元勇者なのにボッチ飯を恐れている
キーンコーンカーンコーン。
「おっしゃ、午前の授業終わったな……竹林!」
「くっ……男に二言はねぇ! 書くならとっとと書きやがれ!」
4限目終了のチャイムが鳴るのと同時に、3限目の体育で約束した罰ゲームを実行するため、日向がネームペンを構えてヒヒヒと笑いながら竹林に近付く。
竹林は竹林で、腹を決めたらしく腕を組んでギュッと目を瞑り、日向にされるがままの体勢だ。
馬鹿だなぁ、と笑ってやりたいところだが……そんな場合じゃない。アホどものコントを見て笑っている場合ではないのだ。早急に回避せねばならない危機が目の前に迫っている。
ボッチ飯の危機。
異世界で培ったコミュ力を以てしても、この時期、他のグループに突然、「仲間に入れてくれよ」などと言って割り込むのは難しい。
4月下旬といえば、もはやクラス内の人間関係はある程度固まり切った状態。
ある者は一緒に昼食を囲む仲間を容易に手に入れ、またある者は友達を昼食に誘う機会を失い一人寂しく弁当をつつく。またまたある者は、トイレの個室にこもって、いわゆる『便所飯』なんてことも。
当然ながら一昨日までの俺はチートスキルも何もないただの陰キャだったので、昼食を囲う仲間どころか友達の1人もいるわけがなく、自分の机に陣取って、朝コンビニで買ってきたパンをすぐに食べ終え、イヤホンつけてスマホでVtuberの動画を見たり、机に突っ伏して寝たりするしかなかったわけだが。
けど今の俺は違う。このチートスキルと成長した精神力を使って、クラス内カーストを上げ、『何でもできる銀閣キンショウ』にならなければならない。
さて、作戦を練ろう。
まだチャイムは鳴ったばかり……。異世界で成長したこの頭脳を使えば、作戦を考えて、どこかの昼食グループに混ざる時間は普通にある。
まず最初に捨てるべき選択肢は、他のボッチを誘うこと。
これだけは絶対にない。元陰キャと陰キャが友達になったところで、そこには陰キャグループが完成するだけだ。クラス内カーストを上げることには繋がらない。
同様に陰キャグループに混ざるという選択肢も除外。昼休みに、メシもそこそこに分厚いカードスリーブをバチバチいわせながらカードゲームしてるような奴らと同列に思われたら終わりだ。ド陰キャの烙印を押されてしまう。
他には、隣の席の鹿苑を誘うという手も、一応はある。
コイツの方から俺の隣の席を希望してきたのだから、俺が昼食に誘っちゃいけない道理はないだろうし。それにコイツに近付いていれば、転校生への物珍しさで集まってくる陽キャとお友達になるチェイン効果も得られる可能性が高い。
だが……危険すぎる。
どうもコイツは、異世界のこととかチートスキルのことについて勘付いているフシがあるし……俺に半端ない敵意を抱いている。今の段階で迂闊に近付くのは危険かもしれない。
横目で隣の席の鹿苑を確認すると……あれ、いない。
周りを見渡すと、すぐに姿は見つかったが、もう教室の後ろ側の引き戸から出ていくところだった。弁当もサイフも持っていないところを見るに、手洗いにでも行ったのだろうか。
……ともかく、鹿苑もナシだ。
となれば、現時点での最適解はひとつ――!!
「なぁ銀閣、今日のドッジすごかったなーお前!」
「え……あ、あぁ。だろ?」
ボッチ飯回避の最適解――それは、『体育でのドッジボール』というホットな話題を共有できて、なおかつ、クラス内カーストでかなり高い位置にいる日向と竹林を誘うこと……。
その解を導き出してカバンから弁当を取り出した瞬間に、俺の机を見下ろすように、竹林と日向の暑苦しい巨体が前に立っていた。
竹林の額には、すでにきったない字で「内」と書かれている。
「ちくしょー、銀閣があんなにデキるとは思わなかったぜ」
「お前、スポーツテストとかでは手ぇ抜いてたのか?」
「いいや、この週末で覚醒したんだよ。今から弁当食うけど、よかったら一緒にどう?」
「そりゃいいけどよ……」
おどけた調子で言ってみせると、周囲の空いたイスをこっちに寄せながら、2人も自分たちのコンビニ飯を俺の机の上に置いた。
よし……! 完璧だ、天は我に味方している!
俺の『覚醒』というワードに、竹林は「なんだそりゃ」なんて笑っていたが、日向は珍しく難しい顔をして首をひねった。
「たしかに実際、こないだまでお前、すげぇ運動オンチだったけどさ」
「はっきり言うな」
「別に本気出してないようには見えなかったんだよな。だからまさに『覚醒』って感じなんだけど……あり得るのか? 一週間弱でこんなに人間変わるって」
う。日向コイツ、やっぱり鋭いな。
「そんなに難しく考えることねーだろ。アタマでも打ったんじゃねーか?」
竹林は見た目通りのアホだが。
さすがはカースト上位者というか、異世界である程度自信と社交力を身に着けた今の俺でも圧倒されるほどのコミュ力だ。
おまけに2人ともアホみたいに顔がいい。男の顔を細やかに観察するシュミはないが、なんていうか『シュッとしている』。額に汗の似合う、爽やかな好青年って感じだ。
「馬鹿野郎。アタマ打って剣道強くなるなら、今すぐ部活の練習メニュー全部『アタマを竹刀で叩きあう』に変えるっての」
「……まぁ少なくとも、『肉』と『内』を書き間違えるような高校生は、一回何かでアタマ打った方がいいと思うけどな」
「え」
「え」
竹林と日向が一瞬固まる。
「悪い、ちょっと」と言って、近くで弁当を食べていた化粧の濃い女子から鏡を借りた竹林は、短い前髪を掻き上げ、鏡越しに自分の額を確認する。
鏡写しのきったない『内』が、そこに映っていることだろう。
竹林は、一瞬で両肩をぐいっと引き上げ、ひきつった笑顔で礼を言って女子に鏡を返すと、ゆっくりと振り返り、顔を赤くして苦笑いする日向の胸倉を引っ掴んだ。
「テメェは小学生レベルの漢字も書けねぇのか!」
「い、いいじゃねーか別に! 『人』1個付け足せば済む話だろ!」
「『人』1個付け忘れたことが問題だって言ってんだ! お前、ヒト1人の命をなんだと思ってやがる! この人でなし!」
「命関係ないだろ」
てか、『肉』だろうが『内』だろうがラクガキには変わりないだろ。どこにそんなキレる要素があるんだよ。
俺のツッコミもほとんど聞き流して、竹林と日向はお互いの腕を掴み合い小競り合いを始める。こいつらの関係性を知らない人は、取っ組み合いのケンカだと思って、慌てて止めに入るかもしれない。
日向は剣道部、そして竹林は野球部で、二人とも一年生にしてそれぞれの部でエースを務める逸材だ。
これは体力バカの二人だからこそ成り立つコミュニケーションなのだろう。
これからのクラス内カースト向上計画のためにも、二人とは仲良くなりたいところだが、この男臭い暑苦しい関係に割って入る気にはなれないな……。
「ちょっといいですか、銀閣くん」
いつの間にか、鹿苑が俺の机の横にぴったりと貼り付き、その大きな
レベル1スキル【
「あ、あぁ……いいけど」
少し動揺する俺とは対照的に、鹿苑はやはり淡々と用件を述べる。
「放課後、少しついてきてほしい場所があって……ご同行願えますか?」
「……その言い方だと、なんか俺、捕まえられちゃうみたいだけど」
「あら、冗談がお上手ですね。うふふ」
そんな真顔で、なんの感情もなく「うふふ」って言われても。こえーよ。
それだけ言うと、鹿苑はカバンからカロリーバーを一本だけ取り出して、それだけ持って教室からさっさと出ていってしまった。
唖然とする俺。ぽかんとする日向。首を傾げる竹林。
「……変な女だな」
「まぁ、変な奴同士、お似合いなんじゃね」
「誰が変な奴だ、誰が」
だが、鹿苑のやつ……俺をどこに連れて行く気だ?
弁当を食べ終えた俺は、アホ二人との会話をそこそこに流しつつ、放課後にヤツと対峙する時のための準備を始めるのだった。
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