第4話
「東條は以前片倉が指揮する部隊にいたという記録がある。とすれば途端、実験の現実味が帯びてこないか?」
「……話は通るかもしれない。東條が持っていたあの魔導書なら、時を超える方法が記されてあっても驚きはすれ、おかしいとは思わない」
何せ、死者を黄泉から呼び戻す外法すら記されているのだから。
「その東條何某が片倉とつるんでいたかどうかは知らんが、奴が時間跳躍実験を行っているのは確かだ」
赤ら顔でだらりとする麗一は、脱力した声で断言する。
「その根拠は?」
「連中、その件の時間跳躍実験は失敗していてな。大きな事故が起きている。その事態の収拾に
「軍に駆り出された理由が、ティンダロスの猟犬――深凪くんたちが異次元の猟犬と呼んでいる魔性の封印だったからね」
苦渋に満ちた表情で雪乃は「ただ、酷い目に遭ったけどね」と頭を抱えた。
克成と麗一が猟犬を雪乃の元に運んだのも、それが理由だった。
「あの時は本当に大変だったわ。軍から緊急で招集がかけられて、急いで現場に行ってみたら骸の山の上にティンダロスの猟犬がいたんだもの。巫山戯るなって思った。まともに荒事の準備してきてなかったからね。おまけに片倉中将は何を考えたのか、猟犬を捕らえろとか無茶な要求してくる始末だし。……おかげで六十名近い犠牲者が出たっけ」
彼女は唇を噛んで痛ましく目を伏せる。雪乃にとって、当時の話は拭い難い記憶となっていた。六十名以上の人間が死んでいく地獄のような場所。その場に居合わせた当事者からすれば、悪夢としか言いようがないだろう。
「六十って……そこまでして捕獲する意味があるのか?」
「軍事転用したくなったのだろう。新しいおもちゃを手に入れると直ぐに遊びたくなってしまうのは人類の悪い癖だ」
火薬。航空機。
そのどれもはそもそも戦いの為に生まれたものではない。
火薬は、仙人に至ろうと仙薬作りに明け暮れた人々の血の滲むような努力が産んだ副産物。
航空機は、より高く、より遠く、より早く。空に憧れた者たちが発明した夢の結晶。
にも関わらず、人々はそのどれもを軍事転用してきた。同じ人間を殺すための道具にしてきた。これを悪癖と言わずしてなんと呼べるか?
「片倉は本当に人なのか……!!」
「さてな。少なくとも、武装した軍人たちを嬲り殺しにできる力を目の当たりにしたのだ。奴ならそう考える。考えてみろ、奴はあの
「だけど部下を、同胞を失ってまで欲するものなのか?」
「価値があればするだろうよ。生憎と軍にもお前のような超人ばかりがいる訳では無いからな。ましてや、第二階梯・
克成は鼻を鳴らして悠雅を袖にする。
「……決して許されることじゃない」
「まあ、お前ならそう言うだろうな」
「力を手にする為に他者を犠牲にするのは間違っている。絶対に」
「間違っていても連中は躊躇しない。失敗は成功の母とも言うしな。――でなければ、今のお前が生まれることもなかっただろう?」
「それは、他のみんなが失敗だったと言いたいのか?」
場が凍り付く。殺気立つ悠雅の霊力に引き寄せられるように、壁や天井から赤光を放つ赤銅が次々と出現する。
まともな神経をしている人間であればまず発狂するであろう、殺意を帯びた高濃度の霊力。しかし、克成は意に介さない。
「お前を成功例と認識するのであれば、ほかの奴らは失敗作だろう。生き残った瑞乃お嬢さんと
「あいつらを悪く言うな。お前如きがあの地獄の何を知っている?」
それらの子供たちの中に、誰一人として自発的にやって来た子供はいなかった。魔人と称される東條に付き従うことを選んだ甘粕でさえそうだった。
そんな彼等に向かって、どうして死んでも良かった、などと口にできようか。
彼らは決して実験動物などではなかった。悪辣なる者たちに人生を弄ばれてもいい人間などいなかった。
彼らは無念のうちに、失意のうちに死んで逝った。二度と、青い空を見ることも無く。薄暗い実験施設の中で、日に日に数を減らしていく仲間たちを見ながら、明日は我が身と震えながら。
「恐ろしかった。皆震えていた。誰一人、望んだ生を謳歌できたやつはいなかった。……俺も、摘み取った」
今も右手に生々しく残っている。友を斬った感触。
一人目は興奮し過ぎてその瞬間のことはよく覚えていない。気が付けば二つに分かれた友が血溜まりに沈んでいた。
二人目は斬った瞬間を自覚して、直後吐き散らした。
三人目は酷い自己嫌悪に苛まれた。
それ以降は自己嫌悪と嘔吐の繰り返しだった。
それでも神剣を握る手を緩めなかった。緩められなかった。瑞乃の手を離さぬようにぎゅっと握りしめながら、悠雅は必死に己に言い聞かせた。
身を守るためだった――と。
お嬢を守るためだった――と。
狂気に呑まれた友たちが悪いのだ――と。
醜悪な自己弁護を繰り返した。心を削りながら。
「守りたかった。守れなかった。守らなければいけなかったのに。みんな、死んだ」
悠雅はあの時の弱い自分を憎悪する。炎と血で彩られた赤い世界を、切り開けなかった己を。
「強者の考えだな、悠雅よ。俺はお前のことを気に入っているが、お前のそういうところは好きではない」
「……何?」
「みんな死んで辛かった、痛かったはずだ。だから、強い俺が守らなければいけなかった――と言ったところか。思い込みが激しいにも程がある。弱者からすれば虫酸の走る話だ」
鼻で笑う克成は容易く悠雅の逆鱗に触れる。克成の体は冷たい壁に叩きつけられ、首筋に長い指が食い込む。されど、克成の顔色に変化はない。むしろ余裕さえ見られ、口元が緩んでいる。
「落ち着けよ超人。俺はお前が考えるところの弱者だ。死んでしまう」
「俺はあいつらを弱者だなんて思っていない。一度たりとも」
「ならば何故憐れむ? お前は特別でもなんでもない。たまたま生き残っただけだろうに。勝手に見下すなよ、強者。俺たちは憐れまれたくて弱者になった訳じゃない」
「今すぐその口を鎖せ鳴滝克成。お前はあいつらじゃない。勝手にあいつらの想いを代弁するな」
「ほう、お前の言うあいつらのうちにお前自身が入っているのか? これはなんとも奇怪な話だ」
「何も知らないお前が口を出すなって言ってるんだよ!!」
「お前より、余程俺の方が彼らの心境に通じていると思うがなあ」
「抜かせよペテン師」
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