第10話 二体目の悪魔
黒時は三人を連れて校庭へと出た。
外の景色は世界が変貌した時と何ら変わらず、空は漆黒でずっと夜のようだ。今が昼なのか夜なのかまったく分からない。
時間の概念が曖昧模糊となってしまっているのなら、頼るべきは体内時計になってくるわけだが、こうも昼夜が明確でなくては頼るべきそれも次第に狂いだすだろう。時差ぼけなんてものではない。時がないのだから。
だがまあ、時間が分からないからと言って、別段困るようなことも考えてみればない。朝、昼、夜、と規則正しく食事を摂る必要性も必ずしもないわけだし、夜に寝なければならないということもない。腹が減れば食べて、眠くなれば眠ればよいのだ。
寝て起きて、目が覚めれば元の世界に戻っている、なんてメルヘンチックなことでも考えながら。
「なあ、黒時。一体何をするつもりなんだ?」
栄作の言葉が静かに漂う。黒時は意識を集中させているのか、それともただ面倒なのか、栄作に応えない。
漆黒に染まる空を見上げ、黒時は小さく息を吐いた。そして、軽く飛び跳ねる。
「うおぉぉぉ!」
「すごーい!」
「驚いた……」
三人とも口を開け、呆けたように上空を見上げた。ありえないほどに飛び跳ねた黒時を見上げた。
軽く脚に力を込め飛び上がっただけの黒時だったが、その身体は校舎の屋上ほどまで届いていた。本気で力を込めていたら、倍以上は高く飛べていただろう。
音もたてずに静かに着地。
驚きの表情を見せる三人とは違い、当の本人は冷めた表情をしている。黒時にとっては、業務をこなしているような感覚だったのだろう。
次に鉄棒の側に立った。
高等学校の校庭に鉄棒があるのも不思議な感じではあるが、そこは今問題にする箇所ではない。黒時は自分の背丈ぐらいの鉄棒の前に立ち、軽く右腕を振り下ろす。
チョップである。
ただそのチョップは常人のものとは比べ物にならないほどの威力を秘めていて、被弾した鉄の棒はまるで可動性の高い針金で出来ているかの様に、綺麗に折り曲がっていた。
「やばっ! 先輩超すごい、超格好いい!」
「ははっ、プロレスラーかよお前」
プロレスラーでも鉄の棒をチョップで折り曲げることは不可能だ。鉄の密度が低ければできそうだけれど。
「これはどうやら、信じるしかないみたいだね。で、灰ヶ原君。君はそのルシファーの居場所を知っているのかい?」
「いや、分からない。足がかりとして彩香の言っていたルシファーが向かった方角に行ってみる」
「なるほどね……」
妬美は納得したように首肯する。
一度破れたルシファーを追いかけてどう倒すのかと疑問に思うが、そこは年長者たる余裕を見せるため深く追求はしない。まあ、そんなことで年長者の余裕など微塵も感じないわけで、そもそも考え方が間違っているのだが、それでも妬美は微笑んでいた。
「そうだ。君達、
「あれ? 先生は一緒に行かないんすか?」
驚いた表情で栄作が言う。
これから四人で力を合わせて強大な悪魔を倒そうという流れであったはずなのに、妬美の発言は明らかに自分は行かない、と意思表示している。
「行かないよ。だって、悪魔とか怖いじゃないか。会いたくもないよ」
笑顔で妬美はそう言った。
自分の生徒が危険に立ち向かおうとしていることなど気にも留めず、ただ己の保身ためにそう言った。
これには黒時以外の二人は少々幻滅せざるを得なかった。仮にも年長者であって教師でもある男が堂々と子供に全てを託しているのである。
悪魔を倒し元の世界に戻してくれ、そしてそれのついでに同僚である
自分の身を削る代わりに他人の身を削り苦難を乗り越えようとしているその様は、あまりにも愚かしいものだった。
――しかし。
「それじゃ、僕は校舎の中に戻っているね。君達の言う悪魔が現れたりしたら怖いから」
世の中が思い通りにならないのは変貌した世界でも通じるようで。
妬美にとっての思い通りというのがいまいち判然とはしていないが、それでも彼が悪魔と出会いたくない、と思っているのは明白である。
つまり、今この瞬間にその思いが通らなかったのだ。悪魔と出会いたくない、という思いに反して現実が動いたのである。
「ねぇねぇ先輩。彩香もその力欲しいです。下さい」
「あげかたをしらない。それに知っていても、嫌だ」
「えー、下さいよぉ。 欲しいんですぅ!」
「無理だって」
「ああ、じゃあ。くれたら彩香のこと好きにしていいですよ。エッチなことでも何でも言う事聞いちゃいます」
「いや、いい」
「じゃあ、お金? 分かりました。いくらでもさしあげます。こう見えて彩香お金持ちですから」
「いらない」
「…………。…………。……は? なに? 彩香が欲しい、って言ってるのに? なんなのよ、マジで。ふざけんなよ! さっさとよこせ!」
突如、地面が激しく振動した。
校舎の壁やガラスがあの高層ビルのように砕片となって崩れ落ちていく。
砂埃が舞い、先程まで目の前で建っていた巨大な建物はその砂埃の中に飲み込まれていくように沈んで、その姿を消した。
――そして。
その校舎の代わりに現れた者がいた。
それは、どこか神々しくて、でも不気味でもあり、思わず跪いてしまいそうになる、そんな存在だった。
あまりに強大なその存在に四人は目を離さずにはいられないようだ。
四人の内、三人の胸中は分からない。けれど、ただ一人、明白な者がいる。
灰ヶ原黒時。彼は今、こう思っているに違いない――【美しい】と。
『我が名はマモン。世に存在する全てのものを手中に収める者である』
校舎の変わりに現れた巨大な存在、それは――二体目の悪魔だった。
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