宇宙を這う者―Cosmo Crawler

 3週間後、俺たち3人は宇宙にいた。デブリ投げ装置コスモ・クロウリング・システムたまに25時間に1度つくり出す1.2Gの人工重力の下、トレーニングルームでランニングマシンを軋ませる。


 研究者達は宇宙船コスモ・クロウラーのメイン・コンピュータに相当な労力を注ぎ込んだそうで。俺たち乗組員が操作方法を覚えるよりも断然信頼できるんだとさ。あいつら、船内での過ごし方と惑星へ到着後の船外活動について簡単にレクチャーしただけで、カップ麺でも作るみてぇな手軽さで大気圏外に放り出しやがった。


 とはいえ船内の生活は快適そのものだったね。映画、ゲーム、漫画、小説。時間を潰す手段は腐るほど用意されてた。快適すぎて『VRブラック企業・デバッガー編』なんてゲームにまで手ぇ出したくらいだ。


長旅っつーことで食糧事情も懸念されそうなもんだが、問題にすらならなかったね。


 宇宙船内部では全ての物質が完全に循環する。乗組員の排泄物やらシャワーの排水やらが分解され、3D原子プリンタで食事に再構成されるんだ。リチャード曰く:


「不潔?それは思い込みだ。船内の物質循環は結局のところ、地球の物質循環を数億分の一に圧縮したにすぎない。たとえば君のその水、テーブルの上のその500 mlのペットボトルだ。その中にはきっと、君の好きなアイドルのオシッコも分子レベルで混ざってる。」


 そう言われて一息に納得はできるもんじゃなかったが、試しにメシを食ってみたらどうでもよくなったね。ミシュランガイド三ツ星店を筆頭に、3万店舗・50万種を超えるメニューが再現されてやがるんだ。宇宙に出てしばらくはロマネコンティやらロッシーニやらやらを嗜んでみたが、やっぱり俺の舌には豚骨ラーメンとビールがちょうど良いみてぇだった。


 今日もトレーニング後にビールだな、なんて思ってると、隣のランニングマシンを走るジョンがこちらを向いて話しかけてきた。


「カッツォは奥さんいるの?俺さ、地球にフィアンセを残して来てて。このフライトが終わったら結婚するんだ。報酬で彼女にも抗老化治療を受けさせてるんだよ。ああ、俺たちはこの宇宙船に乗れて、本当に幸運だったよね!」


 俺は愛想笑いを浮かべて「ホントだね」と返しておいた。クソが、死亡フラグを立てんじゃねえ。ジェーンはといえば、こちらは元・海兵隊だそうで、奇声を発しながら丸太にコンバットナイフを突き立て続けていた。



 いつも通りの日常。今日も平和だ。



 そんな平和な日々が300



 ああ、そうさ。少し考えりゃあ分かることだ。1番近い太陽系外惑星?その距離じつに3.3光年、秒速30万 km光の速さで3年かかるんだ。この宇宙船の最高速度は秒速3500 km、デブリ投げ装置の処理速度の関係上、上限が決まってる。クソ速ぇが、光速に比べりゃ100分の1に過ぎねぇ。単純計算で300年だ。足漕ぎアヒルボートでアメリカ出張に行く方がまだマシなんじゃねぇか?


 そう、俺たちが実際にその惑星まで行く必要なんざ無かったんだ。無人探査で十分さ。なにが「来たれ英傑」だ、ただのパフォーマンス、人口問題のスケープゴートに利用されただけじゃねぇか。火星にゃ英傑が行ったのかもしれねぇがな。ジョン、お前のフィアンセとやらも、きっと地球で他の野郎とよろしくやってるよ。


 不老不死にしてやるから、何年かかってでも、這いつくばってでもたどり着け。そいつが会社のオーダーだったわけだ。宇宙を這う者コスモ・クロウラーとはよく言ったもんだよ。

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