第9話 三人目の合流者
背に黒時を負った栄作と彩香が向かった場所は彼らが日常的に通っている七罪高等学校だった。
瓦礫の山を越えた先は人影と漆黒の空以外はいつもと同じ風景で、それが逆に辛くもある。日常の中に突如訪れたこの非日常は紛れもなく現実なのだと、見慣れた通学路が突きつけてくるのだ。
「ふう、着いたな」
学校に着き栄作は大きく息を吐いた。彼なりに緊張していたのだろう。
もしもまたルシファーに出会ってしまったら確実に殺されるわけだから、緊張しない方がおかしいとも言えるが。
黒時は栄作の背から降りて学校を眺めた。漆黒の空から降り注ぐ月光に似た光が学校を照らしていて、どこか神秘的である。だがしかし、ここにルシファーがいるわけもないだろうと黒時はどこか気落ちしていた。
三人は並んで無人の校門をくぐり、数体の人影がいる校庭を通って校舎内へと入っていった。
「ねえ、黒時先輩。あれって時計が壊れてたんですかね?」
彩香が黒時に尋ねた。
「え? 何の話?」
「栄ちゃん先輩には聞いてないの。彩香は黒時先輩に聞いてるんだから黙ってて」
「俺も黒時と同学年なんだけど、なんか扱い違くない?」
栄作は泣きそうな顔で彩香を見ながらそう言ったが、彩香の首は黒時の方へと向けられていて彼女の視界には彼の情けない顔は入っていなかった。
「時計はたぶん、壊れてはいなかった。この世界の時間の概念がおかしくなってるんだろう」
校舎の壁に掛けられてあった時計。それは普段ならば数秒の誤差もなく針を動かしていたのだが、先程見た時には長針と短針、秒針ずらも0の数字を指したまま止まっていた。
まったく動く気配を見せていなかったあの時計は壊れてしまっているのだと彩香は考えたわけだが、黒時はもっと深い場所に踏み込んだ考えをしていたようだ。
問題なのは時計ではなく時間。それが黒時の解答であった。
「なるほどー。よく分からないですけど、黒時先輩がそう言ってるんだから、きっとそうですね」
「いやでも壊れてる可能性の方が高いだろ。ほら時計ってさ、人が時間合わせるじゃん? 時間の概念がどうたらーって言ったってさ、人が合わすのに概念も何も関係なくない?」
「栄作、あれは衛生電波時計だ」
「え? えいせく……でんまどけい?」
「もういい」
呆れた表情をしながら黒時は土足で廊下を歩いて行く。栄作はいまだ衛生電波時計がなんなのか分からず首を左右交互に傾げ続けていた。
その様はふざけているようにも見えるが、当人とっては恐らく真面目にやっているのだろう。
しかしまあ、衛生も人間が作りあげたものだということをふまえれば、衛星電波時計も人の手で合わせているとも言えなくはないので、栄作の言う事も正しいと言えば正しいだろう。
「誰だ!?」
三人が黒時を先頭にして縦一列で廊下を歩いていると、突如誰何の声が校舎内に響いた。
それは明らかに人間の男の声。黒時と栄作には聞きなれた声だった。
黒時たちは声のした方向へ向かう為に階段を上り、二階へと向かった。普段なら二階からの声が一階にまで響くなんてことは起こりえないが、無音とも言えるこの状況下がそれを可能にしていた。
二階に着き、三人は左右に分かれる道を右に曲がった。そのタイミングでもう一度誰何の声が響く。声のする場所は三人が進んでいる廊下の更に先、奥から二番目の教室だった。つまり――二年三組だった。
「き、君達は……」
二年三組の教室に入ると、そこにいたのは箒を武器のように構える一人の男、黒時たちの担任である
妬美は、ルシファーと出会った時の黒時達のようにがたがたと震えている。
「せんせーい! なんだよ、草他先生じゃんかー! 会えて嬉しいぜー!」
「み、見栄坊君、それに灰ヶ原君に、えっと、君は確か一年の……」
「星井彩香です」
「ああ、そうだ、星井さんだったね。それにしても、君達は一体どうしてここに?」
彩香と栄作の目線が黒時に向けられる。
事情の説明を求めているような視線であるが、そのような面倒事は栄作がやればよい、と言わんばかりに黒時は二人を無視している。はあ、と一度大きくため息をついてから栄作は妬美に状況を説明し始めた。
「あ、悪魔だって!? はは、まったく先生をからかうんじゃないよ。それは何かのゲームの話かい?」
微笑しながら惚けたように言葉を紡ぐ妬美に、三人は何も応えず黙然としていた。そんな目前の生徒達を見て、妬美もどうやら間違っているのは自分のようだと理解できたようだった。
「ほ、本当の話なのかい?」
「ええ、実際に俺と黒時はルシファーという巨大な悪魔を見たっす」
「ルシファー!?」
「? どうしたんすか?」
「あ、いや、なんでもない」
思案顔を見せる妬美。
ルシファーという名の悪魔に何か引っかかるところがあるのだろうか。
「黒時先輩、何してるんですか?」
先程から静かに辺りを見回している黒時に、彩香が声をかけた。妬美と栄作の意識もそちらに向けられる。
「やっぱり何もしてこないんだな、この人影たちは」
黒時が見ていたのは教室内にいた人影たちだった。
外で歩いているのもたくさんみかけたし、校舎内に入ってからも廊下で何体かとすれ違った。そして、この教室内でもまるでいつもの風景のように椅子に座っている人影たちが何体かいる。
黒時は考えていた。黒い人影のようなこの物体は、何の為に存在しているのだろうかと。
「そうだね。僕もずっとここにいたけどこいつらは何もしてこなかったよ。まるで授業を受けている生徒みたいにじっと椅子に座ったままだ」
「生徒のように……」
「でも、なんだか気持ち悪いですよね。ぬめっとしてそうで」
彩香は両手で自分の身体を包むようにして震えてみせた。
相変わらずわざとらしくあざとい仕種だが、誰も気にはしない。当の本人もそれに気づいて更に顔を膨らませても見たが、やはり誰も気にも留めないので肩を落としながら冷めた目つきを見せていた。
「それより、これからどうするんだい? 見栄坊君が言うには元の世界に戻る為にはその悪魔を倒さなくちゃならないんだろう?」
「そうだ。だからルシファーを探す」
黒時はそう言うと教室を出ようと動き出した。慌てて栄作と彩香がそれを阻止しようと動き出す。
「お、おいちょっと待てって黒時。またかよ! 何のために学校まで来たのか分かってんだろ!」
「そうですよ。黒時先輩まだふらふらなんですから、殺されちゃいますよ!」
二人は黒時の服を乱暴に引っ張り教室内へと連れ戻していく。栄作が妬美に助力を求めたが妬美は「楽しそうだね」と言って我、関せずだった。
少刻の間この状況は続き、やがて煩わしくなった黒時が終止符を打つことになった。
「大丈夫だ。俺には力が宿ってる。もう治った」
当然ながら三人は目を丸くしていた。付き合いの短い間柄ではあるが、皆この少年が冗談を言うような人間ではないことは理解していたのだ。それゆえに頭でも強く打ってしまったのだろうか、という思いが場に満たされていた。
黒時自身もそれを感じ取ったようで――
「証明してやるよ」
彼には珍しく、苛立ちながらそう言った。
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