第4話

 克成が照らした先には一つの車輌。周りに並んでいる客車輌とは明らかに別種のもの。その車輌を一言で言い表すなら、まさに鉄塊といった様相で、ひたすら黒く、重々しい見た目をしていた。

 その車輌の側面には、内側から噴火でもしたような大きな穴が一つ開いており、内部が露出している。


 克成と麗一はその穴から順に内部へと侵入し、悠雅もそれに続いた。


「随分と分厚い装甲だ」


 悠雅は破壊跡を側面から眺めて感嘆の意を込めて呻く。目測でも三十センチはあろうかという分厚い外殻。しかし、それ以上に驚きなのは、それを力技でこじ開けているというところにある。

 戦艦の主砲が直撃したとしても、このような穴が開くか疑問だった。少なくともまともな方法で開けたものではないということは明らかだ。そのまともではない方法が爆薬によるものなのか、禁厭師まじないし禁厭まじないによるものなのか、現人神あらひとがみ祈祷いのりによるものなのかはわからなかった。


 次いで、車輌内へと視線を飛ばす。車輌の内装は外観とは打って変わって、客車のように二人乗りの座席が並んでおり、その内のいくつかには黒く変色しつつある血痕が生々しく残っていた。

 車輌の中央付近には注連柱しめばしら注連縄しめなわで囲まれた、白木造りの小さな社殿――宮形みやがたが鎮座している。それも、扉が開け放たれたままで。

 件の神器がそこに納められていたのだろう、そう当たりを付けた悠雅は改めて全体的な内装に注目する。


 襲撃によって開けられた穴を除き、通気口もなければ窓もないし、扉すらない密閉空間。


「なあ、若」

「なんだ忙しい時に」

「襲撃された時、下手人は扉を破壊したんですか?」

「扉?」

「いえ、どうにもこの車輌には前後の車輌に移る為の出入り口が無さそうなので」


「ああ、そんなことか。そもそもこの車輌には扉がない」

「扉が無くてどうやって人や物を運び入れるんです?」

「この封印車輌は、入る際に次元跳躍術式を用いることを前提にして作られている。見てろ」


 得意げな麗一が手印しゅいんを結んだ瞬間、彼の体は瞬きする間もなく消え失せていた。


「いつまでそちらを向いている、間抜け」


 困惑する悠雅の背後から麗一の声が聞こえた。振り返れば、腕を組み、胸を張って構える麗一の姿があった。


「転移ってやつですか……?」

「そうだ。と言っても、まだ研究段階なので転移するには目印となる、この刻印マーカーが必要なんだがな」


 麗一はこつこつと、壁を小突く。その先には八角形の方陣が刻み込まれていた。見た目は八卦に近いが、西欧の魔術に使われる密秘字ルーン希伯来ヘブライなどの文字が使われており、それらの文字がどこの国で使われているのかさえわかっていない悠雅でも、この国に伝わる既存の禁厭まじないとは根本から違うものだと推察できた。


「面倒な入出法ではあるが、防備を重視するとこうせざるを得なかった。物が物だったからな。とはいえ、それも盗まれた今となっては無意味なことになってしまったが」

「ああ、えーと……そうだ、これってお嬢がよく使う召喚術と同じようなものですか?」


 珍しく自嘲気味に笑う麗一に、僅かに胸が痛んだ悠雅は気を遣って話題を逸らす。すると再び、胸を張り、機嫌が悪い良さげに話し始めた。


「その通りだ。瑞乃の召喚術も次元跳躍術の一つ。その場にないもの、或いはこの世に存在しないものを呼び寄せ、繋ぎ止める。それが召喚術の基本理念だ」

「呼べるならこちらから出向くこともまた可能、と?」

「概ねな」

「簡単に言ってくれる。流石は稀代の天才禁厭師まじないしといった所か。言うことが違う」


 克成がおちょくるようにからかうと、麗一があからさまに気分を害した様子で鼻を鳴らした。

 次元跳躍術式というものは数ある禁厭まじないの中でも最高位のもので、禁呪にも指定されている。瑞乃のように遠くにあるものをその場に出現させる召喚術であれば、それなりに高名な禁厭師まじないしならばできないことも無い。

 しかし、その応用編とも言える自己・他者の転送ともなれば話は別。この広い日ノ本でも片手で数えられる程度しかいない。


 そういう意味では克成の言葉通り、辰宮麗一という男が確かに天才であった。だが、そんな褒め言葉も、任務を失敗した今の麗一にとっては皮肉にしか聞こえなかった。


「転移か。そんなことが出来るなら端から列車なぞ使わずに、神社から直接件の神器を持ってくれば良かったのでは?」


 尤もな疑問だった。悠雅の言う通り、遠くに一瞬で移動できるなら、神器の勧請もそれで済ましてしまえば良い。その方が、早く安全だろう。

 だが、麗一の顔は悠雅の言葉によってさらに曇る。


「それができれば苦労はしない」

「と言うと?」

「どういう訳か私の次元跳躍術式に、あの神器は過剰反応してしまうのだ」

「過剰反応という表現がいまいちよくわからないのですが?」

「簡単にいえば暴発するんだ。恐らく、極端に相性が悪いのか、或いは良すぎるのだろうよ。私の技量では制御しきれない。母上がいれば、また話も変わったのだろうがな」

「若が綺更様の話をするなんて、一体どういう風の吹き回しで?」


 鳴村綺更なきむらきさらという人物がいる。彼女は辰宮蓮十郎の妻にして麗一と瑞乃の母親であり、二人の禁厭まじないの師であった。

 だが、今、彼女は二人の母親では無い。三年前、鳴村綺更は怪しげな宗教団体への献金が発覚し、辰宮家から追放されていた。


 以来、辰宮家の間では彼女の話は禁忌とされていた。にも関わらず、麗一は彼女について言及した。悠雅はそこが少し引っかかったのだ。


「別にいいだろう。肉親なのだから」

「まあ、そうですね」


 単なる違和感についてこれ以上掘り下げるのも目覚めが悪くなりそうだったので、悠雅は調査に戻るべく再度車輌内に目を向ける。すると、やけに神妙な顔付きで克成が俯いていた。


「鳴村綺更……そういえば、先月深川の辺りでそれらしき人物が歩いていたという話を小耳に挟んだな。麗一が問題ないのなら鳴村綺更を探すのもありかもしれん」

「それはあの人を協力者として見ているのか? それとも、容疑者としてか?」

「どちらにとってもらっても構わん。少なくとも、今回の騒動を鑑みれば、接触するのは悪くない人物だろう?」


 すっと裂けた月のように、克成は笑みを浮かべる。端から見れば悪魔のような顔をしている。実際、人の皮を被った悪魔なのかもしれない。まともな神経をしていれば自分の友人に面と向かって、友人の母親を悪く言うことは憚られるもの。ましてや、まだ憶測の段階とあらば尚更に。


「好きにしろ。父上には伝えておく」


 しかし、麗一は鼻を鳴らして了承するだけだった。


「良いんですか?」

「何がだ? 私と瑞乃に次元跳躍術式を叩き込んだのは他ならぬあの人だ。次元跳躍術式が使え、さらに帝都に潜んでいたともあれば話を聞かぬ道理はない」

「いや、そう言う意味ではなく」

「喧しいぞ深凪悠雅みなぎゆうが。貴様なんぞに気を遣われても虫唾が走るだけだ。そんなことより貴様は地べたを舐めてでも手掛かりになりそうなものを探せ!!」

「なんで舐めなきゃいけないんですか。嫌ですよ汚い」


 どっと疲れた悠雅は溢れ出しそうな悪態を飲み込み、調査に戻る。


 悠雅が次に注目したのは大穴だ。分厚い鋼鉄剤を無理矢理ぶち破ったような、ギザギザとした穴の断面。鋼鉄剤は車輌の外側に向かって、飴細工のように伸び切っている。

 中から強引に圧力をかけなければこのような穴は開かない。となれば、下手人の顔はある程度割れてくる。次元跳躍術式を行使できる人間と、最初からこの場にいた人間だ。


「ん?」


 大穴の断面を観察していると、不意に何かが光るのが見えた。

 悠雅はその場で跪き、大穴の断面に引っかかった何かを摘み上げる。

 何か針のように硬く細く尖ったものだった。

 悠雅は克成が持つ放電アーク灯を掠めとり、針に光を当てる。


「これはなんだ? 水晶か何かか?」

「悠雅、これをどこで拾った?」

「この大穴の断面に引っかかっていた。手掛かりになりそうか?」

「それはわからん。わからんが、これは有益な情報源になるかもしれん」


 克成は採取した水晶の針を試験管に詰める。その瞬間――


「あ?」


 かつん、と何かが割れるような音と共に悠雅の鼻腔が刺激臭を嗅ぎ取る。硫黄の臭いにも似た、瘴気の臭いを。邪悪なる者が持つ特有の霊力の臭いを。

 その源泉を辿ろうと振り返ろうとした瞬間、悠雅の体は水切りの小石のように吹き飛ばされた。

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