第5話 偶然の再会

昨夜は陽菜とのやり取りで疲れていたはずなのに、

帰宅後に寝落ちしたせいか、

寝つきの悪い夜だった。


そのせいか健斗は肩と首が痛みを感じた。

健斗は痛みは寝相や疲労が原因かと考えたが、

最後に導いた答えは“もう38歳だから、仕方ない”だった。


ポロン。

スマホが鳴ったが、無視した。

朝の電話着信音以外の音は緊急ではないと健斗はわかっていた。


朝食とプー丸とのスキンシップを済ませ家をでた。

出勤する電車も同じ時刻、同じ車両を利用している。

同じ行動をすることで、イレギュラーな出来事で焦る必要もなく、

行動に迷う心配もなく済む。

健斗の最寄り駅からだと出勤ラッシュの時間は

絶対座ることはできず、必ず立った状態になる。

立った状態の乗車も混雑も苦でないが、

匂い(香水や体臭)の強い人が近いと健斗は気分が悪くなる。

そうそう匂いの強い人と遭遇しないが、

この日の朝はドア側に立っていた健斗の横にきた女性の香水が健斗の鼻を刺激し、

健斗は座席中央の前に移動した。


健斗は朝受診したスマホのメッセージを確認することもなく、

電車の窓の外の流れる風景を眺めていた。

ふと、前に座っている女性からの視線を感じた。

顔になにかついているのか?髭の剃り残しか?など考えたが、

鏡を持ちあわせておらず確認のしようもないため、

とりあえず健斗はその視線を無視した。


ツンツン。

健斗は左手に持った鞄に少し突かれた刺激を感じた。

勘違いだと思って、無視したが再び突かれた感じがした。

少し健斗は警戒心を抱きも目の前の女性に視線を向けた。


健斗の顔を見た瞬間、その女性がパッと閃いたような表情を作ったが、

健斗は前の女性も見ても何も感じなかった。


「シノン?」


“シノン”

この呼び方に健斗は聞き覚えがあった。

健斗をシノンを呼ぶ人は健斗が生きてきた38年間で一人しかいない。


「佐藤…?」


健斗が思い当たる苗字を発したら、

前の女性はうれしそうにニッコリした。

その表情をみて健斗は間違いなく

友人鳥居卓の彼女だった佐藤佳代だと確信した。

佐藤の笑顔は独特で顔の小さいわりに口が大きく、

その口は横広に広がり口角に切れがあり、

少し口をニッコリさせただけで顔全体が笑顔になる。


「よかったー、すごい似てるなーって思って。」


健斗の中の佐藤の高校時代の記憶では、

水泳部のせいか肌が焼けて、

黒いショートヘアーで、

もっと活発な印象を与える人だったが、

今目の中にいる女性はオレンジ系のチークが生える肌色、

ブラウンロングヘアーで、

落ち着いた雰囲気の女性だった。


「シノンは今から出勤?」


「あ…うん。」


健斗は佐藤の両隣に座っている2人がチラチラと佐藤と健斗を往復する視線に気づき、

あまり佐藤との会話を続けたくないと思った。


「まさかこんなとこでシノンに会えるなんて」


「あぁ、俺も驚いた」


「次の駅で私降りちゃうから、名刺渡すね。

せっかく会えたから連絡ちょうだい。」


と、言い佐藤は名刺ケースから名刺を健斗に差し出した。

名刺を受け取ったタイミングで電車がホームに入り、

健斗が佐藤に名刺を渡す間もなく

佐藤は健斗に軽くあいさつし下車した。



電車に残された健斗は場の空気から居心地の悪さを感じたと同時に

自分の口角が緩んでいることも感じ取っていた。

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