第24話 1人の時間の想像

健斗はリビングに入り、

唾を飲もうとしたが喉は何も通らず渇きを感じた。

さっきまで卓と飲んでいたダイニングチェアに座り、

ビールを一口飲んだ。


一息ついてからダイニングテーブルをぼんやりと眺め、

暁史が来た直後の“ガシャン”という音の原因がわかった。


卓は暁史が来たときに立とうとしたが、

捻挫のせいでうまく椅子から立てず、

その反動でテーブルが揺れたか、手で押したかでビールの缶が倒れた。

倒れた缶が取り皿かフォークに当たり音が発生した。

倒れた缶が少し転がったようで、

取り皿とテーブルにビールがこぼれていた。


廊下から脱衣所に移動した2人の会話が

リビングにいる健斗までうっすらと聞こえるが、

その内容を聞いてはいけない気がした健斗は

何か他のことに気を紛らわせることにした。


台拭きを探すため

キッチン収納や食器棚を適当にあさった。

食器棚を触る健斗は、自宅の食器棚との違いに気づいた。


健斗の家に彼女が来ることはあるが、

彼女が料理をして家で食事することは滅多になく、

食器はほとんどが1人分ずつしかない。

卓の家の食器棚は、ほとんどがペア。


健斗の家で彼女が料理をしない理由は、

彼女がキッチンを汚した後に健斗が片付けるのが面倒であり、

片づけなかった場合の彼女を受け入れられないから。

健斗は彼女に料理をすることを求めていない。

健斗も彼女に料理を作りたいと思っていない。

なにより、

2人でいる時間を料理を作る時間に使いたいという感覚を持っていない。


普段他人に興味のない健斗だが卓と暁史の関係を想像する深みにはまった。


卓と暁史はルームシェアしているのか?

ペアの食器類、

1つのリビングと1つのベッドルーム、

抱き着く2人…もしかして…。

どっちかが料理して2人でなかよく食べる…毎日?

いや、卓は佐藤と付き合ってたし。

佐藤の後に付き合ってたやついたか?

単に仲がよく、心配で抱き着いたのか?

卓の家の鍵を持つ仲で、一緒に暮らしてる?同棲?

兄弟のように仲のいい仲?

もしかして、卓の本当の弟か?

弟いたっけ?

ベッドルームが1つって…。


最後には、

暁史の不信感のような嫉妬の混じった表情が健斗の脳裏から離れなかった。


ベッドルームを見ると何かがわかる気がした健斗は

リビングに隣接した扉の閉まったベッドルームが気になったが、

それは友達として、してはいけない領域と我に返り、

台拭きを探すことに集中した。


結局、健斗は台拭きを見つけられず、

キッチンペーパーで汚れたテーブルを片付け、

取り皿やフォークを洗い、

再びダイニングチェアに座った。


時々聞こえる2人の声を完全無視し、

1人でビールとあてを食べることに集中した。


健斗がビール1本飲み干すころ玄関の鍵とドアの開閉音が聞こえ、

卓がリビングに戻ってきた。

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