闘争-Calypso War 2

 俺達の前に現れた二足歩行する可愛らしいウサギ。俺は間違って月に来たんじゃねぇかと思ったさ。月にもウサギなんざいねぇがな。


 唐突な出来事に目を疑ったが、その直後には耳も疑うことになる。通信機越しに「はぁ、はぁ……」と、気色ばんだ気色の悪い吐息が聞こえてきたんだ。金髪イケメンの我が相棒は「カッツォ、ヤバい僕もう幸せ過ぎておかしくなりそうだ……」とぺたぺたとウサギに歩みより……ヨダレを垂らしてその白い毛皮を撫で回しはじめた。おかしくじゃねぇ、もう十二分におかしくなってやがる。


 実にやるせない時間が流れた。何が悲しくてこんな不毛で意味不明な光景を見せつけられなきゃならんのか。俺は現実から目を逸らそうとしたが抗いきれず、遠い過去に姉と義兄の愛の営みを目撃したときを思い出しながら、鼻毛を抜いてヘルメットの内側に並べ続けることでどうにか正気を保とうとしていた。


 その時だ。一筋の光線が奔った。ウサギの一羽が弾け飛んだ。ジョンがばたりとぶっ倒れた。


 俺は大丈夫かと叫びながらジョンに駆け寄りその体をひっくり返すと、宇宙服は透明な液体で満たされていた。ああ、そうさ。ヨダレで溺れやがったんだ。宇宙服ってのはやたらと気密性が高ぇんだ。死にゆくジョンを前にして、俺にできることはほとんど無かった。ヘルメットは外した方が良いのか?いや、外したら死ぬわ。冗談じゃねぇ、こんな死に様てめぇのフィアンセとやらにどう伝えりゃ良いんだよ?


 「ジョンはどうしたの?」と、ぱつんぱつんの宇宙服に身を包んだジェーンがばるんばるんと歩いて来た。


「ヨダレで溺れた。」

「意味が分からないわ。」


 ああ、そうだな。俺だって分からねぇ、何もできやしねぇ。何もできねぇからジェーンの右手を見る。おもちゃみてぇな青いレーザー銃。点滅する赤のランプがチャージ中を示すが点滅している。


 俺はレーザーに貫かれ、煙と火花を出すウサギを指差して、「なあ、殺す必要はなかったんじゃねぇか?」とジェーンに訊いた。


「はあ?ウサギが出たら駆除しなきゃ。スコットランドじゃ常識よ?」

「ここはスコットランドじゃねぇ。プロキシマ・ケンタウリbだ。」

「バッカみたい。私達は生存圏を拡張すべくやってきた侵略者インベーダーなのよ?なにを今さら良いコぶろうとしてんのよ。なんなら全部始末しちゃいま――」


 そしてその言葉は唐突に打ち切られた。突如発生した赤い砂嵐に呑み込まれて。


 砂嵐が凝縮されるように晴れ、その向こうから姿を現したそいつは、まさしく赤キノコとしか言いようがなかった。笠のフチが妖しく虹色に煌めいて。


 クソが。こんなもん、B級映画にもなりゃしねぇよ。


 それが俺の最後に見た光景に――




――チッ、もうゴール地球の重力圏じゃねぇか。クソったれ、あのウサギどもが仕掛けたスイッチが――

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