第13話 安らぎのカフェ

陽菜の家から自宅まで車で15分くらいだが、

健斗は家を通り越す位置にある個人経営のカフェへ車を走らせた。

モヤモヤした気持ちのまま陽菜と一緒に帰る予定だった自宅に

帰る気になれなかったからだ。


カフェについて鞄を出すため後部座席のドアを開けると、

カメラ専用バッグがあった。

陽菜と何か撮れるものがあればと思い用意していた。

そのバッグがなぜか靄がかかって無意味な存在に見えた。


カロン、カロン

カウベルのような音がするドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」

「あ、けんちゃん久しぶり」

カウンター越しにいつもの落ち着いた声と笑顔で

50代半ばのオーナーが挨拶をした。


「お久しぶりです」


カフェは小さく、カウンター3席、テーブル3つ(椅子6脚)しかないが、

珍しく誰も客がいなかった。

カフェのオーナーはコーヒー豆や焙煎などこだわりが強いが

健斗はコーヒーに全く興味はない。

ほどよく調合されたブレンドしか飲まないが、

オーナーも健斗に他のコーヒーを勧めることはない。

そんなオーナーの人柄や店の雰囲気は健斗のお気に入りで

約8年も前から通っているが彼女はもちろん誰にもこの店を教えたことがない。


カフェには、週刊誌、ファッション雑誌、新聞、建築関係雑誌など

さまざまな雑誌がそろえてある。

健斗はその中から、

犬のトリミング雑誌と街飲食店の肉特集雑誌を選んだ。

いつもはコーヒーのみの注文だが今日はアップルケーキも頼み、

2つを味わいながら雑誌を見る。

静かでとても穏やかな時間。

オーナーが淹れるコーヒーの香ばしいにおいは

幸福感に似た高揚感を味わうことができる。


カフェの空間と時間、コーヒーの匂いと苦み、

アップルパイの甘さ、

オーナーが放つ独特な安らぎのオーラによって、

健斗のさっきまでの不安定な感情は調和がとれるようになっていた。

アップルパイを3分の1を食べ終えたころ、

珍しくオーナーが声をかけてきた。


「けんちゃん」


「ん?」


「プー丸ちゃんの調子はどう?

何かいいスタイルでも見つかった?」


「あいつは元気っすね。

今度はこれなんていいかなーって思ってます。」

と言い、健斗は雑誌を持ち上げ

気に入ったスタイルのページをオーナーに見せた。


「おぉ、耳がフワフワしててかわいいな。

似合いそうだ。」


「トリミングの日は本人より

こっちがウキウキしちゃうんですよねー。

トリミング前の体重測定はヒヤヒヤですが…。

オーナーのソラ君は、

おやつのおねだりしてこないですか?」


「ソラは常に食いしん坊。

俺も甘やかしておやつをあげちゃうから、

獣医には毎回体重を注意されるよ。」


「同じですね…

おねだりして甘えてくると、

あげちゃうんですよね。

なんなんですかね、あのかわいさ。」


「あのかわいさには敵わないな。」


健斗はプー丸のかわいさ、

オーナーはソラのかわいさを思い出し、

2人の間に沈黙の時間が流れた。

陽菜といたときの沈黙と全く違う穏やかで静かな沈黙だ。

健斗は特に話したいという思いもなく、

オーナーもそれ以上話しかけることもなく、

雑誌を見つつコーヒーとアップルパイを食べながら

その沈黙に浸った。


1時間半ほどカフェで過ごし車に戻った。

鞄を後部座席に入れると、

再びカメラバッグが目に入った。

しかし、今は単なるカメラバッグだった。


そして、健斗は帰宅の途についた。

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