第九話:真相

「真相が解けた、と聞いたが、本当か?」


 死体のある現場には場違いな、少々楽しそうな声が遠くから聞こえてきた。


 かつ、かつ、かつ、と靴音を鳴らしながらこちらに近づいてくる。


 周囲の貴族が道を空けるように引き下がっていき、その姿がようやく見えた。


 アルドレッド公爵だ。


「今から解き明かすんですよ。少々違うところです」


 探偵の返答は曖昧でありながら、その態度は自信たっぷりなものだった。


「その違いを今から説明してもらおうではないか」


「もちろん。まずは今回の事件の謎はどうやってキリカさんの死因である火傷、及び氷の槍を作り出したか、です」


 探偵は公爵の方から死体へと向き直った。


「念のために確認を。ドクター、彼女の死因は魔術と火傷と凍傷で間違いありませんね?」


 マークス医師は特に表情の変化もなく、口を開いた。


「厳密には魔術かは確約できないが、内側からの火と氷を同時に、かつ容易に引き起こすなら魔術が一番だろう」


「ありがとうございます。次に、クルビエさんも確認をよろしいですか」


 魔術師クルビエの頭がほんの少しだけうなずいた。


「『接触』も『詠唱』も『魔法陣』もなしにこのような魔術は不可能ですね?」


「ああ。それに関しては誰もが断言するだろうさ」


「どうも。では次にその三要素について検証しましょう」


 探偵は三本の指を立てた。


「まずは『接触』。これに関しては誰も行っていません。キリカさんは誰もいない状態で倒れ、ドクターが駆け寄った頃には亡くなっていた」


「ああ。探偵さんの言うとおりだ」


 マークスが探偵の言葉を肯定した。


「ついでに言えば、『透明化』などによって遺体に接触した可能性はありません」


「そのような『透明人間』が私たち第一貴族の部屋から移動した可能性も決してございません」


 エルジェ夫人が補足した。


「つまり、『接触』によって魔術が発動されたわけではない」


 立てられた指のうち、一本が折られた。『接触』の可能性がなくなった、ということだろう。


「次に、『詠唱』。これは別に誰が証言者、というわけでもないが、事件当時に誰かが魔術の『詠唱』を聞いていない。ロビン君」


 探偵はこちらをちらりと見てきた。補足して欲しい、ということか。


「どの人物も犯行時には誰も『詠唱』を行っていませんでした。もっとも魔術に卓越しているクルビエさんの証言もあわせると、被害者近くで『詠唱』はされてないものであると、考えてよいと思います」


「ありがとう。つまるところ、『詠唱』による魔術の発動も不可能だったわけです」


 二本目の指が折られ、『詠唱』も否定された。


「ふうん?」


 クルビエが少々疑問があるようだったが、探偵は気にしていない様子だった。


「最後に『魔法陣』ですが、これもクルビエさんの発言によれば不可能でしたね」


「ああ。どうあっても大きな円が必要不可欠でね。呪術師の下に『魔法陣』になりそうなものはない」


「氷の魔法陣、なんてのも考えましたが、何の跡も水の跡もないのでは不可能でしょう。私が駆けつけてからは小細工など許したつもりもない」


 それに関しても間違いないだろう。この一帯どころか、この部屋は事件当時を保存されたまま。遺体の足元に何の跡も残っていない。


「つまり、『魔法陣』による魔術の行使もなされなかった」


 三本目の指も折られ、『魔法陣』での魔術もここで否定されことになる。


「……ここまで聞いていたが、結局どれも不可能なまま。事件も謎のままではないか」


 公爵は呆れたようにつぶやくが、実際その通りだ。


 接触、詠唱、魔法陣。その全てが否定されている。


「なら自殺か」


 彼女自身が死を選んだなら、謎は解決する。


 しかし、そう断言できるほどのものはない。


「いいえ。今週だけでもこの五人と出会い仕事をする元気はありますし、何より最後の晩餐となるべき料理も食べ残しています。ないとは言いませんが可能性は低いでしょう」


「他殺に見せかけて自殺する、というならむしろ何か証拠があってはならないだろう」


「その場合、容疑者となるべき人物が誰も居ないのも不自然でしょう。私ならその人間の肩を掴みながら死にます」


「なら、何だ。何が間違っていたと言うのだ」


 じれたような公爵の発言は皆の総意でもあっただろう。


 一体何が間違っていたというのだろうか。


「最初からですよ、公爵」


 探偵は諭すように、落ち着いた声で一言だけ発した。


「最初から?」


 その言葉に初めにいぶかしげに聞き返したのは公爵だった。


「最初の前提からして間違っていたんですよ。彼女が魔術によって倒れた。その前提が間違っていたんです」


「何を言っているんだ。医者も、魔術師も、何より探偵。貴様も魔術によってこの呪術師が死んだ、といったではないか」


「ええ。確かに」


 探偵は公爵の言葉を肯定した。


 だがそれでは探偵の言葉がつながらない。


「じゃあ探偵さん。あなたの言う正しい前提を教えてくださるかしら?」


 エルジェが挑発するように話すと、探偵は微笑みながらある人物に向かって歩き出した。


「もちろん。犯人がいかなる偽装工作をしたのかも交えて説明いたしましょう」


 探偵はすれ違うように、その人物の肩を叩いた。


「そうでしょう、ドクター?」






「犯人? オレが?」


 マークス医師は先ほどよりも少しひき吊ったような笑いを浮かべている。


 いや、僕も理解できていない。


 本当にマークスが犯人なのだろうか。先ほどまでの捜査で証拠らしきものは一つも出てこなかった。


「犯人を断定するのはいいが、それに足る理由はあるのだろうな」


 公爵はようやく進展が見えて少し笑っているようにも見える。


「もちろん」


 探偵はマークスの肩から手を離すと、もう一度死体のほうに戻っていった。


「魔術によって殺せないのなら、そもそも魔術なんて使ってはいなかったのです。ロビン君、彼女は死ぬときに何をしていたと思う?」


 何をしていたか。


「一人でいたんですから、会話するでもなく食事をしていたんでしょう」


「もっと詳しく」


 詳しく、と言われて倒れ伏した被害者とその周りをもう一度確認する。


 机の上にはオレンジジュースの瓶を食べかけの料理各種。


 床はカーペットが敷かれていて、その一部を死に際に吐いたであろう血と割れたグラスが染めている。


「強いて言うなら、ですけど。グラスが割れているんですから、最期はオレンジジュースを飲んでいたんでしょう」


「そうだ。そして、死ぬ間際に飲み物を飲んでいた人間の死因といえば何を疑う」


 その部分だけ切り取れば誰も疑うものもない。


「まさか、毒ですか」


「そう考えるのが自然だろうさ」


 なぜ気づかなかったんだろうか。初めから、『魔術』のタネを明かすことに躍起になってしまっていて、その手前の段階は考えてもなかった。


「……しかし、毒を入れるタイミングは? 不用意に近づけば他ならないキリカさんに気がつかれてもおかしくない」


「この『会合』は食事を選ぶのに自分でとりに行く必要があるだろう。そのタイミングで自分も料理を取りにいく振りをして毒をジュースに混ぜ込めばいい」


 その言葉を聞いて、マークスは大きくため息をついた。


「おい、探偵さんよ。好き勝手言ってくれるが、証拠なんて一つもないだろう。どうしてそこまで人を犯人扱いできるんだ?」


 彼はずんずん、と探偵に近寄ると頭突きしそうになるほど頭をつきつけた。


「否定するのであれば、もう少し詳しく話しましょう」


 探偵はそれを嫌そうに追いやると、テーブルの空のグラスを手に取った。


「ドクターが犯人であれば、死体の内臓が魔術によって火傷と凍傷になっていた理由を説明できます。まずは食事中のキリカさんが毒の入ったジュースを飲み、麻痺か気絶か、まああるいは本当に死に至らしめる症状でも構いませんが、倒れます」


 探偵は空のグラスをあおるような動作をした後、倒れる動作の代わりとして肩ひざをついた。


「後は、毒によって動けなくなった被害者を最初に『接触』して魔術を行使。そしてキリカさんを再度殺しなおせばいい」


 探偵は遺体の体に向かって手を当てるような動作をした。『魔術』を使う動きの再現だろうか。


「どうです? この話自体に否定材料はないでしょう。遠目からでしたが、ドクターが最初に触れてから十秒ほどは遺体に呼びかけていただけだったと思います。その間に魔術を使ったと考えれば全てがつながってきます」


「そんなの、あくまで可能性の話じゃねぇか」


 マークスは頑なに認める様子がない。


 実際、ここまではただの推測に過ぎない。


 彼にはこのような犯行が可能であっただけ。


「オレ以外の人間が、今みたいに可能だった可能性も考えたらどうだ? 誰かが手を組めばオレ以上に犯行がたやすくなる奴はいるだろう?」


「そんな方がいたかは別として。仮に共犯だとしてもドクター、遺体の検死を真っ先にやるであろうあなたを引き込まないとは思えない。それに、プライベートの付き合いが少ない彼女はやたらめったら敵を作らないようですから、そもそも共犯を持ちかけるのが難しいでしょう」


 贔屓目ではあるかもしれないが、探偵の言うことのほうが、論理的には聞こえる。


 マークスのほうも少し表情に余裕がなくなってきたようにも見える。


「それに、あなたが毒を手に入れるのに一番難しくない人物でもある」


「難易度の問題だろう。死んだ呪術師と縁のあるやつならコイツ自身からほとんどの毒を仕入れられる。そんなのほかの四人だってそうだ」


 マークスは並んでいるほかの四人を指し示すが、探偵はそれには目もくれない。


「あなたはわざわざ登山に出かけるほど植生にも興味があるらしい。この会場どころか、この国でも有数に詳しいんじゃありませんか? 昔から薬と毒は紙一重ですから、医者としては押さえておくべき知識のはずです」


「誰だって致死性の毒の知識を持っていてもおかしくない。それに、魔術の基本は薬から始まったなんて話もある。そこの魔術師だってオレと同等の知識は持ってるはずだ」


「どんな形状に加工すれば毒殺に使いやすいか、そんな知識だってあるはずです」


「ハ、水に溶ける毒なんて100はある。そのうち一つを誰が持っていてもおかしくない」


「それに、それにですよ」


 探偵はたっぷりと一拍置いてから、二の句を告げた。


「どうして彼女が毒で死んだことを否定してくれないんですか?」


 マークスが生唾を飲む音がした。


 探偵の言葉はそれこそ毒のように。マークスの逃げ道を蝕んでいく。


「この世界には毒を【治療】する魔術があるのに、どうしてそれを使ったかもしれないといってくれないんですか? キリカさんも立派な魔術師だったらしいではありませんか。ならば【治療】が使えたっておかしくない。そんな彼女を並の毒で殺すのは不可能でしょう?」


「……それは」


「そんなことはいえませんよね、いえませんとも。だって、あなたは知っているでしょうから。【治療】が効かない病気を知るように、【治療】が効かない毒を知っているんですから。それが使われたと知っているのですから」


「……」


「そもそも、毒で殺して得するのはあなただけなんです。それをどうして否定しな――」


 叩きつけるような音がした。


 マークスが怒りのあまりにテーブルに拳をぶつけていた。


「……もういい。オレを揺さぶれば心が折れると思っているんだろう。それで犯人に仕立て上げようとしているんだろう」


 マークスの目はギラリ、と探偵を睨みつけている。


「ここまではあくまでオレが犯人って言う過程のうえに成り立ったイチャモンに過ぎない」


「まあ、確かにそうとも言えなくもないですが」


 マークスの言葉を、探偵はあっさりと肯定してしまった。


「分かってるじゃないか。そうだ、可能性の話なんかじゃない。オレが犯人でしかない、証拠を出せ」


「よろしいのですか?」


 探偵はなぜか、マークスに問い返した。


「よろしいも何も。このまま犯人に仕立て上げられちゃたまったもんじゃあない」


「なら、推理の続きをいたしましょう。どうして、ドクターは魔術を使って殺したように見せかけたのか。分かるかい、ロビン君」


 どうして、そんな隠蔽をしたのか。


「捜査をかく乱するためでしょう。事実こんなにも回り道をさせられた」


 探偵は横に首を振った。


「それならこんな会場で殺す必要はない。かく乱にしてももう少しやりようはある」


「自分が疑われないようにするため?」


 それにも首を振った。


「それもこの会場で殺す理由にならない。どうしてもこの『会合』出席者の200人に容疑者は絞られるんだし、捜査の網が狭まってしまう」


「……どんな理由でも、この会場で殺して自分を容疑者の一人にしてしまう合理的な理由なんてありはしませんよ」


「あるんだ、それが。それこそがこの会場で毒殺を敢行し、それを隠蔽した真の理由だ」


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