金魚鉢 2
「あー、あれ、どこ行った?」
すっかり上がってしまった息を整えながら、翔が呟くと、
「……わかんない、消えちゃった?」
宴が答える。
「見失っちゃったかー。でも確かにあれは変なものには間違いないね……。眠り病に関係あるのかは分からないけど、変。なんだあれ」
「でしょ、変だよね」
「変だ、明らかに怪しい」
「でしょ、怪しいよね」
ふたりして頷き合う。
白い物体は正体不明のままだったが、鳥にも虫にもビニール袋にも見えず、他のなにかしらの自然現象とも思えない、奇妙なものだった。
「なんだと思う?」
と、宴が訊ねると、翔は首をかしげた。
「いや、なんとも。白いふよふよとしか。強いて言うなら、花とか金魚っぽく見えたかな」
なるほどね、と宴は頷いて
「金魚……、うん、金魚っぽく見えるかも。空飛ぶ金魚」
「普通の金魚は飛ばない……」
「だよね」
未知との遭遇だった。
「っていうか、ここどこだろ?」
走り回って、自分がどこにいるか分からなくなった翔がスマートホンで調べようとすると、宴が答えた。
「夕智神社の裏あたりだと思う」
「ああ、なるほど。なんとなく分かった」
「籠倉くん、この辺あんまり詳しくない?」
「うん、うち西の方だから」
「そっか……」
「……」
「……」
「んんー、とりあえず、帰ろっか……」
「そうだね……、今日のところは引き上げかな」
公園まで案内するね、と宴が先導し、翔は付き従った。
「もう遅いから送ろうか?」
時刻は午後九時一〇分である。
「んんー、大丈夫だよ。公園から近いから」
「そっか」
公園までの道のりは、翔も宴も言葉少なだった。
何を話せばよいのか分からない。
白い物体の正体は謎のまま、特に何か判明するわけでもなく、ただ何か不思議なものを見たという興奮に包まれているようだった。少なくとも、宴小夜はそのように見えた。
一方で、公園に到着し、宴と明日にまた話そうと約束し、別れ、一人になった翔には、思い当たるものがあった。
――あれはきっと芥楽の何かだ。まだ正体も目的もわからないけど、でも、たぶん、あの白いふよふよしたものが、みんなを眠りから覚めないようにして回っている……。
*
翌朝、翔が登校すると、先に来ていた宴小夜はどこか疲れたような表情していた。
「――お、おはよう宴さん。昨日大丈夫だった?」
翔が訊ねると、宴はぱっと笑顔をつくり応えた。
「あ、おはよう。昨日はありがとね。大丈夫だったよ」
「そう?」
翔はどことなく違和感を感じたが、まださほど親しくない相手にどれほど踏み込んでよいものか迷った。その気配を察したのか、宴が、
「……あの白いふよふよのこと考えてたら眠れなくなっちゃって。ちょっと寝不足なの」
なるほどね、と翔は頷き、
「なんだったんだろうね、昨日の。また眠り病の人、増えちゃったのかな」
「んんー、あの白いふよふよと関係があるなら、そうなるのかな」
「関係あればね」
「あるのかなー。でもあの白いふよふよがどうやって……」
翔は少し迷ったが、芥楽――翔の知る、超常的な力を持つ道具の一種である可能性を話すことにした。
「それなんだけど、宴さん、今日の放課後時間ある? 見せたいものがあるんだ」
ホームルームでは新たな欠席者の情報はなく、しかし小中学校で被害者が出た可能性も捨て切れず、白い物体が眠り病を起こしているのかは不明のままだった。
放課後、帰り支度をしてから、翔は宴を連れてある場所に向かっていた。
「籠倉くん、どこ行くの?」
「一Aの教室のとなりの……ベランダみたいなところ。端っこだけ四階がなくて、屋上みたいになってるところあるでしょ」
「んんー、そこに何かあるの?」
「いや、人目につかない場所がいいってだけ。あそこ、お昼休みはお弁当食べてる人が多いんだけど、放課後は誰もいないことが多いから」
翔と宴のクラスは一年E組で三階の為、目的の場所に行くには一旦階段を登って廊下を歩居て行く必要がある。――と、廊下の途中で宴が何かに気付いて立ち止まった。
「あれ?」
「ん?」
宴の視線は、窓の外に向けられている。
「どうかした?」と翔が宴と同じ方へ視線を向けると、
「んんー、あの人。あんな目立つ人、うちの学校にいたっけ?」
「え、どの人?」
「ほら、あの、髪が真っ白で背が高い人」
翔は、ああ、と頷いた。
「……あの人、三年の先輩だよ。学校内じゃけっこう有名みたいけど知らなかった?」
「んんー、知らなかったな。有名なの?」
「うん。女子達が学校一のイケメンだって話してたけど……」
「ほう」
宴の目が輝く。
「ほうってなに、ほうって」
「いやー、そっか。そっか、アルビノみたいな……イケメンの噂は聞いてたけど、あの人がそうなんだ」
「イケメン好き?」
「んんー」
「……」
「……」
「んんー、のあと、続きないの?」
「別にイケメン好きではないですよ」
「……」
「白と白で、ちょっと関係あるかなって」
どうだか、と翔はため息をつく。どこか釈然としない。もやもやした気持ちを払うように、「ほら行くよ」と促した。
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