五
早退扱いになって、終電まであまりに時間がありすぎるから、どこか少しの遠出でもしようかと思った。
けれど、今の私はそう思うだけで激しく疲弊し、踏み出す前にやる気を失ってしまう。今まであんなにも長い時間、どうやって潰していたのか、もう、わからなくなっていた。
結局、無意味に山手線を一周してから部屋に戻った。
線路の向こうにいた頃、彼と同棲していた部屋の再現を目指して選んだ、同じような間取り、同じような家具、同じような雑貨が私を迎える。
まだ日があるというのに窓から光は入ってこなくて、あの頃の部屋とは別の部屋のように薄暗かった。
電気を点ける気にはならなくて──だけど、暗いのも静かなのも嫌だから、テレビを付けて通勤姿のままベッドに潜る。
冷え切った掛布団は一人だということを聞いてもいないのに教えてくれて、どうも居心地が悪い。少し前まで彼を身近に感じていたはずのベッドが、今はとても憎かった。何度も何度も寝返りを打って、そのたびに布団の隙間から入る外気が布団内温度を下げる。そのたび、心にまで風が吹きこむようで、やるせない。
テレビの番組が目まぐるしく変わっていった。
それは当然のことで、どうというわけではないんだけど、もう少しゆっくり進めばいいのにと思う。
だって、ゆっくり進めば、誰もミスしなくなるじゃないか。そうすれば、ストレスも減って、誰かに責任を求める必要もなくなる。少なくとも、私と彼の居ない、もっと、遠い未来の話だったはずだ。
そんなはずない。時間が過ぎたって、どうせ、結界は無くならないし、今日も彼とは会えない。
仕方ない。彼は人間だもの。
私は彼の優しさに甘えてしまっていたんだ。
化物が人間と相入れず別れてしまうなんて、遥か昔から決まり切っていたことじゃないか。
最近、向こう側の終電に彼がいなくてほっとしているのは、そういうことのような気がする。いつか来ると分かっていた終わりが訪れて、少し安心しているんだ。
だから仕方ないよ。仕方ない。私と彼が二度と会えなくても仕方ない。仕方ないんだ。でも、やっぱり、本当のことを言うなら、会いたくて仕方ない。
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