第10話 彼女を喜ばせたかったのに

『着いたよ』

健斗がメッセージを送るとすぐに陽菜がアパートから出てきた。

陽菜は、白いロングTシャツの上にジージャンを羽織り、

グレーのロングスカートを着て、

足元は薄ピンクのスニーカーを履いている。

格好がもったりとしているせいか150㎝の陽菜がいつも以上に小さく見えた。


さっと助手席に乗り込んだ陽菜は少し息が上がっており、

健斗は陽菜にかわいさを感じた。


「おはよ」

とニッコリ笑う陽菜は、

今すぐ抱きしめたいくらいかわいい顔をしていた。


「おはよ、朝は起きれた?」

平然を装い、健斗は車を出した。


「うん、昨日早めに寝て、ちゃんと起きれたよ。

健斗は?」


「俺は朝6時にプー丸に起こされた。

おなかが空いたのか俺の頭で掘り掘りされた。」


「ふふ、そっかー。

ところで、

今日はお昼を向こうで食べるんだよね?」

陽菜は健斗やプー丸にあまり興味がないようだった。


「そうだよ。

昨日帰ってからネットで調べたら、

昼食予約できるところがあったから、

予約しといた。」


「へー、どんなとこ?」


「日帰り温泉や宿泊もできて、

それ利用しなくても地元の海産物料理が食べられる、

宿?旅館?銭湯?

そんな感じのとこ。」


「え?そこに泊まるの?」


「急だったから、

さすがに宿泊は予約できなかった。」


「そっかー、泊まれればよかったのにね。」


「そうだな。今日は俺ん家に泊まればいいよ。」


「うん!」

宿泊できないことは残念そうにしたが、

健斗の家に泊まれると聞いて陽菜はコロッと表情を変えて喜んだ。


高速使って片道3時間くらいかかる道中、

陽菜はスマホを触ったりおやつ食べたり話したり自由に過ごし、

知らぬ間に寝ていた。


健斗は話し相手もおらず運転をするのみだが運転が好きで苦ではない。

陽菜が起きているとあれこれと話しかけられ、

気が散るのでこういうときは寝ててもらったほうが健斗にとっては楽だった。


「陽菜、着いたよ」


「んー、首が痛い。もう着いたの?」


「大丈夫?」


「うーん、大丈夫。まだ眠いだけ」

寝起きのせいか少し不機嫌だ。

陽菜の不機嫌には健斗は慣れており、気にかけない。


「んじゃ行こうか。

下、砂利だから気を付けて。」


2時間くらいは寝てた陽菜がだるそうに起き、

ヨタヨタと車から降りた。

「うん、ありがとー。」


宿では食事専用に8畳ほどの個室が用意されており、

すぐに通してもらえた。

陽菜はまだぼんやりしており、口数が少ない。

陽菜がしっかりと目を覚ます前に先付とお造りが運ばれてきた。


「いただきまーす」


陽菜に続いて健斗も「いただきます」と言う。


フグのから揚げ、銀鱈粕漬焼き、

エビの真薯しんじょなど様々な種類と料理が出てきた。

箸の進まない陽菜を気遣い、健斗は何か他のを注文するか確認するが、

陽菜は断った。

健斗は一つ一つの量は少なめだが味と豊富な品書きに満足し完食したが、

結局陽菜はそうではなかった。

陽菜の前に並んだ皿にはそれぞれに半分ほど残った料理が乗っていた。


「おいしくなかった?」


「うーん、なんかイメージと違った。」


健斗は返事に困った。


「もっとこう、

違うのが食べたかった。」


「そっか。頼んでよかったのに。」


「うーん、だって悪いじゃん。

せっかく出てくる料理があるのに。もったいない。」

そう聞いて多くの料理が残った皿を健斗は見ずにはいられなかった。


今回の昼食は陽菜に喜んでもらいたくて

宿の料理はネットで調べて評価の高いところを選び、

コースは好き嫌いの多い陽菜のためにいろんな種類と調理法が混じった内容のを選んだ。


しかし、健斗の選択は陽菜を喜ばせることができず、

わざわざ3時間かけて食べに来たのに陽菜は不満顔で落胆した。

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