第6話

いつもの様に朝食を終えてから、私は一人で歩いてみたいと言った。いくら否定されても喋り続ける私に、フォールズさんは仕方ないといった風に松葉杖を渡し「猟銃の手入れをしてきます」と外へ出た。


私だって本当はすぐに手紙を出しに行きたいけれど、松葉杖に慣れるのが先なのでとりあえず家の中を歩く事にした。

廊下を行ったり来たりして、松葉杖の感触を確かめる。広い家なので部屋は無数にあって、見てるだけでも面白い。


懐中時計を確認する。部屋を見て回っていたら十五分も経っていた。そろそろ外へ出ても良い頃だろう。私は最後に一階の一番奥の部屋へ入る事にした。整理されている感じは無く、ミシンや古い絵画、カメラが無造作に置かれている。倉庫代わりだろうか。比較的新しそうなものを手に取る。幼児用の乳母車、服、おもちゃ…奥さんは妊婦だったという話を思い出し、悲しくなる。

薄埃を被ったアルバムにはロンドンの町並みやフォールズさんの白黒写真が入っていた。パラパラとページをめくって、大事そうに包装されていた写真達が目に入り驚いてアルバムを落としそうになる。

一つはタイタニック号を背景にスーツを着たフォールズさんとドレス姿の女性が写っていて、女性のお腹は妊娠しているのか少しだけ膨れている。でも、驚いたのはそこではなく、彼女の容姿だ。私と似ている。暗い色の金髪、顔の作りまでそっくり。もう一つの写真には同じ女性だけが写っていて、妊娠する前の様だった。彼女が着ている服は…クローゼットから私が借りたこのドレスだ。写真には『エミリア』と記されているーーーーーーまさか、この女性が奥さん?


その写真を見てから数分間、私はただ何も言わず部屋に立ち尽くしていた。

フォールズさんは帽子を取った私を見てエミリアと呟いていたのかもしれない。

ここまで親切に、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのは私が彼女に似ていたからなのだろう。

そうだとしたら、全て辻褄が合う。


「プレンダーガストさん」


玄関から私を呼ぶ声が聞こえ、慌てて部屋を出る。声の主はやはりフォールズさんで、猟銃を玄関のドアに立て掛けて窓の外を眺めていた。


「ここに居ます、フォールズさん」


「松葉杖の調子はどうですか」


「もうすっかり慣れましたわ。今手紙を出しに行くところです。それで…玄関の鍵を貸して頂きたいのですが」


「なら良かった。外は雨が降っているので、手紙は俺が出しておきますよ」


「…あ、いえ、今日はやめておきます。また今度、次の機会に…」


目を合わせる事は出来なかった。彼の優しい態度を少しだけ怖いと思い、何か返答が返ってくる前に階段を上って部屋へ戻った。

早く帰らなきゃ。長くここに居れば、恐ろしい目に合うかもしれない。覚悟を決めて、私はここから出る為の準備をする事にした。今日の夜中にこっそり家から抜け出そう。

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