶっ……!!」
一瞬苦しい声を出しながら、まるでサッカーボールみたいに鹿苑の体は簡単に吹っ飛び、エレベーターホールの壁に脇腹から思い切り叩きつけられた。
あぁ、気分がいい。
異世界から帰ってきても、チートを使わなくても、この桁外れの戦闘能力は健在のようだ。
力の差が明確であるとはいえ、不意を突かれてバッキュンと撃たれてしまってはたまらないので、とにかく安全確保。鹿苑が取り落とした銃を粉々に踏み潰す。普通の銃では考えられないほどの量の小さい歯車や機構がぼろぼろと出てきたのが気持ち悪かった。
頭を強く打ったのか、意識は失っていないようだが、ぐったりと壁にもたれかかるように倒れて動けないでいる鹿苑の銀髪を乱暴に掴み、後頭部をぐりぐりと壁に押し付ける。
「立場が分かってないのはお前だって言ってんの。硬ぇモン頭に押し付けられたら痛いだろ? 自分がやられて嫌なコト、人にやっちゃいけないんですよぉ~」
「ぐ……うぅ……」
「先生にチクってもいいけど、これ正当防衛だからね? いきなり銃みたいなの突きつけられたんだもん、ちょっと蹴っ飛ばしちゃうくらい当然の反応だよねぇ」
「この……下衆……!」
生意気な血走った目が、俺を見上げる。
ぴくり、と、自分の目尻に力が入ってしまうのを感じる。
「……ふぅん。こんだけやられても、まだ立場分かってないんだ」
「黙れ! あなたみたいにズルして生きてる人間が……この世界で、必死に努力している普通の人と同じように生きていていいわけがない!」
「だからさぁ。ズルとかチートとか、意味分んらないんだって……ていうかうるさいんだよね。ちょっと黙っててくれるかなぁ?」
鹿苑の髪を掴んだまま、俺は、準備していたモノを取り出す。
懐の中に手を入れて、レベル3チートスキル【
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