7月 テスト勉強会②

柊が勉強会を開くといった日の放課後のこと、教室には一馬・柊・沙希・澪の四人が柊によって集められていた。クラス一位二位を争う美少女二人and沙希にいたっては前回の中間テストでは学年一位という秀才である。


「っで、テスト期間中の大切な勉強時間を削ってまでここに集められたわけをそろそろ聞こうか」


「おい!そんな短い言葉で淡々と説教をするんじゃねーよ」


「まぁ、白川さんがいるってことはこの四人で勉強会とかいうんだろ?」


「そのとおり!白川さんがいれば百人力だ!」


 手をグッドの形にし柊は満面の笑みを浮かべて言う。


 「はぁ……」と小さい溜息を出したのは沙希だった。おそらく先ほどの発言とこれから起こるであろう勉強会へ溜息なのであろう。


「テスト期間は一週間だよね?土日とか場所どうしようかな?」


「土曜日なら俺の家が空いてるぞ」


「ナイスだ一馬!日曜はどうする?」


「あ、ごめん日曜日私部活の練習試合あるから参加できないや」


 携帯で今週の予定を見ていたのだろう、沙希が少し手を挙げて申し訳ないと謝る。


 『しかし困った。白川さんがいなくなっては勉強を教えてくれる人がいなくなってしまう、自慢ではないが俺の成績は中の上くらい、おそらくみーちゃんも同じくらいなのだろう。柊は論外。』


 などと考えていると、「あの~……」と澪がおそるおそる手を挙げた。


「どうしたの?みーちゃん」


「えっと、日曜日ならうちが空いてるかもおねーちゃんもいるし教師としては十分かと思うんだけど」


「えっ?!紬先輩もいるのか!これはもう日曜は決定だな」


 嬉しさのガッツポーズと同時に、鼻の下がこれでもかと伸びた柊の顔はまさに滑稽という他ない。


いつもながらの柊のノリに沙希が「まったく何言ってんのよ……(呆れ)」という。しかし表情はどこか悲しげに苦笑をもらしたように見えた。


「白川さんが来られないからって勉強さぼろうとするなよ?」


「そんなことさすがの俺でもしないっての。見くびるな!」


 その発言に一馬・沙希・澪の三人が「ふーん」と薄ら返事と疑いの目で返したのは言うまでもない。



__そして時は流れテスト本番まで残り二日となった週の土曜日のこと、今日は一馬・柊・沙希・澪の四人が一馬の家で一学期末のテスト勉強をする日である。


「お、柊からLANEか。なになに……」


 柊からきたLANEには「もうすぐ着くからな」とだけ。その連絡にスタンプで返信したと同時に家のインターホンがなる。


 すぐに階段を下りて玄関のドアを開けると、そこには沙希と澪が立っていた。


「おはよう!かずくん」


「おはよう!九条君」


「おはよう二人とも、柊ももうすぐ着くみたいだから先にお茶でも飲んで待っててよ」


 ふたりを自分の部屋に案内した後、来客用の菓子とお茶を持ってまた自分の部屋へと帰る。


その道中「旅館の中居さんたちってこういう感覚なのか?」などとくだらないことを思いながら自分の部屋を開けると、美少女二人が正座をして並んで座っている光景が現れた。


「なんで二人とも並んで正座してんの?」


「いや、えっと、男の子の部屋とか入るの初めてで……それでどうしていいのかわからず」


 あたふたしながら顔を赤らめ弁解をしている沙希は、普段のクールな印象とはまるで別人のようであった。


 柊が思いのほか遅いので、先に3人で始めるかとなった時、家のチャイムがタイミングよくなった。

おそらく柊であろう。「めんどくさい」という感情を心の奥にしまい込んで、一馬は階段を下りる。


「おーっす、悪いな遅れて」


「いいよ、主役は遅れて登場するのが定番だからな」


「おい!さすがの俺でも傷つくことはあるんだぞ?」


「悪かったってww まぁ上がってろよ、お茶持っていくから」


 玄関を開けると案の定、柊であった。今日の勉強会でおそらく一番頭が悪いであろう人間が一番最後とは……とも思ったがちゃんと勉強する気はあるようで何よりである。


 一馬は柊に部屋を教えて、またリビングにより柊用のお茶を持って自分の部屋に戻った。


部屋のドアを開けると、もう三人はすでに勉強を始めていた。なので、俺も柊のお茶を机に置き、俺も三人に混ざって勉強を開始する。


”約30分後”


「あ~、つかれた。頭痛い」


「だらしないわね~まだ30分しかたっていないじゃない」


 勉強開始からやく30分が経過したぐらいで柊のやる気はもうそがれてしまったようだ。人間の集中力は1時間しかもたないというのはあながち間違いではないのかもしれない。


「だってよ、数学とか全く意味わかんないからさ」


「数学はパズルと同じよ、解く方法は必ずあるわ。その方法を覚えるだけよ」


「そうはいってもさ、今回の範囲広すぎるんだよ」


「確かにそれは頷けるな、こんなに多いもんなのか?」


「多分今回だけじゃないかな、ゴールデンウイークと土日が重なって、休み長くなっちゃったから」


 今回の数学のテスト範囲は以上に鬼畜である。約100ページ行かないくらい、つまり2分野全部である。こんな大量の範囲覚えるだけでも一苦労である。


「まぁ、恨んだって仕方ないわ、今やれるだけの努力をここで尽くしましょ」


「「おー!!!」」


 沙希のその一言のおかげで集中が途切れかけていた柊のみならず、一馬や澪の士気も同時に上げてくれた。



 そして、4人での勉強会を無事に乗り越えテストの日がとうとうやってきた。


各々頑張った結果だけを省略して紹介しよう。


沙希__中間、期末とも見事学年一位を取った。


澪__前回の中間テストよりは順位は伸びたが、半分くらいで赤点はなかったらしい。


一馬__勉強会のおかげか順位が格段に伸び、学年ではトップ10位に入ることができた。


 __そして。


柊はというと、勉強会の成果もむなしく赤点が3つ。うちの学園は赤点2つ以上で補習対象となってしまうため、柊の夏休みはみんなよりも1週間短縮されたのであった。


 テスト返却も終わり明日から待ちに待った夏休みが始まる。


柊と同じように補習にかかった者は自分の机で伏せて皆ゾンビのような声を漏らして唸っていた。


「まぁ、そう肩を落とすなよ。1週間くらいあっという間だと思う」


 席で暗いオーラを放っている柊に慰めの言葉を送りに行く。


「慰めなんていらねーよ、やるだけやった結果がこれだからな」


「お、おうそうか、わかった頑張れよ補習」


 いつもの元気はどこへやら、一馬はこれ以上何かを言っては逆効果だと察知し「がんばれ」とだけ伝え葬式のような教室から早々と退散した。


「明日から夏休みか~」


 などとぼやきながら正門のところまで歩いていると「スパーーン」と気持ちのいい音が聞こえてきた。


「ん?」


 一馬はなんとなく音の鳴る方へむかう。ついたのはテニスコート、フェンス越しに中をのぞくと女の子がテニスの練習している様子が見えた。


 しばらく見ていると、ボールを全てうちきったのか、ラケットを置くために振り返ったとふと目が合う。


「あら、みてたのね」


 テニスコートで1人練習をしていたのは沙希だった。彼女はそういうとすたすたとこちらに歩いてきてフェンスのカギを開けてくれた。


「悪いな、のぞいてたわけじゃないんだ」


 前にもここで覗きと勘違いされたことがあったので、一馬は慌てて弁解をする。


「ふふ、そんなに警戒しなくても、九条君はそんなことするような人じゃないことくらいわかっているわ」


「そ、そうかそれならよかった」


一馬は「ほっ」っと一息漏らし、そっと胸を撫で下ろす。


「テストが終わったばかりなのに練習しているんだな」


「ええ、夏の全国大会までもう少ししかないからね」


「へぇ~、全国大会かすごいな」


 テニスの高校全国大会とはとてもシビアなのである。シングルの地区大会では成績上位2人までしか全国大会への切符は獲得できない。しかも最近ではテニス人口は増えてきていて、うちの地区では約50人ほどが参加していたという。


「何か手伝えることなんかはないか?」


「ん~そうね。練習相手になってくれないかしら、もちろん本気は出さないわ」


 なんて無茶ぶりだ。全国大会出場者にほとんど素人の一馬を練習台にするなんて。


__しかし。


「わかったよ、そんなことでよければ喜んで」


「決まりね! 服はそこのベンチにある体験入部用のを使って」


「わかったじゃあ、着替えてくるよ」


この時の一馬は沙希の練習を甘くみていた。



 練習を始めてどれくらいが経っただろう、あたりはもうすっかり夕焼け色に染まっていた。


「もういい時間ね、そろそろ引き上げようかしら」


「そうだな、俺もそろそろ限界だよ」


それもそのはずだ、沙希は全国レベル。対して一馬は小さい頃に少しやった事のある程度の素人。


そんな者がついていけるような練習などあるはずは無いのである。


「何だらしないこと言ってんのよ、でも本当にありがとう助かったわ」


 沙希の練習というのはとてもハードなものだった。本気は出さない代わりなのか、コートの端から端まで延々と走らされていただけな気がする。


「こちらこそ、役に立ったならよかったよ。じゃあ早くかたづけおわらせるか」


「そうね、早くしないと日が暮れちゃうわ」


 そう告げ2人でコート中に散らばったテニスボールを拾い、使ったコートをブラシで均していく。


 片付けを終わらせると2人して帰路に就くが、まだ夕方とはいえ女の子を一人帰らせるのは心が引けるので、一馬は沙希を家まで送ることにした。


当然のごとく沙希は猛烈に遠慮した。しかし一馬も負けてはいない。


何とかして沙希を説得し、一緒に帰ることになった。


「家まで送らなくても別によかったのに」


「俺がそうしたいからしてるんだよ、人の行為には素直に甘えるべきだと思うよ」


「そうね、何か大変なことがあったらあなたに頼ることにするわね」


 何か地雷を踏んだのだろうか、沙希は少し浮かない顔を浮かべたように見えた。


「ねぇ、九条君。夏休み中に全国大会インターハイがあるんだけど良かったら見に来てくれないかしら」


「え、見に行ってもいいの?」


「言ったでしょ、頼るって。今がそのときよ! でも用事があるなら無理にとは……」


「わかった、いくよ! 絶対に」


 おそらく彼女はとても不安なのだろう。それもそうだ ”全国” という言葉はそんな生易しいものではない。きっと周りからの期待が逆にプレッシャーになっているのだろう。


「結果なんて気にしなくていいと思うよ、大事なのは自分が満足いくまでやり切ったかだと俺は思う」


「ふふっ、そうねありがと。九条君のおかげで少し元気が出た気がするわ」


 沙希はそう言うと「もうここまでで大丈夫」と言い走って帰ってしまった。


去り際に見た顔は、先ほどとは打って変わって不安が吹っ切れたような、とても軽い、澄んだような笑顔をしていた。



 そんな一馬はというと、次の日の朝。沙希のスパルタ練習に付き合わされた弊害として全身が動かなくなるほどの強烈な筋肉痛に悩まされることになるのであった。







  








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