元勇者なのに体育でドッジをしている

 今日、月曜日の3限目は体育。


「うぃー、じゃあ今日はドッジやりまーす」


 高校生活が始まったばかりだというのに、何が悲しくてドッジボールなんかしなくちゃいけないのか。もうちょっとバスケとかサッカーとか、そういうのがあるだろ。いかにも体育っぽいスポーツが。

 桂春高校イチのテキトー教師こと倉橋いわく、「体力テストをやるために取っていた授業コマ数が余ったから」らしいけど。それにしたってドッジボールはねぇだろ。やりたきゃ昼休みに勝手にやるわ。


「うおおおおおおおお!!」

「全員俺の魔球でブッ殺してやる!」

「僕に受け止められないボールなどないッ!」


 ……マジか。こういうノリか。


 当然ながら体育の授業は男女別々に分けられていて、女子はこのだだっ広いグラウンドの遠く離れた反対側でバドミントンをしているのだが、その女子たちがビクッとこちらを振り向くくらいの声量で、陽キャ共が叫ぶ。

 何なんだ、ドッジボールの何がお前らをそんなに熱くさせるんだよ。コ〇コロコミックかお前ら。

 ていうかドッジするのに「ブッ殺す」って単語を出すな。時速何百キロの球投げる気なんだよ。スポーツマンシップに則れ。


 俺が心の中に押しとどめた数々のツッコミや愚痴は当然聞き入れられることはなく、クラスの男子20人をちょうど半分、10人1チームの2チームに分けて、授業時間が終わるまでひたすらドッジボールし続けることになった。

 AチームとBチームに分かれ、俺はBチーム。


 まぁ競技がドッジボールなのはともかく、体育の授業は、デキるところをみんなにアピールして、今は最下層レベルのクラス内での地位を上げるチャンス。

 チートスキルを使わなくとも、異世界転移の恩恵で身体能力は格段に向上しているし、クラスカーストを駆け上がるためにも少し本気を出してやろうかと思っていたのだが……状況が変わった。今は、鹿苑の目がある。

 アイツの目的は今のところ分からないが、俺のスキルのことを知っている以上、アイツのいる場所で異世界で得た力やスキルをホイホイ使うのは得策じゃないだろう。

 ちょっとだけ粘って、あわよくば一人当ててから、中盤あたりでポカっと当たって退場することにするか……。


 などと考えていた矢先。

 男子の中でも特に声のでかい2人……Aチームリーダーの竹林とBチームリーダーの日向が言い争っているような声が聞こえてくる。


「は? 何お前、Aチームの絆ナメてんの?」

「俺らBチームが最強だし。お前らも悪くはねーけど、言っちゃ悪いけど俺らに比べたらカスだし」

「じゃあ負けた方は罰ゲームってことでいいよなァ!?」

「いいよォ!!」


 いいよォ!! じゃねぇんだよ。小学生なのか?


「じゃあ負けたチームのメンバーは全員、午後の授業はデコに『肉』って書いた状態で受けるっつーことでいいよなァ!?」

「いいよォ!!」


 いいよォ!! じゃねぇんだよ。勝手に俺らまで巻き込むな。



 その後、俺を含めた普通の男子が「罰ゲームはお前らだけで勝手にやってろ」と抗議し、竹林と日向も、とりあえずは俺たちに罰ゲームを強制しないことを約束してくれた。

 しかし「その代わり手を抜いたりしたら許さねぇぞ!」と、我がチームのリーダーである日向にキッチリ釘を刺されたため、元々考えていたようなちょっとだけ活躍してすぐに退場する作戦も使えなくなってしまった。

 レベル1チートスキル【人間鑑定ヒューマニアム・ジャッジ】を使って日向の人間的素質を観察してみたが……コイツはアホだが、1年生にして剣道部のエース候補なだけあって、スポーツのことに関してはやけに鋭いようだ。俺がいかに本気のフリをして手を抜いても、すぐに見抜いてくるだろう。

 チートスキルを使わない範囲で、できるだけ本気で取り組まなければ……。


 10分ほど、各チームに分かれて軽くアップをし、試合に臨む。

 一本勝負、負けた方のリーダーが罰ゲームだ。

 先攻・後攻を決めるジャンケンでは、Aチームの竹林が勝った。


「じゃあ俺が勝ったからAチームの先攻でいいよなァ!?」

「いいよォ!!」


 いいよォ!! じゃねぇんだよ。流行ってんのかそれ。


 試合開始のホイッスルが鳴るまでに、ちらっと女子の方を覗き見る。

 これは性的興味による行為なんかではなく、もちろん、この場唯一の危険因子である鹿苑の目がこちらを向いていないか確認するためだ。

 よし、バドミントンに集中してるようだな。やたら上手いサーブをカッコよく決めて、他の女子連中からキャピキャピ褒められている。


 ある程度集中が逸れているが、今ならスキルを発動してもバレないか……?

 アイツが俺のスキル発動に気付く条件は不明だが……【因果読みカンニング・フェイト】が、この時間中はレベル2までのチートスキルなら使っても問題ない、と言ってくれている。

 多少なら……ズル本気が、使えそうだ。


「うぃー、じゃあ試合開始しまーす」


 俺の思考がまとまるのと同時に、コートの外に置かれたパイプ椅子に腰かけている倉橋先生が、やる気なくそう宣言し、ホイッスルをくわえる。

 ピュイーーー。やる気のない性格は笛を吹く音にも表れるのかと感心してしまうほど情けない音と共に、試合開始。


 まずは状況把握……それぞれ内野には8人、外野に2人。Aチームの方は、リーダーである竹林を初期の外野のうちの1人として配置したらしい。

 ふつう、ボールを当てられて外野に行った選手は、内野にいる相手選手からアウトを奪えば内野に復帰できる。だが初期の外野は、内野の相手選手からアウトを奪っても、内野に復帰することはできないというルールがあるのだ。

 つまり、完全無策の我らがBチームとは違い、Aチームには『外野から挟み撃ちで攻める』という作戦があると考えられる。

 一番最初にボールを持っていたAチーム内野の水田は、一旦俺たちに向かってボールを投げるようなフェイントをかましてから、案の定、外野の竹林の方へボールをパスした。

 完全に水田のボールを受ける構えだった日向は、反応が遅れてしまう。


「しまった!」

「まずはテメェからだ、日向ァ!!」


 竹林、悪く思うなよ。呪うなら、元チート無双勇者を仲間に引き入れられなかった自分の運を呪え。


 レベル2チートスキル【神経翠雀ミニッツ・ゾーン】発動。

 感覚が一般人の引き出せる極限のレベルまで研ぎ澄まされ、周囲の時間が、スローモーション映像の如くゆっくりと流れ始める。


 さらにレベル2チートスキル【原子計測ミクロ・メジャー】発動。

 竹林から日向に向かってボールが放たれる際の射線と、自分が今いる位置との垂直距離は……3.42398メートル。十分に割り込める位置だ。

 立て続けに、レベル1【盾ノ勇者パラディン・パリィ】発動。素早く日向と竹林の間に割って入り、今にもその手から離れそうな竹林の剛速球を、真正面から受け止める構えを取る。

 ここまで、コンマ2秒あるかないか程度。

 竹林の、太い流木のような引き締まった腕が、鞭のようにしなって、ボールを押し出す。マンガみたいにギュンと変形したボールが、スローモーションの世界の中でもひときわ速度とエネルギーを以て躍動し、俺を射殺さんと迫る。


『なっ……!?』


 ここでようやく、竹林と日向が驚いた表情をする。

 まぁ、普通の人間の反応速度としては良い方なんじゃないか。


 ボールの回転をじっくりと目で追いながら、優しく包み込むように両腕でボールを挟むことで、剛速球の持つエネルギーを完全に殺し切る。


 完全にボールを受け切ったところで、【神経翠雀ミニッツ・ゾーン】解除。

 体感時間が正常に流れ始めると同時に、俺のスーパーキャッチに周囲がざわつくのを感じる。


 ――あぁ、これだ。


「ぎ、銀閣、お前……!」

「俺の『アルティメット・竹林ショット』が破られただと……!?」

「なかなか良い球だったよ、竹林」


 必殺ショットに名前をつけたくなるのは分かる。俺もスキル名とかカスタム銃とかに厨二ネーム付けてるから大いに分かるよ。

 大いに分かるが、竹林。

 自分の名前を入れるのはどうかと思うよ、マジで。



 5分後。

 その後も、俺はレベル2以下のチートスキルを駆使して、敵からアウトを奪ったり味方をアシストしたりと、Bチームに多大な貢献を果たしていた。

 戦況は、誰がどう見てもこちらが圧倒。

 Aチームの外野数名が寄り集まってコソコソと話している会話内容が、レベル1チートスキル【等活地獄耳ヘルズイヤー・ノルマーレ】を通して、鮮明に聞こえてくる。


「ま、マジで、あいつ銀閣か?」

「数日で人間あそこまで変わるもんかよ……」

「……いや、ねーだろ。今まで鷹の爪隠してきたんだって」


 周囲のざわめきが心地いい。

 ダメだ、堪えようとしても、口元が緩んでしまう。


 ――これだ、俺が求めていたものは!


 今この瞬間、『何もできない銀閣キンショウ』は、『めちゃくちゃドッジが上手い銀閣キンショウ』になることができた。

 たかがドッジボールひとつだが、この瞬間ひとつひとつを積み重ねていけば、いずれは……なれるはずだ。

 いや、絶対になってみせる。

 『何でもできる銀閣キンショウ』に……なってみせるんだ!



「……哀れな人」


「えっ? 鹿苑さん、何か言った?」

「いえ、何も。……さぁ、続けましょう」

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