夏休み

夏休み:オムライス

 七月の終わり、夏休みの初日の事。


 夏休みと言っても、一馬にとって夏休みというものは存在しない。その理由は、


「ん~。むにゃむにゃ。うへへ~……」


 一馬の夏休みが存在しない大きな理由は、このダメ妹、結月の世話をしないといけないからである。


「おーい、早く起きろ。もう朝だぞ」


「ん~まだ朝じゃん、お昼まで寝かさてよ……」


 乙女とはとてもいいがたい格好で寝ている結月は、一馬のモーニングコールに目をこすりながら返答する。


「何言ってんだ、休みだからってダラケてたら夏休み終わったときに学校に遅刻するだろ」


「そんなのその時何とかなるよ~。私まだ眠いの~」


「いいから早く起きろよ、朝ご飯冷めるだろ」


「す~……す~……」


 一馬と会話していたにも関わらず、スース―と気持ちのよさそうな寝息を立てる結月に一馬は、


「脳天チョップ!」


「はにゃ?!」


 一馬の脳天チョップを受けた結月はまるで猫のような悲鳴を上げおでこを抑えている。


「何するのさおにぃ! か弱い乙女に手を挙げるとは」


「お前が早く起きないからだろ、いますぐ起きないともう一度……」


「わ、わかったから、もう起きるから脳天チョップはやめて」


「分かればいいんだ、先に降りてるからな。早く来いよ」


 それだけ言い残し、一馬は結月の部屋を後にした。下に降りて朝起きて作っておいた朝食は、結月を起こしている間にすっかり冷めてしまっていた。その朝食をレンジで温めているとフラフラしながら結月がリビングに降りてきた。


「おにぃ、朝ごはんは~?」


「今レンジで温めているとこ、食べ終わったらシンクに入れておいてくれ」


「え? おにぃどこか出かけるの?」


「あぁ、夕食の買い出しにな、ついてくるか?」


「いく! これ食べ終わるまでまってて」


 そういうと結月は、まだ温め終わっていない朝食を無理やりレンジから取り出し、食卓テーブルに置く。


「まっててやるから、ゆっくり食べてろ」


「あ、はーい。ありがとおにぃ」


 今にも早食い選手権が行われそうな勢いの結月に、一馬はナイスなフォローをつける。



 そして、20分後。

 一馬の言いつけ通りゆっくりと朝食を済ませた結月とともに、近くのスーパーへと向かう。


「あれ? お兄さんと結月ちゃん?」


 声のする方へ振り向くと、


「あれ~彩葉ちゃんだ」


「おはよう結月ちゃん、お兄さんもおはようございます」

 

 彩葉は礼儀正しく軽くお辞儀をして挨拶をする。


「おはよ、偶然だね。色葉ちゃんも何か買い物?」


「はい、お昼ご飯を買いに。今日お姉ちゃんも親もいないので」


「そうなんだ。色葉ちゃんさえよければ、昼ご飯三人で食べない?」


 とはいっても、外食なんてしたらさすがに財布の中が寂しいことになってしまうので、お昼は一馬の手作りだ。


「いいじゃん! うちで食べようよ色葉ちゃん」


「で、でも……」


 遠慮しがちに色葉は一馬の方に視線を送る。「本当にいいんですか?」と言っているような視線である。


 その視線に一馬は軽くうなずき返事を送る。色葉の顔がパーっと明るくなり、


「分かった。じゃあお邪魔させてもらうね」


「やったー! おにぃ早く買い出し行こ」


 結月は相当うれしかったのか、隣にいる一馬の手首を引っ張り急かす。何となくついてきた先ほどとは比べ物にならないほど元気にはしゃいでいる。


 「買い出しは俺一人で行くから、二人は先に家に帰ってなよ」


 一馬は結月に家のカギを渡し、スーパーのほうへと歩き出す。



 スーパーでの買い物を済まし家に帰ると、結月と色葉はリビングにはいなかった。おそらく結月の部屋で漫画でも読んでいるのだろう。


 買ってきた食材を冷蔵庫へ入れ、昼ご飯を作る。今日の昼ご飯はオムライスである。簡単かつオシャレで客人へ提供する昼ご飯としては申し分ないものである。


「昼ご飯できたぞ=」


「はーい、すぐ行くー」


 リビングのドアをあけ二階へ向かって叫ぶと結月が返事をする。呼んだ後、テーブルに着き二人が下りてくるのを待っていると、本当にすぐ二人が下りてきた。


「お、今日のお昼はオムライスか~」


 「簡単だからな」と一馬が返すと、それに続けて色葉も「おいしそう」と嬉しそうに言った。


 正直うまくできているか自信はなかったが、「おいしそう」という感想をもらえただけで作った人間としてはとてもうれしい感想である。


 二人が席に着き三人で、いただきますをする。


「わー、すごくおいしいです。このオムライス」


 オムライスを一口食べて感想を言ってくれる色葉に、「それはよかった」と簡単な返答をしているが、一馬の内心では「やった!」とガッツポーズをしたいほど喜んでいた。


「うわ~、おにぃ、色葉ちゃんに褒められてニヤニヤしてる~」


 心の中でガッツポーズをしている一馬に、嘲笑を浮かべながら結月がひやかしを入れる。さすが実の妹、兄の考えていることなんて手に取るようにわかるようだ。


「そんなことない。誰だって手料理を評価されたら、うれしいに決まっている」


 本心を突かれて少し動揺したが、その動揺を隠すように自身のオムライスを一口ほおばる。


「本当にそれだけかな~」


「まだ続けるか、しつこいぞ。いいから早く食べろよ」


 これ以上何か言葉を発してはボロが出てしまいそうなので、一馬は静かに黙々とオムライスを食べ進める。


 色葉は、一馬と結月のやり取りを見て、そばで微笑んでいるだけだった。


 そして、三人ともお昼ご飯を食べ終わり、この後予定があるらしい色葉はすぐに帰ってしまった。


 その日の夜、隣の部屋で大爆笑をしている結月に本日二日目の脳天チョップをお見舞いし、一馬の大変な一日は、やっと幕を閉じた。


 









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