夏休み:水族館
8月9日の昼下がり。
夏休みが始まって早くも2週間が経過したある日のこと。
一馬と結月はリビングのテレビで夏の甲子園を見ていた。2人とも野球にはあまり興味はないが、負けている方をなんとなく応援していると、一馬の携帯からLINEの音がなる。
──なんだ? 珍しいなLINEなんて
一馬のLINEに友達はあまりおらず、連絡が来ることなどほとんどない。だからだろうか、LINEの通知音が少し懐かしく感じる。
LINEの送り主は澪からであった。内容は、
『かずくん久しぶり! 今度お姉ちゃんと水族館行くんだけど、良かったら結月ちゃんといっしょにこない?』
一馬は『ちょっと待ってね』と返し、結月に水族館へのお誘いが来たことを伝える。
「水族館!? 行く、絶対いく!」
もちろん大喜びである。例に漏れず一馬もこの夏休みは特にやることもあまりないので、暇を持て余しており、行くことには大賛成。
『2人とも行くよ、いつ行くの?』
『来週の月曜日! 朝の10時に駅に集合ね』
『了解』とスタンプを返して、この日のLINEは終わった。
そして迎えた水族館へ行く日。
この日もとても暑く、外を歩いていると頭から溶けてしまいそうな暑さである。
待ち合わせ場所は駅、とだけ伝えられたので、とりあえず正面入口の方へ足を運ぶと、
「あ、かずくーん! こっちだよ〜」
遠くの方で、大きく手を振る澪の姿が見える。一馬も手を振り返し、結月と供に駆け足で2人の方に向かう。
「ごめんね、待たせちゃったかな」
「ぜんぜん、私達も今来たところだよ」
デートの待ち合わせのテンプレのようなやり取りをした後、暑いのか「早く中入ろうよ〜」という結月の言葉に押され一馬たちは足早に電車に乗り込んだ。
電車の中は冷房が効いていて、夏の暑さなど忘れる程に涼しいものだった。一馬は、服の首元をつまみ、パタパタと服の中へ冷気を送り込む。
「やっぱり、夏は冷房がないとやってられないね」
「そーだね〜、私もそれには同感〜」
紬も、一馬と同じように服の首元をつまんで扇ぐが、紬の来ている服は少し緩く、少し引っ張ると胸の谷間が露出してしまう。
一馬はその谷間に吸い寄せられる感情をどうにか抑え、視線を横にそらす。
──しかし、
「あ~かずくん、おねーさんのおっぱい見てたでしょ~?」
一馬の眉がピクリと反応する、そしてどこかバツが悪そうに紬の方を向き、
「な、何のことかな~、むぎねぇの気のせいじゃないかな~」
一馬の顔は正面を向いてはいるが、目は明後日の方向へ散歩をしている。
「本当かな~、かずくん目が泳いでるよ~」
「そ、そんなことよりさ、むぎねぇはもう進学先決めたの?」
これ以上追及されてはいつかボロが出てしまうと思い一馬は無理やり会話を変える。
紬はムーっとした表情を少し見せたが、「んふっ」と鼻を鳴らして微笑み、
「決まってるよ~、なんかね推薦がきて決まったの~」
「へ~さすがむぎねぇだね。俺もやっぱ推薦狙おうかな……」
「いいんじゃな~い。一緒の大学来なよ~」
「か、考えとくよ」
などと会話をしているとすぐに目的地に到着、水族館の入館チケットを買い中へ入るとすぐに大水槽がお目見えだ。パンフレットに書かれているルートを確認すると、最後にこの大水槽をもう一度見るようだ。確かにこの大きさなら最初ですべて見るのは確実に不可能な大きさなのでとてもありがたい。
「うわー! 水族館なんて久しぶりに来たよー」
「そうだね、私も久しぶりだよ! 少しワクワクするね」
「よーし、今日一日堪能するぞー」
一馬がパンフレットを確認していると結月が澪の手を引いて走って先に向ってしまった。
「おーい、館内は走るんじゃありません」
一馬の注意もテンションの上がっている結月の耳には入るわけはなく、一馬と紬は水族館の入り口に取り残されてしまった。
「行っちゃったな」
「そーだね~、私たちは二人でゆっくり回ろうか~」
「だね~、回ってればいつか合流できるだろうしね」
歩き出そうとすると、紬が一馬の左腕に抱き付き、
「ち、ちょっと紬さん?!」
「なに~、だってこうしてないとはぐれちゃったら大変でしょ~」
「で、でもこの格好は……」
紬の方を確認すると、一馬の反応を楽しんでいるのだろうか、ニヤニヤしながら一馬の目を見ている。
「俺の反応がそんなに面白いのか?」という言葉が頭の中に浮かんだが、紬は昔からこういう性格で、小さい頃はよく澪とともにいじられたものだ。
「は~……わかったよ。降参」
「んふふ~、そうやって早く素直にすればいいのに~」
一馬はバツが悪そうに「ふんッ」と顔をそらし「早く行こ!」と強引に歩き出した。
──ここの水族館こんな感じだったかなー?
腕に引っ付いている紬の胸の感触を忘れるために、一馬は昔の記憶を探ることにした。
今日4人で来ている水族館は一馬が幼少期、こちら側に住んでいた頃にも存在していたものだ。両親同士が仲が良く、家が近所ということで、近衛姉妹とは小さい頃もよくこの水族館では家族で訪れていた、もちろん結月も一緒だ。
しかし、どんなに昔のことを思い出そうにも、あまり鮮明とした記憶は戻ってこなかった。
そのせいなのだろうか、どこか懐かしいような、それとは反対に新鮮なような、そんな気持ちで水槽を回っているとどうしてもテンションが上がってしまうようで、
「あ〜かずくん、小さい頃と同じ顔してるね〜」
「え、俺、そんな顔してた?」
「うん、してたよ〜なんかね、こんな感じだったかな〜? みたいな顔してた〜」
──むぎねぇは、エスパーかなにかなのか?
紬の感想はズバリ当たりだ。
一馬は喜怒哀楽がはっきりしている方ではない、かと言って無愛想か、と聞かれればそういう訳でもない。しいて言うなら普通だ。
そんな一馬の考えや行動を、紬は小さい頃からよく当てるのだ。本当に心の中を読まれているんじゃないか? と思うほどに。
「まぁ、久々に来るのはいいもんだね。小さい頃に来たっきりだし」
「確かにそうかも〜、小学生以来かな〜?」
「多分そのくらい、俺は小六で引っ越しちゃったから」
2人で会話を弾ませながら歩いていると、進んだ先に休憩スペースがある。時刻は丁度お昼時、お昼ご飯を食べるために入ることにした。
中の休憩所はかなり広く、モールなどにあるフードコートのようなもので、テラスでも食事ができるようだ。今日は日差しが強いからなのか、テラスの食事スペースにはパラソルが刺してあり、日差しを気にせずに食事できるようになっている。
「中と外、どっちで食べる?」
「せっかくだし外で食べよ〜、中は人も多いし〜」
外の机に荷物を置き、紬から事前に聞いておいた食べたいものを買いに、一馬は一人館内に戻る。
中は丁度お昼時だからだろうか、かなりの人がいる、そのほとんどが家族できていて、その列に高校生が一人並んでいるのは、ものすごく場違い感がすごい。
周りの視線を気にしながらも、店員に注文し、商品を受け取ってから紬の待っている席へと向かう。
「結構時間かかったんだね〜、結構人いたの〜?」
「かなりね〜、ほとんど家族連れだったけど」
「なるほどー、大変だったね〜。おつかれ様〜」
紬からのお礼に「ありがと」と返し、お昼ご飯の海鮮丼を机に置く。
水族館に来て、海鮮丼を食べるのはどこか気が引けるが、この水族館では何故かこの海鮮丼が美味しいと評判らしいのだ。
お昼ご飯を食べ終わり、この後の水族館を周り終わると、時間帯はもう夕方になっていた。
結局、澪と結月は見つからず、一馬が結月に電話をすると、「入口でてすぐのベンチにいるよ〜」と言われたので、その場呂へ向かうと、……何故か澪がとてつもなくぐったりとしていた。
澪に理由を聞いてみると、結月に付き合ってイルカショーとペンギンのお散歩を今日一日で見させられたとのこと。
残念ながら、一馬と紬はその時間帯その場所にいなかったため二つとも断念した。
二つのイベントはほとんど時間が空いておらず、二つを一日で見ようとすると、水族館の端から端に移動しなければならないのだ。
その後、ぐったりしている澪を一馬と紬で肩を貸しながら駅まで向かい、帰りの電車に乗る。
電車に乗りしばらくすると、瞼が急に重たくなり、一馬の視界はそのまま暗闇に染ってしまった。
──次は終電ー終電ー。
一馬は電車で流れるアナウンスによって目を覚ました。
一馬の目の前に座っている紬も、このアナウンスで目を覚まし、お互い隣で寝ている妹を起こし、駅でバイバイをした。
その日の夜。
一馬が風呂から出て携帯を見ると、LINEの通知が来ている、送り主は紬だ。
内容を確認するとそこには、電車で寝ている結月と一馬の寝顔写真だった。それとつけ加えて、「また行こうね〜」と来ている。
「全くあの人は……」
一馬は軽く鼻を鳴らし笑ったあと、その写真をしっかり保存して「絶対に行こうね」と返してLINEを終えた。
白色透明 あさひA @yumikun
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。白色透明の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます